帰り道

「………」


 異質な空気を作り出す二人組。柊真と夏蝶はあれから一切話していなかった。

 お互い自分から誰かに話しかけるような人間ではないためそれはしょうがないことなのだが……片やツンデレないと悪名高い女子、片や友達最多記録一人の皮肉っぽい男子。これで相性がいいわけがない。


「春日さんって、家こっちの方だったんだ」

「………」


 同じ方向に学校の生徒はいないと思っていたのだが、それは柊真が使っている道を通っていないだけで実際はいたらしい。


「そっちか」


 普段、柊真が左に曲がるところを夏蝶は右に曲がって行った。いつもの癖で左に曲がろうとしてた柊真は即座に方向転換し夏蝶の後を追った。


「ふん。そのままどこかへいなくなればよかったのに」


 すると、半分振り向いた状態で横目で柊真を捕らえ、そう言ってきた。


「俺、尾行するの上手かったんだな……」

「変態」

「生物の知識をはき違えてるみたいだからいうけど、生まれてこの方人間らしい姿だな俺は」

「あなた、友達いないでしょ」

「残念だけど、春日さんより一人多い」

「それ一人だけじゃない」

「量より質のタイプだからな」

「………」


 再び話が途切れた時、前の方で男女二人が手をつないで歩いているのを見かけた。

 柊真は別にアイドル事務所で働いているわけでもないので恋愛否定派ではないのだが、夏蝶の方と言えば、その二人組を見つけてからそのカップルをじっと見つめていた。


「ふ、ふんっ。別に……」


 その先はおにょおにょとしか聞き取れないほど小声だったが、何を言っているのかは想像ができる。はしたない、もしくは羨ましくない。とでも言っているのだろう。


「そういえば、春日さんって男の人と交際したことあるの?」

「何? 急に」


 学校ではただツンデレないという事だけが噂されていて、夏蝶本人の素性が分かるようなものはなかった。それ故に、夏蝶がどんな人間なのか知りたいというのがこの質問の主な理由だった。


「ただの興味」

「……あるわけないでしょ」

「だよなぁ」

「ふん───あ、あなたこそどうなのよ」

「ないな」

「同じじゃない」


 今朝と比べると、会話量がだいぶ増えてきた。おそらく、柊真が教室で会ったときに感じた話しやすさが関係しているのだろう。人付き合いをあまりしない者同士、何か通ずるものがあるのだと思う。性格的には相性は悪いはずが、話す方法が二人とも似ているから妙に波長が合っているように感じる。


「ところで家まだ?」

「もう少しよ。嫌なら早く帰れば?」

「そうだな……」


 会話している最中にも止まることなく歩き続けていたため、今度は柊真の家から離れていった。これ以上離れると帰るのも面倒になるし、ここまでくれば、あと少しと本人も言っているのでまたナンパされることもないと思い、そろそろ引き上げたいところではあった。


「え?」

「じゃ───」

「ちょっと、なに帰ろうとしてるのよ」


 どうせ、このまま家まで送っても柊真にとって利益になるようなものはない。それにこうして一緒にいることが学校の人に見られればそれこそ理科室で起きたように面倒なことになる。だから帰ろうとしたその時、夏蝶がそんなことを言ってきた。帰ればと言ってきたのは夏蝶のはずなのに、帰ろうとした柊真を止めるのは意味が分からない。


「帰るのに理由はいらないだろ」

「そうだけど───」


 何か言いたそうに夏蝶は目を泳がせていた。


「……と言っても別に帰る理由もないし。まぁいいか」

「ん。それでいいのよ」


 気のせいかさっきまでとは距離が少し近くなったような気がした。

 その後も、先ほどまでと同じように、ふと思いついたことだけで会話をして、しばらく過ぎた頃。ある一軒の家の前で夏蝶が足を止めた。


「───ここ。私の家」

「でかいな」

「隙間が多いだけのただの空家よ」

「……?」

「送ってくれてありがとう」

「いいよ。朝のナンパ男、覚えてろとか言ってたから責任取っただけ」

「そう」

「明日からもボディーガード必要か?」

「いっ、いらないわよ!」


 そう言って夏蝶は玄関の方へ急ぎ足で行き、力強く扉を閉めた。


「さて、俺も帰るか」


 しかし、ここで新たな問題が発生した。


「……ここ、どこだ?」


 それから柊真は時々この街を散歩していろいろな道を把握しようと思った。



          ○



「───ただいま」


 もちろん柊真の家には誰もいないため、返事は返ってこない。それでも毎日こうしてただいまと告げる。いつでも居場所を与えてくれているこの家が寂しくならないように。


「あぁ~。疲れた」


 夏蝶を家まで送り、自分の家に着くころにはもう外は暗くなっていた。


「ツンデレない……ね。確かにその通りだけど」


 引っかかるものがあった。夏蝶が言ったこと、まるで何か理由があるかのような。それを知って柊真はどうかしたいわけではない。けれど、なぜか知りたくなった。

 春日夏蝶という一人の人間を。


「とはいえ、話す気も起きないし、あっちも望んでないからな。そのうちだな」


 柊真は自分でも気が付いていなかった。今まで他人と接してこなかった柊真が今、そのうちという未来の言葉を使ったことに。


「はぁ。とりあえず、寝るか」


 今日は放課後にバイトもない。夕飯の買出しは昨日一緒に済ませてあるからこのまま家でゆっくりする予定だった。けれど、思いのほか夏蝶の家が遠く、帰り道に迷ってしまったことから疲労感が襲ってきた。


「やっぱ、慣れないことはするもんじゃない」


 心配だから───そんな言葉で飾ってはいたが、本心は違う。確かめたいことがあったから夏蝶との接触を試みた。

 普段、俊太以外の人と話すことがないからか、謎の緊張感にさいなまれていた。上手く話そうとする気はなかったのだが、それこそただのストーカーをしていると思われてはなにかと都合が悪いため、柊真なりにがんばってみたところ、疲れたという訳だ。


「でも、特に変なところは無いし、普通の人と変わらないようにも感じたけど」


 夏蝶に友達がいないのは、夏蝶自身が他人と関わりを持とうとしないというのが大きいのかもしれないが、それ以上に学校の人がその噂に浸食されて話しかけられない状態になっているのが原因でもあるような気がしていた。

 度が過ぎた噂はその空間に漂い始め、最後には人を……人が取り込む空気となる。噂を信じた者が多いほどその効力を発揮し、取り返しのつかないことになる。例えば、そう。夏蝶のように。


「ていうか、ツンデレないって。普通なんじゃ……」


 好意抱いていない人に対して媚を売るような人間はそう多くはない。誰が最初に噂を流したのかは知らないが、その当事者だって、夏蝶にはあたりがきついわけだ。つまり、ツン。そして、夏蝶に手を差し伸べなかったという事は優しさデレがない証拠。


「なんなんだ。全く」


 夏蝶がツンデレない女子となったのは、望んだことではなく、甘えたくなるような人が夏蝶には存在しなかったという事になる。そうならざるを得なかったのだ。


「これじゃ、悪いのは誰か分からなくなるな」


 一人、ベッドの上で思いふけっていた柊真は目を覚ました。

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