初めての遠出

「予定伸びたけど、明日ちょうど学校が建立記念日とかで休みだから春日さんの布団買いに行くか」


 夏蝶が作ったミネストローネを頬張りながら今日のはずだった夏蝶の布団の購入を明日に伸ばすことを伝えていた。


「あら、その話覚えてたのね」

「思い出したのはついさっきだけどね。あ、それで図書室来たのか」

「どうかしらね。本人が言ったことを忘れているのだから私も忘れてたかも」

「厚意に甘えておくことにする」

「ええ。けど、無理して新しく買わなくても今のままでいいわよ?」

「心機一転っていう言葉あるだろ。春日さんが家に来た記念として受け取ってくれ」

「そう?」

「春日さん明日予定は?」

「…………」



 柊真は予定があってはいけないと純粋に気を利かせたつもりだったのだが、なぜか夏蝶からは怪訝な顔をしてジト目で見つめてきた。


「え? 何」

「予定なんかあるわけないでしょ」

「そうだった」

「……なさい」

「ん?」

「これ全部食べなさい」


 そう言って、夏蝶が指をさしたのは明日の朝までは残りそうなほどのミネストローネ。それも二人前で、それを今、全部食べろと命じてきたのだ。


「さすがにそれは……」

「ふふっ」


 初めて見せる満面の笑み───ではなく、悪魔の微笑み。それを見てこめかみに汗を流した柊真は無理やり話を戻した。


「と、とにかく明日に布団を買いに行くってことでいいよな」

「いいわ。、予定ないから」

「……そうか」


 その後。ミネストローネ完食の刑から無事逃れることのできた柊真はお風呂掃除を始めた。


「───楽しそうだったな」


 さっきの笑みを見て、夏蝶がもしかしたら楽しんでいたのではないかと、自分にだけ見せる顔にどこか不思議な感情を抱いていた。


「私やるからよかったのに」

「いいよ、どうせ暇だし」

「そう」


 業務的な会話だけで終わるのは二人にとっていつもの事だった。お互いの要件を話して解決したらそこで話が終わる。稀に世間話になるときもあるが本当に稀なことだ。

 そして、次の日の朝。二人がリビングにそろったのは午前八時ごろ。学校もないという事で二人ともゆっくり過ごしていたのだろう。


「それで、具体的に行く時間は決まっているのかしら」


 普段ご飯を食べる机で髪をとかしながらいつものごとくソファーに座っている柊真に聞いてくる。


「そこらへんは気にしてなかったな。布団選びって時間かかるものなのか?」

「そうね……こだわりがある人ならそれなりの時間はかかるのではないかしら」

「ちなみに春日さんは」

「特にこだわりはないタイプね」

「それならお昼食べてから行くか、早めに出て出先で食べるかだな」

「出先って、それ二人でってこと?」


 この状況に置いて当たり前のことを夏蝶が問いかけてきた。


「そうだけど? 昨日だって二人でファミレス行ったでしょ」

「あの時とは状況が違うでしょ」

「そうか?」

「ええ」

「そうか……じゃあ、食べてから行くか」

「え?」

「……? 嫌なんでしょ?」

「そんなことは言ってない」

「どっちなんだよ」


 柊真は理解が追い付かないようで、はぁ。とため息をつきながらも長い相談を経て結局、外食をすることに決まった。

 そして、夏蝶が準備をしているときにふと思い立ったことがあったのか、こんなことを聞いてきた。


「そう言えば、布団を買うのは私としては賛成なんだけど、どうやって持ち帰ってくるのかしら?」

「あぁ。確かに無理だな。布団を運ぶのは」

「そうよね?」

「けど、俺も一人で今から行く場所で買った」

「黙ってついて来いってことね」

「まあ、実は大きいものは輸送してくれるサービスがあるだけなんだけど」

「そんなことだろうと思ったわ」


 夏蝶の疑問もなくなったところで、ようやく外に出た二人はまず、バス停に向かい、駅に向かった。

 柊真の家から徒歩で通えるほどのホームセンターはあるはずもなく、電車で数駅乗ってちょっとした繁華街に出るしかなかった。そして繁華街に出るとそこにあるもんじゃ焼きがメニューにあるお店になぜか吸い寄せられるように夏蝶が入っていき、お昼はそこで済ますことになった。もんじゃ焼きを二人前頼み、別の味を楽しみたいとのことで二人で別の味を頼んでそれらを分けて昼時を楽しんだ。それからお店から出た二人はホームセンターに向かい、寝具コーナーを訪れた。


「春日さんって、前回はベッドだったんだよね?」

「そうだけど、それがなに?」

「いや、それなら今回もベッドにするのかなって」

「確かに床に布団を敷いて寝るのはまだ違和感があるけど、場所が場所だから判断しずらいわね」

「なら俺の部屋で寝るか?」

「家が違うってことよ。どうしてあなたはいつも斜め方向から話すのかしら」

「てか、その前使ってたベッドはどうしたんだ?」

「家に帰ったらなくなってたわね。たぶん、親がベッドに憧れてたからこれを機に奪って行ったんだと思う」

「相変わらずぶっ飛んでるな」


 夏蝶の親の話を聞くたびにすごい話が湧き出てくる。そんなぶっ飛んでいる親なら夏蝶がどこか周りと違うのは納得がいくことだと、柊真は頭を上下にしていた。

 夏蝶から家族の話はあまり聞いたことがないが、火をなくして煙は生まれぬからには夏蝶の見た目に近い親なのだろう。母親は夏蝶を大人っぽくした感じで父親は性別が違うという事であまりピンとこないが、性格面で感じ取れるとすれば責任感が強い人なんだろうという、大方の予想はできた。


「……私もそう思う」


 見渡す限りに並ぶベッドや布団を流れるように見ながら少し、顔を緩めながら夏蝶はつぶやいた。それを見ていた柊真も学校では見せない穏やかな夏蝶をみて少し相好そうこうを崩していた。


「そういう顔、するんだな」

「───何か言った?」

「いいや。それよりいいの見つかったか?」

「それが困っているのよね」

「ちなみにどれと?」

「いいえ、これらの違いが分からなくて」

「……もう、これにしろよ」


 そういって、柊真が提案したのは値段も平均的な短めの足のベッドだった。


「そうね、この場において第三者の意見が絶対だもの」

「責任を押し付けるな」

「買う本人が責任者よ」

「はいはい。あとから文句言われても聞かないからな」


 その後、柊真は通りかかった定員さんに声をかけ、レジへと向かった。そして、輸送のための住所などの個人情報を伝えて領収書をもらい、店を後にした。その時、どこかで見覚えのある少女が数人と並んでそのホームセンターですれ違った。


「───あれ、今のって……」


 自分のベッドが買えて気分が上がっている夏蝶はもちろんのこと、柊真もこんなところでは知り合いと出会うはずもないと警戒を緩めていたが、そのすれ違った少女はこちらに気が付いて振り向きながら首をかしげていた。

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