過激なおはよう
鳥のさえずりと共にカーテン越しに日差しが差し込み、柊真の顔を焼く。
「───ん……ふわぁ~、朝か……ん?」
普段と同じように体を起こそうと試みたのだが、どういうことか今日は何かに引っかかっているのか、上手く体を起こすことが出来ない。それで、その重みを感じる方へ視線を移すとそこに違和感の正体がいた。
「んっ、ん~ん」
まぶたを閉じてゆっくりと胸を上下にする少女。朝の爽やかさと注ぐ光に照らされて少女はまるで一つの芸術品のようなものになっていた。その芸術品のような少女に柊真はある疑念を抱く。なぜ隣にいるのかと。
「………は?」
「はわわ~。って、は!?」
「なんでここにいるんだよ」
「あんたこそ、なんでここにいるのよ!」
「そっくりそのまま返すよ、そのセリフ」
「セクハラよ! せ~く~は~らっ!」
「セクハラはどっちだ、人のベッドに勝手に入り込んで」
柊真がそう言うと、やっと意識が覚醒したのか、辺りを見回してから落ち着いた。
「はぁ、はぁ………確かにそうね。ごめんなさい、どうやら無意識に入っていたみたいだわ」
「ったく、なんだってんだ」
「元の家がベッドだったからだと思うわ」
「あぁ~、それで寝具が見当たらなかったわけか」
「さすがにベッドは運べないもの。それに昨日は疲れたのよ」
このまま二人で部屋にいると気まずいので、顔洗いも込みで一旦リビングに行くことにした。そこには片付けられていないスーツケースや小さな段ボールの数々、ほかにも中身不明の物が多々ある。
「───どうせなら夢であってほしかったよ」
「諦めなさい。これが現実よ」
「うわ~現実警察には捕まりたくないな」
「ふふっ、夢なんて言わせてあげないから覚悟しなさい」
○
時して昨日、夏蝶が柊真の家に泊まると言ってきた日。
「春日さん。荷物、ほんとにこれだけでよかったの?」
「ええ、必要なものはそこに全部あるわ」
「そう。じゃあ、あとからなにがないだのこれがないだの言われても自己責任だからな」
「言われるまでもないわね」
「そうですかと……」
柊真は、いや。柊真たちは屋上での一件の後、荷物が外に置いてあるならはやく戻らないとまずいだろという事で急いで家に帰った。
そして、玄関先に置いてあるそこそこの量の荷物を見てため息を二、三回した後で夏蝶の荷物を家の中に入れる作業をしていた。というのがこの会話のソースだった。
「これで最後か」
「えいっ───これで終わりね」
「はい、お茶とタオル」
「……あ、ありがと」
「ん」
春の終わりとはいえ、重い荷物を何個と運べば汗も出る。柊真ほど出てはないにしろ夏蝶も少し自分の汗が気になっているようだったので、一度家に入り、出た水分を補給させるためのお茶と拭くためのタオルを持ってきた。
ここ数日間で随分と二人の距離は縮まっていた。本来なら会話すらなかった二人がこうして屋根を共にしようとしている。特に夏蝶だ。急に買い物に誘い、じゃなく荷物持ちとして柊真に接触をしてきたり、いくら留学したくないとはいえ、柊真を盾に結果的に二人暮らしまでさせられることになってしまったりと。しかし、それ以上に柊真は、自分が抱こうとしている夏蝶への感情に驚いていた。
「春日さんって、人の事好きになったことある? 恋愛的な意味で」
「───ごほっ! ななな、なによ急に!」
「いや、何となく。交際関係がないって言ってたけど、好きな人がいないとは結び付かないよなって」
「確かにそうだけど……そうね。これがそうなのかは分からないけど、心が温まる。そういうのが恋だとするのなら私は好きな人がいるのかもね」
私もこれが初めてだからと付け足して、沈む夕日を見ながらそう言った。
「心が温まる……か」
「あなたは?」
「似たようなもんさ」
「それって───」
「いつまでも外っていうのも酷だろ、あがりなよ」
「そうさせてもらうわ」
「いや、違うか」
「え?」
「おかえり」
「………ただいま」
先に家の中に入っていた柊真からの言葉に夏蝶は照れながらふさわしい言葉を返した。
いつも家にただいまというだけだった柊真が、誰かにおかえりと告げて、ただいまと返事が来るのはどこか悪い気はしなかった。
「先シャワーいいぞ」
「………」
「安心してくれ、いきなり抱き着いたりしないから」
「覗きに来るなって意味だったんだけど」
「タオルは洗面所にあるの適当に使っていいから。使い終わったらそのまま洗濯機に入れてくれていいから」
「ええ。ありがとう」
「あと、服とか下着は俺が触るのも気が引けるから……洗濯機の使い方分かるか?」
「タイプにもよるけど、何となくでできると思うわ」
「了解。分かんなかったら後で調べるなり俺に聞いてくれ」
「うん」
柊真に案内され、洗面所に向かった夏蝶は言葉に甘えて先にシャワーをいただくことにした。
「何よあれ……」
夏蝶は程よく冷たくした水を頭にかぶりながら柊真が自分を気にかけてくれたことを内心喜んでいた。それから十分と過ぎようとした頃、夏蝶が洗面所からリビングへと顔を出した。
「───シャワーありがとう。あなたも風邪ひく前に入りなさい」
「そうさせてもらうよ……覗くなよ?」
「しないわよ!」
「知ってる」
振り向きざまにそう答える柊真に夏蝶はまたしても温まるような感覚があった。
「これはもう隠しようがないわね」
幼い頃から他人と疎遠だった夏蝶にとって、こうして関係を持っている柊真は異質な存在だった。それだけでも十分な理由だったのかもしれない。しかし、柊真はそれだけではなく、夏蝶のことを知ろうとしてくれていた。なによりその気持ちが嬉しかったのかもしれない。
誰も自分ではなく噂を見ていた。そんな中で一人だけ本当の自分を見てくれるかもしれない人がいればそれはもう、
「冷たくなんてできるわけない」
口にしてしまっていたと気づくと同時に柊真の気配を探ったが、どうやらすでにシャワーを浴びているらしく、静かな家の奥からシャワーの音が聞こえていた。
柊真がシャワーを終えると、時計の時針は第三象限にいたため夕食は柊真が軽くあり合わせで作った料理を振る舞った。
それから寝る場所のことについて話し合った結果、夏蝶には二回にある柊真の部屋の向かいにある空き部屋で寝てもらうことにした。それから数時間後、驚きの朝を迎えた。
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