ツンデレない彼女とナンパ男

 柊真とうまの通う学校は家から徒歩十五分、歩くには少し遠い距離だが、かといって自転車や原付を使うという距離でもない。朝、目を覚ますついでに学校までの道を歩くのが日課になっていた。

 しかし、いつも通りのそんな道で聞き慣れない声がした。


「なぁ。お兄さんと遊んでくれよ?」


 二十歳過ぎくらいだろうか。ふしだら見た目をした男がなにやら女子高生をナンパ中らしい。しかもその少女はだいぶ怯えているらしく、必死に隠しているようで小さくはあるが震えていた。


「……朝から不愉快だな」


 柊真が不愉快と感じたのは、男がナンパをしているからではない。それを無視すれば寝つきが悪くなるし、助けたら助けたで、標的がこちらにむいてテンプレ通りの『邪魔するな』という言葉が飛び厄介なことになる。

 それに、助けられた側も恩を返そうとするかもしれない。ただ、しなければいけないことをしただけで、一方的に恩を返されたり、受け取ろうだなんて思わない。そんなことをされれば面倒が増えるだけ。結局、柊真が何をしてもすぐにくだんを終わらせることが出来ないのが不愉快だった。

 どちらを選んでも後味が悪いなら、選ぶのは当然、後味が悪くならない方。つまり、


「おはよう。随分と威厳のあるお兄さんだね」

「……え?」


 少女を助けること。それが柊真にとって最善の策だった。


「あぁん? 誰だお前」


 柊真は特別、学生を充実しているわけでもなければ友達も多くはない。むしろ友達なんて一人しかいない。だから柊真がこの少女のことをよく知っているわけもなく、関係性のある人物だと証明することは出来ない。しかし、そう聞かれた柊真は少女の顔を見て、名前を呼んだ。


夏蝶ほたるの友達だけど? そっちは?」


 クラスメイトですら全員認知していない柊真でも、唯一知っている少女がいた。それが春日かすが 夏蝶ほたる。そして夏蝶は柊真の意図を汲み取ったのだろう。すぐに柊真の方に寄り背中に隠れた。


「───その人ナンパ」


 夏蝶が声を掛けられたことで失いかけた意識を取り戻し、柊真に向かって説明するかのように言った。


「なるほど」

「ナンパ? ひどいこと言うなよ姉ちゃん。俺はただ道を聞こうとしただけだろ」


 男は焦る様子もなくただ言い訳をした。それを見て柊真は夏蝶を横目で捉えてにやけながら皮肉に言った。


「道を聞くのが遊びなんて、斬新ですね」

「───ちっ、聞いてたのかよ」

「聞いてたというか、聞こえた感じ。ここ静かだし、人通り少ないからよく聞こえるんだよ。が」

「雑音だ? お前、誰に口きいてんのか分かってんのか?」


 柊真はその自分を棚に上げるような発言に呆れた表情を見せた。


「誰? 有名人ならこんなことしないし、まともな人間ならそもそもこんな事しないけど。あぁ、もしかして誘拐犯で指名手配とかになってました? すいません、俺そういうのあまり見ないので」


 皮肉に皮肉を重ねて、わざと怒りを買うような発言を続けていた。ろくに鍛えておらず、運動もしていない柊真が殴り合いに持ち込まれたら勝てるはずがない。なのに、ここまで喧嘩を売るのは何か作戦があっての事だろうが、それを知る者は、本人である柊真とその後ろに隠れている夏蝶だけだった。


「そう言う意味で言ってんじゃねえよ」

「……?」

「てめぇ! まじでいい加減にしろよ!?」

「では、この無知な俺にあなた様のことを教えてくれませんか?」

「───女がいるからって調子に乗んな!」


 そろそろ限界かと思ってたがその通りだったらしく、男は握りこぶしを震えさせていた。さっきまでの道を聞いていたという設定はもうなくなったのだろうか。


「───はい、そうです。ここは……」

「なんだ?」


 男が今にも飛びかかろうとしてきたとき、柊真の後ろからそんな声が聞こえ動きを止めた。そしてそれを聞いた柊真は勝利を確信した。だからこそ、慎重に、疑問を浮かべたような顔で夏蝶に尋ねた。


「何してんの?」


 すると、夏蝶は自分のスマホを片耳に着けて誰かと話していた。その後、キリが良くなったのか一度スマホを話し、柊真の質問に答えた。


「……警察に電話してる」


 その言葉はナンパをしているこの男にとってダメージが大きかったようで、次第にさっきまでの勢いはなくなり、焦燥感の溢れる顔になったと思ったら、すぐにその場から去って行った。当然「覚えてろ!」という捨て台詞を吐きながら。

