家事競争
そして話は戻り、現在───過激な朝を迎えた二人は落ち着くためにひとまず顔を洗った後でリビングのソファーに座り新たな問題と直面していた。
「第一回緊急同棲活会議を始める」
「ええ」
「記念すべき初めての議題は」
「家事をどうするか、よね」
「そうだ」
家事。それは日常生活において食事、掃除、洗濯などを行う業務の事。今回の会議はそれについて話し合うようだ。きっかけは朝ご飯をどうするかと柊真が夏蝶に聞いた時だった。
「春日さんは朝ご飯派? それともパン派?」
「気分次第といったところかしら」
「分かった、なら俺に合わせてもらうことになるけど」
「あなたはどっちなの?」
「気分次第だな」
「なら私が作るわよ」
「いや、いいよ」
「居候させてもらっている上に家事までさせる気はないわ。せめてものお礼として受け取りなさい」
「家主だし、俺がやるよ」
道具が置いてある場所もずっと住んでいる柊真の方が把握しているのは当たり前で、効率を考えればそれが妥当な考えだったのだが、それでも夏蝶は自分が家事をすることに引くつもりはないようで、反論を続けてきた。それが第一回緊急同棲活会議の幕開けとなった。
「家事は女性がやるものよ」
「いつの時代の人だよ、最近ではそういう概念は無くすべきなんだよ」
「確かに
「なら家賃をくれ。それに俺は一人暮らしで慣れてるから」
「同じくアパートで独り暮らしだったから」
以前柊真が訪れた時は夏蝶が住んでいるところを大きい家だと勘違いしていたようで、あれは小さなアパートで普通の一軒家を模したようなものだった。それで夏蝶は空き部屋が多いという事で隙間が多いただの空き家と言っていたのだ。
「なら立地条件は同じだな。でも土地勘があるのは俺の方、という事で」
「いいえ、ここは女としてのプライドがあるわ」
「効率を考えて言っているんだ」
「そんなもの時間が解決するわよ」
「はぁ~」
「何よそれ」
「……これだと一向に決まらないなと思って」
「そうね。あなたが折れないから」
「頑固だな、この家のことは俺がやる。別に春日さんのためにやっているわけではなくて、俺がやることの延長線に春日さんがいるだけ」
「それが痛み入るのよ、いいから私にやらせなさい」
「───分かった」
さすがに夏蝶の頑固さに呆れたのか、柊真が納得の言葉を吐いた。
「分かればいいのよ」
「ただし、一つ提案がある」
「提案?」
「ああ、今日明日で家事対決をする」
「……なるほど。それでどちらが家事をするに値する人材か見極める。という魂胆ね」
「そうだ。今日は俺で明日は春日さん。ちょうど土日休みだからいい機会だと思って」
「いいわ。応じましょう、でもいいのかしら? 明日までに家具の場所を把握してしまえば土地勘を分け与えることになるのよ?」
「だから明日にしたんだよ」
不公平な決め事は勝負とは言わないと柊真はあえて夏蝶にこの家のこと知る機会を与えた。そうしなければ自分の方が効率がいいと証明もできなければ後になってあの頃はなどと言われる可能性があるからだ。柊真は一つの件を引きずることに抵抗がある性格だったため、この条件を夏蝶に提案した。
「……そういう人だったわね」
「じゃあ決まりな。この結果で家事は誰がやるか」
「ええ。受けて立ちましょう」
こうして暁月家の家事を賭けた勝負が始まった。
初日である今日は、先ほど柊真が告げた通り、家主である柊真が受け持つことになる。この会議が終わり、柊真が初めにしたことは朝食づくりだ。
「どうぞ」
「驚いた、本当に料理できるのね」
「誰でも作れるだろ。それに何年一人で住んでると思ってるんだ」
お手軽に作れる目玉焼きに白米。朝食の代名詞ともいえる一品を提供した。それも短時間かつそこそこの完成度で。
「伊達じゃないという訳ね」
