第5話 装龍

 「終わったぞ」

 禊を終えて、新しい畳の敷かれた本殿に戻ると、襷で着物の袖を上げた女型の式神が持ってきた布で体を拭き、終わる間で差し出された肌着を身に付け、続いて新調された巫女装束を着た後、乾かした髪の毛をお団子にまとめ、仕上げに玉虫色の櫛を指す。

 「朝食を」

 「ただいま」 

 式神が返事をした後、別の式神が運んできた膳に乗せられているのは、ご飯と味噌汁に海と川の魚を用いた料理だった。

 「いただきます」

 姿勢を正し、食前の挨拶をして、箸を手に取り、礼儀作法の見本のような動作で、音を立てずよく噛み、ゆっくりかつしっかり食べる。

 食べ終わり、式神が膳を片付けた後、別の式神に持ってこさせた習字道具を使い、札千枚を一気に書き上げていく。

 札を千早の袖に入れ、式神を消した後、障子を開け、赤い鼻緒の付いた浅靴を履いて外に出ると、晴れてはいるが雲はやや多めで、時折日差しを遮っている。

 弦は、軽く深呼吸した後、前方に出した異繋門をくぐった。


 出た先は、皇居の敷地に建つ議事堂の前で、木造の立派な門をくぐっていく各大臣達が、弦を見て畏まった態度で礼をし、軽く礼を返しているところで、目の前に四つの異繋門が現れ、朔達が朝の挨拶をしながら出てくる。

 「おはよう。行くぞ」

 弦を先頭に中へ入り、玄関で靴を脱ぎ、梓が足の汚れを落とした後、廊下を進む。

 朝廷の重役が集まる施設だけあって、使われている資材は道場より上質で、階段の手摺には紫色に塗られた鳳凰や龍の彫刻が置かれ、壁には紫の額縁に入った歴代の大臣達の肖像画が飾られている。

 紫色が多く使われているのは、隣接する皇居が帝の象徴である金、それに次ぐ銀は星巫女の装束などに使われているので、役人の重役達が集う施設には、銀に次ぐ高位色である紫色で塗ることで、自分達は都民より上位の存在であることを誇示しているのだ。

 堂内の座席は、壇上から扇状になっていて、一番前の席に各省の長官が座り、後列の席に大臣、その後ろに右大臣と左大臣、次に長巫女を真ん中にした星巫女達の順で座っていく。

 全員が座ると、上座からせり上がり、雛人形を置く雛壇のような形になった後、入り口から護衛役を従え、金の鹿に乗った帝が入ってきた。

 堂内に居る全員が立って、礼をしている中、最上の席に座り、それに合わせて全員が着席する間で、前方にある壇上に眼鏡を掛け、青色の服を着た男が上がってくる。

 「私は科学省の鬼調査隊の新田丈助にったしょうすけと申します。今日はこれまで判明した鬼動集に付いてご報告します」

 丈助が、自己紹介して話す内容を言う間で、後ろの大画面に鬼姫を中心とした鬼動集の映像が映し出された。

 「鬼動集は鬼姫を中心に獣面、魚面、鳥面、虫面の五人が確認されておりまして鬼力を使った攻撃をするのは今までの鬼達と変わりませんが鬼力機関を用いて巨大な鬼械を作り、鬼道から手だけを呼び出せられる点が異なります」

 言い終わる間で、画面が切り替わり、初めて現れた黄鬼の三面図を映し出した。

 「見た目は鬼代を巨大化させたような姿でその巨体に見合った怪力と硬さを備えています。現在確認されている武装は手持ちの武器にそこから放射される稲妻と口から吐く火炎の三種だけです」

 鬼械が実際に攻撃してる映像に合わせて、分かりやすくかつ聞き取りやすく説明していく。

 「多数の鬼代を吸収して本体を形成しているので霊導線のような伝達装置は無く、鬼力機関から供給される鬼力だけで巨体を構成し、尚且つ性能を発揮していると考えられます。続いてこちらをご覧ください」

