平日ともに
夏蝶が柊真の家に来て三日目が訪れた。土曜日に柊真が家事を担当して、日曜に今度は夏蝶が家事を請け負った。つまりその次の日は月曜日。そう、同棲生活が始まって以来の平日だった。そしてその日のリビングにはすでに柊真がいて、学校の準備をしていた。
「───これを見込んでの俺の家なのかもしれないな」
夏蝶が誰かと同棲しているなんてことが知られたら学校中が騒ぎになること間違いなしだ。しかし運よく柊真の家の近くにはクラスメイトどころか学校の人間もいないはず。つまり、夏蝶が宿を借りるのに適切な場所でもあった。
「……遅いな」
夏蝶がここに来る前まで住んでいた場所は違えど学校までの距離にそこまでの差異はないと思っていたが、夏蝶が一向に降りてこないことで時間のずれがあるかもしれないと思い始めた。それか平日の朝が変わったことを忘れているのではないかと。
「呼び、行った方がいいよな」
さすがに手の届く範囲にいる人間を遅刻させるのは柊真の良心が痛むというのと、学校で周囲からあの反応をされているのに毎日学校に来ている夏蝶を見て皆勤賞を与えたくなった柊真は階段を上って起こしに行った。一方その頃夏蝶の自室にて……
「───ん~!!」
枕に顔をうずめながら悶えている夏蝶の姿があった。
「なに? 昨日の夜何があったの!? お風呂に入った後の記憶がない!」
昨夜、お風呂上りの熱気とその日の疲れで倒れてしまった夏蝶は柊真に運ばれてこの部屋で寝かされた。そしてどうやらその時の記憶が
「しかもあんな夢見ちゃうし!」
夏蝶が見た夢。それは過労で倒れた夏蝶を柊真が優しい言葉を掛けながら介抱するというものだった。実、それが本当にあったことだという事は、夢の中にしまったようで、だからその時の記憶がなくなっているらしい。
そして思い出したことで再び悶えた夏蝶のもとに足音が近づいてきた。
「───春日さん、起きてる? そろそろ時間だけど」
「───っ!? お、起きてるわよ」
どうしても
「それならいいんだけど、今日学校だから」
「…………あ」
「念のため聞くけど、今日が月曜日だってこと忘れてたわけじゃないよな」
「当たり前よ。タイムトラベラーになったつもりはないわ」
夏蝶の言葉に、そう。とだけ言って階段を下って行った。
「何よ、私が馬鹿みたいじゃない。所詮夢よ、柊真がそんなことできるわけないもの……それならあの夢は私の……? はっ! なし、今のなし! 私があの人に求める者なんて住む場所くらいだもの」
と、二階で盛り上がっている夏蝶を柊真は本当に遅れるけどと心配していた。
その後、上からの物音が落ち着いて少し経った頃、夏蝶がリビングに顔を出した。
「おはよう」
「おはよう。朝ご飯作ってくれたのね」
「家事は適当に二人でやるってなっただろ」
「……? そう、だったわね」
夏蝶の反応に少しの違和感があったが、柊真は続けて朝食を取った。そして違和感を感じていたのは柊真だけではなかった。夏蝶の記憶ではあの勝負に明確な終了はなかった、夢で見たのは夏蝶が倒れて柊真に体を預けたこと、そしてその勝負は全て夏蝶が信用に値する人間か確かめるという言わば夏蝶に与えられた試練のようなものだったはず。それはいいのだが、どうしてその内容が柊真にも伝わっているのか。きっといろいろ不便を感じた自分が柊真の手伝いを借りて時間をかけてこの家に慣れていく。風なことを伝えてこうなったのだろう、と頭の中で予測変換した。
「───それより、この家から学校まで俺の足で徒歩十五分。登校時間と逆算と推測で家出るタイミングは考えて。鍵は当然、後に出たほう」
「分かったわ」
「うん。その分なら平気そうだな」
「何が?」
「体調」
「……え?」
「───いや、なんでもない」
