物語のしおり
なぜか流されるがままに、半強制的に夏蝶と買い物をしたあの日から何日か経過した頃。
「はぁ~」
誰もいない屋上で柊真は流されていく雲を見ながら寝そべってここ数日の出来事を振り返っていた。
「結局、こうなるのか……」
あの時、柊真はナンパの件がどう転んでもその場で収まらないだろうと感じ、夏蝶を助けた。予想外にもお礼をさせて、とせがんでくることは無かったが、もしかするとそれより面倒なことになっているかもしれない。あの春日夏蝶が自分の意志で誰かに話しかけるということ。今のところ誰かに知られているという事は……ないだろうが、もしこれが学校中に広まれば柊真の安寧な学校生活は無に帰すことになる。
「すぐに終わらせるどころか逆に長引いてるなこれ。どれが原因だ?」
ナンパを助けたのが原因か、それとも教室で会ったあのときか、はたまた昼休みに目が合ったのが原因か。
「ん~。分からない」
結局どれでもないのかもしれない。人間、風の赴くまま、どこまでも空気に流されるものだから。
「本人の意志なんて関係ないってことだな」
誰がどこで話すか、それすらもすでに決まった
「……っしょっ、と」
こんなところで何を物思いに耽っているのかとバカバカしく自分を笑いながら、上体を起こした。
「どうなるかなんて知ったことか、どうにでもなれ」
人々はそのどうにでもなる人生のことを運命と呼ぶらしい。そして、それはいつも突然、いたずらに目の前に現れる。
「───やっと見つけた」
やっと、というくらいだから探し回ったのだろう。いたずら……じゃなく、夏蝶が少し息を切らして屋上の扉を開けた。普段ならここは自分ではないと無視するところだが、自分であると確信できる出来事が最近起こった、起こっているのでそれを理解したうえで柊真はこう返した。
「人違いです」
「寝言は寝てから言いなさい」
「じゃあ、お言葉に甘えて」
そう言って柊真はいましがた起こした上体を再び倒した。
「ちょ、起きなさいよ」
「これで寝言は言えるだろ? 改めまして人違いです」
「あなたふざけてるの?」
「すげー本気」
「はぁ~。もういいわ」
そのまま呆れて帰ってくれと内心思っていたが、現実というラスボスはそう簡単にはいかなかった。
「単刀直入に言うわ。しばらくあなたの家に泊めてくれない?」
「………」
柊真は、頭の中で今の言葉を何回も再生した。が、過去の改変はできないらしい。
「春日さんこそ寝てるんじゃない?」
「すげー本気よ」
さっきの仕返しと言わんばかりに柊真と同じくらいの棒読みで言った。
「ハハ。春日さんが冗談を言うなんて面白くないぞ」
「うふふ。別に冗談を言っているわけではないわよ? さっきも言ったわ、私は本気よ?」
「そこは冗談であってくれよ」
「そういえば、あなたは理由を聞かないと聞く耳持たないのだったわよね?」
「この件に関しては聞きたくない」
「そう、じゃあ言うわね」
「断る……って、聞いてないし」
「───実は私、親の勧めで海外に留学することになったの。その理由はまた追々説明するとして……」
「ご武運を」
柊真はそんなの知るかと、送り届ける言葉を言ったのだが、夏蝶はそれを無視して続けた。
「だけど、私は海外なんて行きたくないし、最近この街を離れるわけにはいかない心境に陥ったわけなのよ」
「愛国民。いいことだけど、旅も必要だと俺は思う」
「それでどうすればここにいられるかと、屋上の扉を開けるときに考えてたんだけど」
「───随分と短い間だな」
「そこで、屋上に来てみればあなたがいるじゃない」
「はい。俺はここにいるけど」
「……で、私は考えた。愛しくてやまない恋人でもいれば話はなかったことになるのではないかと」
「はぁ」
どうして柊真をみてそう思ったのかという疑問は夏蝶の勢いにかき消されてしまった。
「そこで、よ! あなたは私を救ったわよね?」
救ったというのはおそらく、ナンパ男からだろう。
「警察に電話するフリをしてナンパ男をまいたのは春日さんだけど」
「救ったのよ! これを上手いこと使えないかと考えた私は、あなたを恋人として仕立て上げることにしたの」
「は? どうして俺」
「ここでナンパから救ってもらったということが役に立つのよ」
「察するに、ナンパから助けてもらったくらいで好きになったので、恋人になり、その人がいるから海外には行けませんと? そんな話信じる奴が───」
「だから、私の親がそんないい人がいるなら一緒に住んじゃいなさいって言ってきたわけなのよ」
「信じたのかよ……」
「それで朝、今住んでるアパートまで契約解除されちゃって行く当てがないという訳なのよ」
「それならなんで男である俺なんだよ。そういうのはもっと気の知れた同性の友だ……あぁ~。なるほど」
そう。夏蝶にはそんな気の知れた同性の友人なんていない。学校でそこそこ悪名高い夏蝶が初めて話した人に家に泊めてくれなんて言っても承諾してくれる人は、道端に落ちている中年だけだろう。当然それは嫌なわけで消去法で柊真になったという事だ。
「───そんな可哀そうな目で見ないでもらえるかしら?」
「あれ? そんな態度とって良いのか? 俺の返答次第で春日さんは今日からめでたく放浪者になるわけだけど」
「ごめんなさい。泊めてもらえませんか」
「ま、見過ごすつもりはないけど」
めずらしく下手にでる夏蝶を見て少し面白いと思い、つい調子に乗ってしまった。
「何よそ、え? いいってこと?」
「いいけど俺、一人暮らしだぞ」
「……ふん。気にしないわ」
「男だぞ」
「…………へ、平気ね」
「ならいいよ」
「ほんと?」
「春日さんがいいなら俺は」
「そう……よかった」
「───全く、運命なんてわけわかんね」
あの時、すぐに帰っていればこんな事にはならなかったかもしれない。しかし、友達のいない夏蝶はまた別の形で柊真に頼んでくるだろう。これがなるがままになった結果。夏蝶が柊真に家に泊めてというのは変わらないことだったという事だ。
「何か言った?」
「いいや。なにも」
だが、どうして柊真は断るという選択肢を取らなかったのか。優しさ?いや、それとはまた別の物かもしれない。
「それより、荷物はどうするの」
「荷物?」
「元住んでいた場所にあった」
「それなら、もうあなたの家の前に置いてきたわ」
「あぁ。そういう事か」
断っても家には来る、そしてそれを理由に今度は断れない状況を作られることだろう。どうあがいても夏蝶が柊真の家に来ることは決まっている。つまり、夏蝶の要求を断らなかったのは柊真の個人的な感情ではなく……柊真はどうやら夏蝶を中心にすでに迷い込んでいたようだ。逃げ場のない物語という『運命』に……。
「改めて、よろしくね! 柊真!」
「―――っ!?」
それが初めて誰かに見せる春日夏蝶だった。
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