 それを見た夏蝶は安心したのか、どこにもスマホをポケットに入れ、一度大きく息を吸い、吐いた後で柊真の目を見て言った。


「───という感じでよかったかしら?」


 それを訪ねた彼女の顔はどこか楽しそうで、いたずらな笑みを浮かべていた。


「うん。気づいてくれてありがとう」

「別に……それより、よくあんなこと思いついたわね」


 柊真はナンパ男に話す前に、スマホのメモ欄に作戦を書いていた。『俺が、あいつの注意を引くからその間に電話しているふりをしろ』と。


「たまたまだよ」

「そう。あと……」


 その言葉の先はおおよそ察しがつく。だからこそ柊真は遮った。


「名前、呼び捨てにしてごめん。ああでもしないと疑われそうだったから」

「………彼氏とかならともかく、友達はなんか違うと思うのだけれど」

「確かに───じゃ、これで」


 そう言って、柊真は先に学校への道を進んでいった。


「ちょっと!」


 しかし、その後すぐに声を張った夏蝶に止められた。


「なに?」


 まだ何か用かと、少し嫌悪の表情を見せたのだが、うつむいてもじもじしていた。先ほどまでとはまた違う仕草から見るにまた絡まれるのではないかという恐怖心ではないだろう。その答えはすぐに夏蝶の口から出てきた。


「ここ、どこか分からないのよ。場所教えて」


 という事だった。

 制服を着ているという事は今から学校へ行くつもりなのだろうというのは察しがついた。いつもならこの道に人の通りはない。なのに夏蝶がここにいるという事はあの男に引っ張られてきたのだろう。しかし、できればこれ以上関わりたくない。夏蝶と登校しているところを誰かに見られれば柊真の周りには人が寄ってたかることは明らかだからだ。

 なぜなら、この春日夏蝶という少女は学校で最も有名と言っても過言ではない。誰もが振り向くような美貌をもち、スタイルはとても高校生とは思えないほどだった。それ以外の事でもいろいろと有名なのはすでに知れ渡っているので、今更言うまでもないだろう。そして今まで彼氏がいたという噂話すら流れなかった夏蝶と一緒に登校でもした場合、騒ぎになること間違いなしだ。だから、俺は場所を教えずその問いには無視することにした。


「───高校同じ」


 そう柊真は振り向かずに独り言をつぶやき、再び歩き始めた。そして、その横を歩くように夏蝶が寄る。お互い意識はしていない。ただ同じ場所へ向かおうとしているだけで、二人が横に並んでいるのには他意はない。恋人というには離れすぎている距離で、たまたま会っただけにしては近すぎる距離だった。


「………」


 そのまま無言の時が過ぎ、学校に着くと気づけば柊真の近くに夏蝶の気配はなくなっていた。そうでなければ逆に困ると思いながら靴を履き替え教室に入ると柊真の席に我が物顔で俊太が座っていた。


「おっす、柊真」

「相変わらず朝なのに鬱陶しいな」

「ははは~、いつまでもそんなんだから友達出来ねぇんだよ」


 そんな柊真の皮肉にも笑顔で返してくれる。それこそ、柊真が俊太と友達をしていられる理由の一つなのだろう。


「俺は友人だけで十分だ」

「それ、何が違うんだよ」

「本来なら意味は違うと思うけど、友達って複数人な感じするだろ」

「確かに。そう言われてみればそうだな」

「でしょ? だから俺は友人だけでいいって話」

「つまりどういうこと?」

「さぁ?」


 柊真は悟られないようわざと遠回しに言ったのだが、それを真横から壊した人物がいた。


「友人。つまりあなたが言いたのはその座ってる人の事じゃないかしら?」

「…………」

「あと、邪魔だから早くどこかへ行ってくれる? 私をこんなくだらない話のためにずっと立たせるつもり?」


 物言わせぬ迫力に教室を凍らせたのは昇降口に着くころには姿を消していた春日夏蝶だった。誤解を生まないようにタイミングをずらして登校したのだろう。

 そして、この日を境に柊真と夏蝶の関係に速度が乗り始める。つまるところ、これが二人を綴る物語の始まりプロローグになる───


「私の言ってることが聞こえなかったのかしら? それとも邪魔っていう言葉すら理解できない馬鹿なのかしら? そう。それはごめんなさい」

「ふっ」

「何? バカにしてる?」

「いや。ここ俺の席」


 そう言って、おどおどしている俊太が座っている机を指さした。


「だったら?」

「どくの俺じゃなくてこいつ」

「お前、俺を売ったな!」


 そして───そのプロローグにもまた、出会いの物語があったと。

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