「そうだ、食べ終わったらシンクの中に置いといてくれればいいから」
「あなたは?」
「やることやる」
「そう」
その後、小一時間リビングに姿を見せなかった柊真が帰って来ると、夏蝶が使った食器を洗い始めた。
「…………」
「あの、やりずらいんだけど」
「どこに何があるのか把握しなくちゃいけないし、仕方ないわ我慢しなさい」
「そう」
「なに? 照れてるの?」
「邪魔なんだよ、人に言ってきた癖に自分で意味わかってる?」
「……あなたね」
それからお昼時までの時間をテレビを見つつ時折スマホを触っていた。小腹がすいてきたところで、柊真が立ち上がり冷蔵庫を物色し始めた。その後、品定めしたものを調理して昼食に出した。それを見て夏蝶は勝負だというのに普通だと思い、やる気を問いただしてきたが、柊真は至って真面目と答えて、その時の会話は終わってしまった。その後はお風呂を掃除し、洗濯物の整理、それとこの間二人で行ったスーパーに夜ご飯の買出しに行った。
「肉じゃがにブリ。意外とやまとなでしこなのね」
「言うなら
「そうね」
食事を終えた二人は先にどちらがお風呂に入るかで少し話し合い、最終的に残り湯を使われれるのが嫌だと言った夏蝶を先に入れることになった。自分がいない間に何かされるのが嫌だったのか、すぐに出てきた夏蝶だったが、柊真は特に変わった様子はなく、食器を綺麗に片づけた後ただテレビを見ながらくつろいでいた。そして夏蝶の次に柊真がお風呂に入り、数十分した後、頭にタオルを被り、元いた家がベッドだったという事もあり、寝具を運んでこなかった夏蝶はひとまず客人用の布団で寝てもらい、
そして、そのまま何事もなく、まるで勝負をしているなどと思わされることさえなく、その日が終わった。
「───おはよう、今日は私の番ね。もうそろそろ起きてくるころだろうと思って朝食の準備してあるから」
「ま、がんばれ」
「言われるまでもないわ」
「いただきます」
柊真が下に降りてくるとそこにはすでに朝食の用意がされていた。
「ハム卵チーズパンか、作ったことなかったかもな……」
食卓に並んでいるものはチーズをのせたパンの上にハムと厚い目玉焼きを乗せた見た目豪華なものだった。
「ええ。おとといはお弁当で朝食もお米だろうと思って昨日もそうだったから」
「それでパンか」
「そういうこと」
朝にはもってこいの手軽さで、さらに片付けも多くはない。これは確かに普段から家事をやっていなければ思いつかないだろう。
「はいこれ、お手拭き」
「ありがとう」
「じゃあ、食器片付けるからゆっくりしていて」
「そうさせてもらうよ」
「それと、昨日の今日でこの家のことは大体わかったから、気にしないでいいわよ」
「するつもりもないよ」
「負けても悔しがらないことね」
あえてこの言葉を柊真に伝えたのは自分はできると証明するためだろう。同じ土俵に立たせたことを後悔させてやろうというすでに始まっていることへの宣戦布告だった。
「食器はここで……よし、終わり。次は───」
夏蝶は休むことなく、次から次へと自分ができることを探した。細かなところの汚れや、障りない程度の棚の整理。それが済んだら今度は昼食を作り始めた。
「春日さんって自分で言ってるだけあって、料理のバリエーションも多いんだ」
「それ皮肉かしら?」
「どうしてそうなる」
「冷蔵庫にあったのよ」
「たまたまだろ」
「それにほかにもたくさん」
「休みだし、たまたまだな」
「偶然って二つあると必然らしいわよ」
「それ、誰が言ってたんだよ」
「さあ? 誰でしょうね」
夏蝶が作った昼食を食べながらそんな雑談をし、終わればまた夏蝶は家事に専念する。柊真が昨日やっていたようにお風呂掃除など、まるで家事を主軸とする機械のような働きを見せていた。
「お風呂、先にいただくわね」
「どうぞ」