 画面が切り替わり、鬼代を吸収して、巨体を形成していく過程の後、雷豪に鬼力機関を取られてばらばらに崩れ、鬼代の破片に戻っていく様子の映像が流れた。

 「このように鬼力機関を破壊された後は元になった鬼代の残骸に戻ります。また梓様の戦闘の時に見られましたように鬼力機関を破壊しない限り部位に関係無くいくらでも再生可能であることが判明しております」

 「鬼代を吸収して鬼械になるが何故他の物を吸収しない?」

 「鬼力が掛かって無い物は吸収しない仕組みなのでしょう。また初めから鬼械で現れないのは巨体を維持する時間に限りがあると思われます」

 「そもそも鬼力機関とは何なのだ?」

 左大臣が、率直な質問する。

 「現時点では鬼力を莫大に増幅し物の形を変える力を発揮する装置としか申せません。鬼は鬼身集きしんしゅう鬼術集きじゅつしゅう鬼装集きそうしゅう鬼甲集きこうしゅうに鬼動集と代が進むに連れて独自の発達をしていますから」

 「仕組みを解析できるかね」

 「実際に鬼力を使えれば一番の早道なのですが使えないので正直なところ完全解明は困難ですね」

 「奇神以外に対抗手段は有りそうか?」

 「莫大な鬼力による強固な装甲を破壊するには星巫女様並みの霊力が必要になりますから今の段階で有効な手段は奇神のみとしか言えません」

 「奇神に頼るしかないわけか。増産はできないか?」

 「開発主任の新井義衛門によれば資材の関係上同じものは二度とは作れず仮に製作できてもかなり小型になるそうです」

 「そうなると星巫女様全員に乗れるようになっていただかなくてはなりませんな。まだ弦様に奏様に要様は乗られていないようですし」

 右大臣が、後ろを向き、三人を見ていきながら要望を声に出す。

 「右大臣、あたしらを疑ってんのか~?あたしに朔もできたんだから他の三人だってできるに決まってんだろ」

 梓が、席から身を乗り出し、詰めいるように右大臣へ顔を近付けていく。

 「超都の安全と都民の平穏の為に申し上げたまででございます。都民の平穏は帝の支持率の安定と向上に繋がりますからな」

 「あんたこそ鬼が暴れてる間その支持率を下げさせないように都民の生活を安定させろよ」

 「もちろん、承知しておりますとも」

 右大臣は、気負されたように顔を戻す。

 「梓、そのくらいにしておけ」

 「分かったよ。ゆず姉」

 梓は、言われた通りに体を引っ込める。

 「私からの報告は以上です」

 丈助が礼をして、壇上から降りるのと入れ替わりに、青い服を着た女性が上がってきた。

 「私は建築省の鬼災復興隊の浅田夕陽あさだゆうひと申します。本日は超都の鬼災状況に付いてご報告いたします」

 言い終わる間に合わせて、画面に鬼械が超都を破壊する様子が映し出された。

 「このように巨大であるゆえに一鬼が暴れるだけで甚大な被害が発生しまして初戦の中地区はほぼ復興が完了しておりますがこの前の外地区はまだ復興の目処が立っておりません。そこで星巫女様にお願いがございますがよろしいでしょうか?」

 「遠慮しないで言ってみろ」

 弦が、星巫女を代表して、先を促す。

 「できるだけ被害を出さないよう戦ってください」

 「今後の戦いでは配慮しよう」

 「それと空いた時間で構いませんので復興隊の支援をして欲しいのです。早く復興したくても鬼災地が広範囲で人員が足りないのです」

 「分かった。支援しよう。お前達もいいな」

 四人が頷く事で、星巫女は要望を聞き入れる事になった。

 

