デレないお誘い

「今日の帰り、付き合いなさい」


 そう言われたのは朝に昇降口で会った時だった。いつもの如く一人で来ていた柊真に声をかけてきた。


「はい?」

「いいから。拒否権は事が済んでからあげるわ」

「……先に詳細を聞いていいか?」

「やだ」

「なんだそれ」

「とにかく、校門で待ってるから!」


 あの夏蝶が学校でそれも人に、さらに言えば男子に話しかけているなど前代未聞の事だったが、運よくそれを見ていた学校の生徒はいなかった。しかし同じく靴を履き替えている反対側の死角になっている人は『なんだ?』と思ったことだろう。だがそれに関しては柊真のほうが言いたそうにしていた。


「あいつ、いつから謎キャラに転職したんだ?」


 先週までの夏蝶ではありえない。自分から話しかけてくる上に放課後の予定まで入れられてしまった、しかもその用件は話さずにただ来いと言われて、来ない選択肢はないと……軽い脅迫だ。


「はぁ~」


 これで行かなかったら後々面倒なことに……と考えている最中、先ほど夏蝶が待ち合わせにした場所を思い出した。校門で待っているから、その言葉に隠された本当の意味。

 別に夏蝶が健気に柊真のことを待っているわけではない。帰るには必須ので待たれているのだ。つまり、退路を断たれている。


「初めから拒否権なんてないってことか」


 それから、地球の重力が数倍にもなったかのように重い足取りで教室まで行き、それからはいつも通り授業を受け、昼休みには手製のお弁当を食べて、エネルギー補充をし、午後の授業を受ける。そして放課後。特に学校に留まる理由もない柊真は帰りのホームルームが終わると同時に教室を出た。


「これでよし」


 誰もいない昇降口を一瞥いちべつしてが小さなガッツポーズを取った。


「なにがよ」

「先に行って待ってようかと」

「あなた、逃げようとしてたでしょ。拒否権はないと言ったはずよ?」

「……だから、承認もせずに帰ろうと思ったんだけど。待たれる前に帰るそれなら拒否してないだろ?」


 拒否権がないなら、拒否をせずに帰ればいい。つまり、夏蝶よりも先に校門から出てしまえばいいという事だ。


「───そんなに嫌?」

「何が」

「私の用事に付き合うの」

「まぁそれなりに」

「どうして?」

「何されるか分からないし。拉致監禁とかされたらたまったもんじゃない」

「そんなことしないわよ! でも本当にそれだけ?」


 夏蝶が眉を垂らして聞いてきた。


「だから何するのか教えてくれって言ったんだけど」

「分かった。教える、教えるからいいでしょ?」

「無理な願いじゃなければ」

「それが───」


 夏蝶が今日の放課後に柊真を誘ったのは今日が金曜で明日から三連休だからだった。夏蝶はどうやら休日に外へ出るタイプではないようで、できるだけ家にいたい人らしい。そこで三連休の前に必要なものを揃えておきたかったのだが、三日分の買い物を一人で持ち帰るとなると手に余ると思い、柊真を誘ったという訳だった。


「なんだ、そんなことか」

「じゃあ! お、おほん。言ったから付き合ってくれるわよね?」

「俺も行く予定だったし、それなら初めから言ってくれればよかっただろ。どうして隠したんだよ」

「それは……」


 学校で放課後に誰かを誘うのが他の生徒にばれたくなかったという事なのだろうか。しょうがないとはいえ、学校での面目は守りたかったのだろう。


「男子と一緒に買い物なんて……」

「そうだな。それじゃまるでデー」

「───トじゃないからっ!」


 デートみたいだな。というより先に、夏蝶が否定してきた。


「そ、そうか」


 そんなに大声で言わずとも柊真は分かっているのに、夏蝶はと言えば顔を赤くしてそっぽ向いている。この間の反応と言い、どうも夏蝶は男女の関係という者に免疫がないように見える。


「うん」

「その前に一回帰る。荷物置いてから買い物行く予定だったから財布家」

「それなら私もついて行くわ。もとをたどれば誘ったのは私だし」

「………」

「なに? 嫌なの?」

「いや。別に」


 夏蝶がこんなにも積極的なのは予想外だった。気の知れた仲でもないと家に行くのは多少の躊躇ためらいが存在するはずなのだが、夏蝶はその壁をなんなく超えてくる。その目的はどうあれ柊真の中での夏蝶のイメージが反転した。


「そうしてれば友達の一人くらいできるんじゃないかって思っただけ」

「───っ!?」

「悪い。また知ったような口聞いた」


 以前、踏み入ったようなことを言ったとき、夏蝶は見るからに嫌な反応を見せた。またしても機嫌を損ねるような発言をしてしまったかと思い、柊真なりにすぐ謝ったのだが今回は違ったのかどうやら機嫌は悪くないようだ。


「私も、できることならしたいよ……」


 柊真には聞こえないように、その意志を消すかのようにうつむきながら小さな声でつぶやいた。


「───じゃあ、行くか」

「うん」


 校門を出てからも相変わらずの無言が続く。しかし、二人の仲で確かな感情が生まれていた。存在なのだと。

 柊真の家に着くまでの間、夏蝶はなんだかあたりを気にしているようだった。それもそのはず、つい最近ここでナンパに遭遇したのだ。しかし、少しの恐怖はあっても柊真がここでナンパを追い払ったのも事実。あれがこのために仕組まれた意図的な行動だとは夏蝶は思えなかった。


「───言っとくが俺はナンパ男じゃないからな」


 柊真はその様子をみてそう言った。すると夏蝶が安心したかのように、いや安心させるかのように胸をなでおろした。


「分かってる。あなたがそんな人ではないことくらい」

「それはどうも」


 そして、程なくして柊真の家に着いた。


「考えてみれば私たちはお互いの家を知った同士という事になるけど、これはどういう関係なのかしらね」

「さぁ」

「これでフルマラソンは完歩したかしら?」


 ここでフルマラソンという言葉が出てくる理由はただ一つ。


「聞いてたのか?」

「私、後ろにいたけど」


 いつかの理科室での柊真の会話を聞かれていたという事だ。


「陰口のつもりだったんだけどな……」

「だとしたら陰口向いてないわね」

「なら今度は陽口ひなたぐちに挑戦してみるか」


 と言いながら玄関に向かって行った。


「それこそ不向きなくせに───ふふ」


 そう言って口を手で隠した夏蝶は玄関アプローチの壁に寄りかかって柊真が戻るのを待っていた。

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