話の続き
リビングに戻って来た夏蝶はそのままキッチンに向かい夕飯の支度を始めた。
「そういえば、俺に心当たりがあるってどういう意味?」
理科室の帰り際に夏蝶が柊真に言ってきたことで一つ引っかかりを覚えたものがあったので、この空いた時間を使って聞いていた。
「…………」
しかし、夏蝶は柊真のことを無視している。それはなぜか、言うまでもない。あんな姿を見られてあんな行動をしたのだ、見られた恥ずかしさと自分の行動に羞恥心を感じてまともに話せる状況じゃなかった。
「はぁ……」
かといって、柊真も申し訳ないという気持ちがないわけではないので、こうして自然に話しかけているのだが、二人にとって自然に話しかけてている時点で相当不自然だった。
そう思い、柊真は夏蝶が夕飯の仕度を終えるまで部屋に行こうとすると、
「───そういえば……おかえりなさい」
夏蝶がか細い声でそんなことを言ってきた。いままで言っていなかったのを思い出したのだろう。それは言われた本人も忘れていたようで、少し間を置いた後に返事をした。
「ただいま」
すると、夏蝶は緊張が解けたのか、こわばった表情ではなくなった。
「さっき、何か言ったかしら?」
「俺に心当たりがどうのって話」
「その話ね……あの噂、別に言っていることは嘘じゃないのよ」
「え? じゃあ」
「ただ、語られてることが違うだけ。あなたなら分かると思ったのだけど、どうやら私の見込み違いだったようね」
「勝手に期待された挙句、失望されるのは不本意なんだけど、実際何も分からないし、春日さんが言ってることも理解できないから仕方ないか」
「写真、私の手元にもあるから、よく見てみることね。後で送っておくわ」
「どうも」
それからしばらくした後、夕飯を食べ終えた柊真は先ほど夏蝶から送られてきた写真を見返していた。
「言ってることが嘘じゃないってどういう意味だ……」
「私からの……いえ、噂を流した人からの挑戦状ね」
「それ、だいぶめんどくさいな」
「せいぜい考えなさい、午後の授業受けてないのだから考えるられるでしょ」
写真を見る限り、夏蝶がおじさんと二人でどこかへ行っているところだとしか受け取ることが出来ない。
「ん?」
よく見てみると、この写真はどこかへ行っているのではなく、どこかから出てきたようにも見えた。
「やっと気づいたようね、その写真内側から撮られたものなのよ」
「つまり、この写真を撮った人もそのどこかにいたと」
「そういうことになるわね。正直私も油断してたわ、まさかあんなところに私の顔を知っている人がいるなんて」
「それで? 春日さんはこんなところで何してたの」
「それを言っては面白くないわね」
「それじゃ、この人との関係は?」
「私も今悩んでる最中」
「なんだそれ……とりあえず、春日さんからは情報が得られないという事が分かった」
「あと、付け足しておくと、それ真実はどうあれ最近の写真だから」
「最近?」
最近と言えば夏蝶が一人でどこかへ出かけることはあまり見なかった。それに元から夏蝶は引き籠り性で休日に家から出ることは少ない。ならいつ撮られたものなのだろうか。と考えれば考えるほど謎が深まっていった。
そして、柊真はある結論に至った。
「春日さんのことだし、めんどくさいからなんでもいいか」
そう、投げやりだ。
「そうなると思ってた。この写真をみて何も思わないの?私が何をしてたのかとか」
「気になったから考えたけど、もう分からないからいいかなって」
「……そう」
決して興味がないわけではない。しかし、この写真には柊真が知りたいことが写っていない。なら、考えること自体無駄なことだと思っていた。初めこそ、夏蝶に柊真に心当たりがあると言われ興味を持ったのだが、どれだけ考えても分からないため、早期辞退させてもらうことにした。
「仕方ないからヒントを教えてあげる」
「もういいんだけど……」
「いいから聞きなさい」
そう言った夏蝶は、一度深呼吸した後で、柊真の目を見て伝えた。
「その隣に歩いてる人。私、たぶん好きなのよね」
「は?」
夏蝶の口から人が好きという単語が出てきたことに柊真は目を丸くしていた。
「それが誰だかは分からないけど、その人がたぶん好き」
「言っている意味が分からないんだけど」
「これは別に意味は分からなくてもいいのよ。ただのヒント」
「それ、ヒントになってないだろ」
「大ヒントよ。あなたには分からないだろうけど」
夏蝶が言ったことに、柊真は少し考えた後でなるほどと頷き結論を口にした。
「───春日さんはおじさん好きだったのか……」
「違うわよ!」
「え? じゃあならさらどういう事だよ」
「なんでこういう事には疎いのかしら」
「意味が分からないからじゃないの?」
どうしてあんなことをいってしまったのかと後に後悔する夏蝶であった。
夏蝶の発言のせいで余計に混乱した柊真は今度こそ、考えを遮断してお風呂へと向かった。
それから月が姿を消し、相対する太陽が顔を見せ始めた。柊真はいつも通り学校へ行くと、未だに夏蝶の噂が飽きずに学校を取り巻いていた。夏蝶が噂のことを気にしないのは自分が真実を知っているからだろうが、それを柊真に伝える気はなく、むしろ悩んでいる姿を楽しんでいるようにも見えた。そして、弁解する気もない夏蝶の噂は尾ひれがついていき、その相手に援助を受けているとまでも言われていた。
「随分と飛躍したな。初めは出掛けていただけだったはずなのに。ま、同じようなものか」
そこで柊真は自分の発言にどこかにとがっている部分があることに気が付いた。夏蝶の噂と今の柊真の発言の中に噛み合わさるような引っかかりを感じた。
「出掛けていただけ……あぁ、そういう事か」
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