そう言い残して、お風呂へと向かった夏蝶を横目で見ながら柊真はリビングでゆっくりしていた。
「なんというか、やっぱりこうしてると普通の女子なんだよな。春日さんって」
それこそ学校でツンデレないだったり、冷徹と言われみんなから距離を置かれるような人ではないと感じていた。むしろ一人暮らしだった経験もあり、家事はできるそれに今日のように人に気を遣うこともできる。普段もそうしてればいいのにというのは何回も思ったことだが、本人なりの事情があるようでどこか、学校での自分にとらわれているような気がしていた。
「しかしクラスメイトの女子と同棲って、ばれたらまずいよな……」
柊真は勝負の事ではなく、今置かれている状況に焦りを感じていた。
それからしばらくして、夏蝶がリビングに戻って来たのを確認した柊真はここ二日で行われた家事はどちらがするかという議題の結果発表をしようと告げた。
「───まだ今日は終わっていないのに、もう負けを認めたのかしら?」
「いいや、そもそも第三者がいない時点で勝ち負けなんて決められないから」
「……どういうこと?」
「投票者が本人だけの選挙をやったらどうなると思う」
「結果は決まらない?」
「そう、皆自分に入れたがるからな」
「つまりあなたは初めから勝負をするつもりはなかったという事?」
「そうなるな」
「私を馬鹿にしているってことかしら」
「違う。春日さんが信頼に値する人間かどうか確かめたかっただけ」
「……?」
そう。柊真は初めから勝負をする気などなかった。この勝負をしようと言ったのもただの時間稼ぎにすぎない。
「俺は春日さんのことを何も知らない。だからそんな人をいきなり居候させるわけにもいかない」
「…………」
「けど今日はっきりわかった」
「何が分かったっていうのよ」
「春日さんが自分を強く持っているってこと。プライドとか責任感とかそんな感じの」
「それが何になるというの?」
「それこそが重要なんだよ」
「いまいち話がつかめないのだけど。結局家事はどうするのよ」
「それなんだけど、二人で一緒にやらないか?」
「二人で?」
「どうせ一緒に住むんだし、片方に責任を押し付けるのもどうかと思って。効率を考えるなら二人でやるのが一番だろ」
「最初からそのつもりで?」
柊真は居候だからと全て任せるのではなく、同棲人として互いを支え合っていこうと議題が出た頃にはすでに考えていた。
「そう。それに春日さん、疲れてるみたいだし」
「私が? 疲れてなんて───あ…れ」
今にも倒れそうになった夏蝶を柊真が近づき、体を支えた。
「ちょっと……何して───」
「突然違う家に来て家事までやって疲れないはずないだろ。体は大丈夫でも精神が無自覚に攻撃されるんだよ。こういうのは」
「………」
「春日さんは確かに家事はできる。けど結局ただの女の子なんだよ。それが男である俺の家に来てプライベートを覗かれているんだ。心がすり減る気持ちを理解してあげて欲しい」
「……何よそれ」
「この勝負は引き分けだ。今の体の調子を理解したうえで反論があるなら聞くけど」
「いいわよ。引き分けで」
「じゃあ、家事は二人で適当にやる」
「分かっ……た」
そこまで言った夏蝶は体を支えてくれている柊真に体を預けた。
ただでさえ普段人と話すことがあまりない夏蝶が、男の家に来て、さらに知らないことが多い家で家事までやったわけだ。さすがに倒れるのも無理はない。
「だから後は休め」
その言葉に返事はなく、夏蝶はすぅと息を吐くだけだった。お風呂に入って気持ちが落ち着いたところで疲労が来たのだろう。そのまま腰を持って夏蝶の体を持ち上げた柊真は夏蝶が使っている寝室へと運んでいった。
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