火元は湖

 柊真はやっとあの時の夏蝶の言葉を理解することができた。


「確かに語られていることだけが間違ってるな」


 夏蝶が言った言葉を思い返しながら再び送られてきた写真を見返した。夏蝶が誰かと歩いている。というところまでは確かに正しい。しかし、そこからが問題でありこの噂の一番嫌なところでもあった。


「さて、どうするか」


 ここまで分かれば後は簡単。とはいかず、むしろここからが本題とまでも言えた。


「今回の噂……発生源はどうも別人とは思えないんだよな」


 柊真は夏蝶がツンデレないという噂を流した人物と今回の噂を流した人物が同一だと考えていた。根拠はと聞かれてしまえば答えることは出来ないが柊真の勘がそう告げていた。


「少なくともどちらも夏蝶に対してのことだからだろうけど」


 柊真が感じたのはその共通点からだった。しかし、夏蝶の一つ目の噂が広まったのは約四年前。それは今でも継続して広まっているため、人気のある人物が突然噂されるならともかく、学校の生徒の株価が下がっている夏蝶の噂を新たに生み出す理由が分からなかった。


「もし俺の思い過ごしじゃなきゃ、十中八九これは意図的なものになるけど」


 意図的なのは分かっている。そして、写真も真実が語られていないことも分かっている。ならばどうして柊真はこれほどまでに悩んでいるのか。それはこれを撮った人物が分からなかったから。


「春日さんが社交的だったらなぁ」


 そうすれば、こんなに苦労せずに済んだのにと。もし知り合いがその場にいて話でもしていたのならばそもそもこんな写真は出回らなかったはずだ。その話した人が犯人だとばれてしまうから。

 そんな現実に悲観しながら柊真は静かに授業を受けていた。


「…………」


 耳を前にしても横にしても後ろにしてもどこからともなく聞こえてくる夏蝶の噂話。

 『自分が見た』よりも『誰かが見た』が優先されてしまう。噂が周囲にとっての本当になってしまうように本当も嘘になってしまう。自分が噂に騙されているとも知らずに。

 もちろん噂が全て嘘という訳ではない。それを確証づけるなにかがあればそれを信じてもいいと思う。ただ、それを誰かが言っていたから、誰かが見ていたからなどと言う理由だけで正当化するというのが間違いなのだ。つまり噂を信じる人は右にならえを重んじて自分で考える力を失いつつあるという事だ。


「……春日さん。結構めんどくさい人だな」

「それ、本人にいう事かしら?」

「どうやら陰口は苦手らしいからな」


 柊真は今日も屋上に来ていた。なんとなく、教室にいるのが息苦しかったからだ。するとそれをまたしても見ていたのか、もしくは、同じくした理由でここへ来たのか、夏蝶も屋上へ来ていた。


「めんどくさいと言われた手前、何がと問うていいのかしら?」

「写真のことだよ」

「……良い様だったわよ」

「まったくの別人だ」

「数年後ああなっててもおかしくないわよ?」

「俺は健康的な生活をしているつもりだから、残念ながら小太りはしないぞ」

「それは残念」


 柊真が話したのは、現在広まっている夏蝶の流出画像についてだ。それで朝に柊真が気づいたのはあの写真が改変されたものだという事。


「結構な出来だったからな、あれ」

「第三者から見たら、確実に私があの状況に置かれていると思われるわね」

「実際俺も初めはそうだと思ってたし、春日さんもよく分からないこと言ってたし」

「でも、語られているのは違っていたでしょう?」

「そんでもって、言っていることは嘘じゃなかったな」


 夏蝶が出掛けていた。それは実際に写真に収めている人間がいる以上確定されたことだ。しかし、語られていることが違うというのは、つまり、夏蝶が共にしていた人間についてだった。

 思い返してみてほしい。ここ最近夏蝶が家から出たのは柊真と一緒にご飯の食材を買いに行った時、もしくは、ベッドを買いに行った時。この写真はここら一帯の建物の構造とは少し異なるため買い物に行った時という択は自然となくなるわけで、ならば当然後者になるという訳だ。


「春日さんは誰かとすれ違った記憶は?」

「言ったでしょう。私に心当たりはないって」

「あれ、そういう事だったんだ」

「何のことだと思ってたのよ」

「噂についてだと思ってた」

「あなたが気づいていることを前提に話していた私がバカだったわ」

「俺がバカでしたごめんなさい」

「気持ちがこもってないけど?」

「俺もバカでした」

「気持ちがこもり過ぎてるし、もってどういう事かしらね」

「さぁ。賢い春日さんならわかるんじゃない?」


 そんなやり取りを少し繰り返した後、二人は本題に戻った。


「それで? あなたこそ心当たりはないの」

「自慢じゃないけど春日さんよりクラスメイト知らないと思うぞ、俺は」

「本当に自慢できないわね」

「だから、改めて春日さんに聞いたんだけど」

「そもそもあなたがそれほどまでに関与する理由が分からないのだけど」


 夏蝶の言う通り柊真は基本、無気力で何事にも中途半端な力で済ませようとする傾向がある。それなのに今回の件はどこか力が入っているように見えたのだろう。


「今回の件。もしかしたら繋がってるかもって思ってさ」

「繋がってる?」


 その夏蝶の問いかけに柊真は頷くだけでそれからは何も話さずただ過ぎていく雲を眺めていた。やがて昼休みは終わり、教室に戻った。そこはやはり噂だらけの何もないただの空気が巡っているだけの空間だった。結局この日は噂を広めた張本人は見つけることが出来ずに終わってしまった。

 家に帰ると夏蝶がSNSでその写真の元をたどって本人を探そうとしたのだが、アップロードされた写真の投稿者のアカウントはその写真しか載っておらず、おそらく正体を隠すために別のアカウントを使っているのだろうということで夏蝶の試みははずれに終わった。


「あの日に遭っていたかは分からないけど、一人怪しいというかこの人かなっていう人はいるんだよな……」

「そうね。たぶん私と同じだと思うわ」

「けど……」

「そうする理由が見つからない、でしょ?」

「お見通しってわけか」

「あなたが憶測で判断しない人間なことくらい分かってるわよ」

「理解感謝」

「どういたしまして」


 柊真は夏蝶の噂を唯一、それを鵜呑みにせずきちんと向き合ってくれた人物だ。それを信じないで何を信じろと言うのだろうか。これはもはや柊真に対する信頼とも言っていいものだった。


「とりあえず今はまた行動するまで様子見って感じになりそうだな」

「そうね」

「じゃあ、今日はバイトだから」

「……そう」

「先に夕飯食べてていいから」

「………分かった」


 柊真がそう言って、準備を始めるとその様子を夏蝶はじっと見つめていた。

 普通の人ならこれほどまでに噂が浸透すれば内心がやられてしまうところなのだろうが、夏蝶には前例があるためか、悲しくも慣れている様子だった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る