大義名分は至って買い物

 近くのスーパーにお互い必要なものを買いに来た柊真と夏蝶。


「あなたは夕飯?」

「それは俺を食べるってことか? だとするなら違うぞ」

「違うわよ! 目的ってこと!」

「だろーな」

「分かってるならちゃんと答えなさいよ!」


 まったくもう。と、頬を膨らませながら一人かごを持って行ってしまった。一緒に行動する理由もないためそのまま放っておいたのだが、なぜかすぐに戻って来た。しばらくもじもじした後で周りに人がいないことを確認した後に柊真にこんなことを言ってきた。


「同行するのは不本意だけどそれだと本末転倒になるから……本当にそれだけだから!」

「はいはい」


 それを柊真は軽く流して自分の買い物を続けた。


「───ほんとに、それだけだもん」

「そう何回も言わなくても聞こえてるって」

「う、うるさい!」

「………なんだってんだ」


 今朝よりも謎キャラに磨きがかかっているように見え、修行でもしてきたのだろうか、と柊真は首をかしげていた。


「さて、どうするか」

「夕飯決まってないの?」

「うん」


 柊真はいつもこれといって決めてから買い物をしに来るわけではないので、お店の中にいる時間が長かったりする。


「三連休か……カレーだな」


 多めに作れば数日は持つという事もあり、連休を謳歌おうかする者にとっての救いであり味方であるカレーにした。献立が決まったという事で夏蝶とは別行動になった。本末転倒が云々うんぬんの話は買い物の効率化のために免除された。

 それからカレーの具材を求め、お店の中を彷徨さまよい、全部揃ったところでレジに向かい、お金を払い店を後にした。と、そこで荷物持ちを頼まれていたのを思い出し、引き返した。


「───俺、必要か? その量」

「………」


 最後に見た時はまだ買い物かごには何も入っていなかったので、しばらく時間がかかりそうだと思っていたのだが、柊真が店へ入っていくとガラス扉越しに夏蝶の姿があった。そして、三日分の買い物というのは総じて片手に収まるほどだった。

 荷物持ちで呼んだはずの柊真の方が多く買い物をしている。これではどちらが付き合わせたのか分からない状況だった。


「まだ家に食材もあるし、特に欲しいものが見つからなかったのよ」

「ならなんで来たんだよ……」

「別にいいでしょ。連休前のインスピレーションよ」

「そうですか。じゃ、はい」


 店を出てしばらく経った頃。そう言って、柊真は荷物を持っていない方の手を夏蝶の前に置いた。


「何よ───っ!? 手なんかつながないわよ!?」

「荷物だよ、そのために呼んだんだろ?」

「…………はい。ありがと」


 勘違いを指摘すると夏蝶は顔を真っ赤にしてうつ向いて、柊真に荷物を預けた。その時の夏蝶の顔は夕日に照らされて赤かった。

 それからしばらくして夏蝶が落ち着いたようなので、柊真がここ最近で気になっていたことを聞いた。


「理由はあるのか?」

「……?」

「どうして学校であんな態度を取っているのか」


 あんな態度。ツンデレないのことだ。柊真はここ数日、夏蝶と共に行動することが多かったため、そこであることに気が付いた。学校と学校にいない時の自分への対応の仕方の違い。今日のように一緒にいるときは言葉には棘があっても、学校の生徒にあそこまで言われるようなほどではないと感じていた。それにあれが夏蝶だとは思えなかった。だからこそ気になったのかもしれない。


「別にあなたには関係ないでしょ」

「そうでもないだろ。一応被害者なんだし」

「危害を加えたつもりはないけど?」

「馬鹿とか邪魔とか言われたなー」

「だとしたら、自分を恨むことね」

「うわー」


 話を逸らされたような気がしたが、話したくないのだろうと割り切ることにした。

 それからは本当に何事もなく分かれ道までたどり着いた。


「はい荷物」

「その、今日はありがとう」

「ん」


 こうして、二人はそれぞれ自分の家へと帰った。


「……さて、カレー作るか」


 夕飯の支度を始めた柊真の知らないところで、夏蝶も夕飯の準備を進めていた。夏蝶がスーパーの袋の中から出したものは、今日買う予定に無かったもの。


「ふふ。私もカレーにしようかしら」


 夏蝶は笑みを浮かべながらカレーのルーが入ったパッケージを持っていた。


「連休で便利だから作るだけであって、別に……って、何やってるんだろ私」


 楽しかった。

 夏蝶が覚えている中で一番、最近が充実している気がしていた。


「なんだろう。なんなんだろうな、この気持ち……温かい」


 中学に上がる頃にはすでに、夏蝶のツンデレないという言葉は、発祥不明に広まっていた。それ故に、夏蝶に近づこうとするものは少なかった。稀に話しかけてくる人はいたが、必ずしもいい方向ではなかった。何もしていないのに『冷たい』だとか『怖い』など言われていた。だから夏蝶自信、きちんと向き合ってくれる人ならそれ相応な対応を取るつもりでいた。しかし、それが逆にかせになってしまい、さらに状況は悪化してしまった。噂に飲み込まれた人間がきちんと向き合ってくれるはずがなかったからだ。


「───けど、同じくらい怖い」


 柊真もただの気まぐれで夏蝶の相手をしているだけなのではないか。頃合いを見てまた、根も葉もない噂話を流すのではないか。そう思うと、胸が苦しくなるようだった。ただ、噂が広がる怖さよりももっと、怖いものが夏蝶の中に確かに存在していた。本人はそれが何かはまだ自覚できていなかったが、恐怖以外に柊真に感じる何かがあった。


「大丈夫……よね」


 大丈夫。今日も買い物のお誘い受けてくれたもの。と自分に言い聞かせた後で、はっと何かを思い出したように顔をぶんぶんと振った。


「だから! 別に誘ったわけじゃなくて、あくまで荷物持ちなんだから」


 けど、どんなに取り繕っても夏蝶の顔から笑みが抜けない。それもそうだ、中学から数えて、いや、もしかしたらもっと前からだったかもしれない。そんな前から今の状況が続いている中で初めてできた───だから。


「信じていいわよね。ううん、信じたい」


 誰かが言っていた……自分を信じることのできない人間が、どうして他人を信じてあげることが出来るのだろうか。

 ならば、この自分の中に生まれた信じたいというおもい、このおもいを信じること。それが夏蝶が導き出した最初の答えだった。


「よし、カレー作ろ」


 自分のための料理に何も感じることは無い夏蝶だったが、今日だけは違い、どこか気持ちが跳ねるように料理をしていた一方で柊真はすでに煮込みを始めていた。


「───っくし……風邪か?」


 誰かが自分のこと思っているなど露知らず、かのようにカレー作りを進めていた。

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