どこかすれ違いが起きているようなやり取りを終えた後、柊真は食べ終わった食器を一度軽く洗った後で食洗器の中に入れた。
「食べ終わったらシンクか、洗ってくれてもいいよ」
「ええ。そうさせてもらうわ」
「じゃ、今日当番だから先出るな」
「そう、行ってらっしゃい」
「…………」
「何よ」
「そんな言葉をかけられたのいつぶりだろうと思って」
「そ、そんなことはいいから早く行きなさい!」
「行ってきます」
二人とも慣れないことに若干照れながらそう言葉を交わした。
「私だって久しぶりよ。行ってらっしゃいなんて」
その十分後に夏蝶は柊真の家を出た。もちろん鍵を閉めてそのカギを持って。
「なんだか変な感じね。クラスメイトの男子の家の鍵を持っているというのは」
普通の高校生なら兄妹でない限り男の家の鍵を持っていることはまずないだろう。それに面白い違和感を覚えて訂正した。
「───私の家でもあるのかもね」
そして、新鮮な道を使い夏蝶は一人歩いて、新しい景色はどこか気分を上げてくれるようだった。
学校へ着くと、その気分を切り替え、いつもの『ツンデレない』春日夏蝶となる。学校がそうしたから夏蝶もそうするしかない。そういう空気だからそれを吸う人間は逆らうことを許されない。だから今日も夏蝶は変わらない。
「───どうした春日なんて見て」
「俊太か……なんでもないよ」
授業の休み時間、ふと夏蝶の方を見ていると、俊太が目の前の席に後ろ向きで座って来た。
「柊真が女子を見るなんて珍しいと思ってな」
「いや、お前が視線を感じるとか言うから気になってな」
「お、やっと柊真も女子に目覚めたか」
「それだと俺が性転換したいみたいだろ」
「そう言われれば、でもそれがどうして春日なんだ?」
「どういう事?」
「ほら、それこそこの間話してたひなちゃんとか」
「気になるのはツンデレないって言葉の方」
「ん?」
「俊太には分からないかな」
「なんだよそれ~」
「とりあえず、気になっているのは春日さんだからとかじゃなくて、噂の方ね」
「分かった分かった。万に一つの可能性に賭けてみたんだよ」
「だとしたら、俊太は借金まみれの地下労働だな」
「ははっ、そんな多額は賭けてねえよ」
「男は一攫千金だろ」
「俺は慎重派」
「……で、何の話だっけ?」
「なんかもうどうでもいいや」
そんなくだらない話をしている間に、休み時間は過ぎていった。その後は特に誰かに話すようなことは起こらず、帰る前の
「───暁月、今日当番だよな?」
「そうですけど」
「したら、放課後に図書委員の手伝いに行ってくれ。どうやら今日担当の二人が休みらしくてな。ちょうど私が図書委員担当教師だから頼んだ」
「つまり、穴埋めは面倒だけど自分の生徒なら便利にこき使えるかもという事ですか」
「まあそういう事だからよろしくな!」
「することもないですし、わかりました。下校時間まで図書室にいればいいんですよね」
「助かる!」
柊真は担任教師の頼みを聞き入れ、放課後に図書室に来ていた。
「マニュアルはここで、受付の仕方も……書いてあるな」
初めての図書委員の仕事とはいえ、マニュアルを読めば手際は悪くともそれなりにできるとのことだったので、初めに目を通すことにした。
この学校の図書室は人の出入りが少ない。たまに落ち着いた性格をした女子が一人来るらしいが、それも今のところ姿が見えない。毎日来るという訳ではないのだろうか。
「───暇だな。というか春日さん、帰る家間違えて、前の家に行ってないだろうな……」
柊真が夏蝶の心配をするのと同時に図書室のドアの音が静かで誰もいない図書室内に響き渡った。
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