 「四人は今から復興隊の支援に行ってくれ。私は役人達の指導をしてから現場へ行く」

 「分かりました」

 「じゃあな。ゆず姉」

 「これで失礼いたしますわ」

 「行ってくる」

 弦は、四人に指示を出し、見送ったところで歩き出す。

 向かった先は、道場ではなく、巨神体が納められている大祠で、その前には相変わらず多数の役人が居て、承認勾玉で巨体を撮っている。

 奇神が、超都の守護の任に使われるようになって、一ヶ月ほど経つが、見物人はいまだに後を絶たない。

 巨神体が帝の所有物で、一般拝領が許されないとあって、戦闘時以外の姿を役人達が仕事の合間に身内や知り合い、広報隊は都民達に見せる為に撮っているのだ。

 弦の姿を見た役人達が礼をして避けたところを通り、大祠の正面に立って、中に立つ巨神体と対面する。

 囲内で二回目にしてるとはいえ、人間かそれ以上の動きを見ても、鬼と戦えるのが信じられない気持ちになるのは、まだ一度も乗ったことがないからにちがいない。

 次に鬼械の襲来があった時には、自分が乗るという予感がするので、その時はどんな姿になるのかと想像してしまう。

 しばらく見た後、大祠から去って、道場へ向かった。

 師範代を勤める烏丸小槌の案内で、中庭へ行くと指南する役人達が集まっている。

 「一人足りないぞ」

 人数が足りなさを、小鎚に聞く。

 「加茂野露草かものつゆくさという者が来ておりません」

 小鎚が、勾玉に表示させた出席者の一覧を見て、判明した欠席者の名前を告げる。

 「来ていないのは残念だが時間だから始めよう。まずは武器の使い方からだ。全員飛び道具系の武器を出せ」

 指示を聞いた役人達が、異繋門を用いて、弓矢や銃を出していく中、霊操術で壁一面に丸い的を人数分出す。

 「横一列に並んで撃っていけ」

 指示通り一列に並んで撃っていくことで、中庭が飛び道具の音と銃口から吐き出される煙で充満していく中、弦は全員が撃ち終わるのを黙って見ていた。

 「お前は狙いが甘い。お前はもう少し脇を締めろ」

 的の当たり具合を見て、梓と同じように、一人一人悪い点を指摘していく。

 「今の事を踏まえてもう一度だ」

 的を新しく出して、再度撃つよう指示を出す。

 「遅れました〜!」

 列が入れ替わって撃とうと構える間で、道着を着た巫女が入ってきた。

 「加茂野露草だな。守巫女隊の一員でも次は無いと思え」

 「はい。申し訳ありません」

 露草を加えて、二度目の射撃訓練が行われる。

 「私が見本を見せよう」

 全員が撃ち終わり、的を新しくした後、千丁の銃を出して一斉に撃つ。 

 千の銃口から弾が発射され、中庭が膨大な銃声で満たされていく一方、煙は一切出ない。

 霊装術で造り出す銃は、火薬ではなく霊力を使って発砲するので、煙りは出ない仕組みなのだ。

 銃声が治まった後には、真ん中を射抜かれた千の的が出来上がっていた。

 「しっかりした動作と集中力をあればこういうこともできる。今のとさっきの指導を踏まえてもう一度やってみろ」

 新しい的による三度目の射撃訓練では、全員の命中率が上がっていた。

 それから休憩を挟み、今度は式神の使い方を指導した上で、実戦を想定した訓練を行う。

 「本日はご指導ありがとうございました」

 稽古が終わった後、役人一人一人が丁寧に礼を言っていく。

 弦の稽古は、丁寧な指導もあって、感覚に訴えがちな梓より評判が良い。

 「今日は本当に申し訳有りませんでした」

 役人が全員帰った後、一人残った露草が頭を下げて、遅れてきたことを詫た。

 「頭を上げろ。始まる前に言ったが次は無いぞ」

 「分かっております。まだお時間はありますか?」

 「何か用か?」

 「遅れてきた分の稽古を付けて欲しいのです」

 「他の者が不平を言うかもしれないがその心意気を買って一発だけ見てやろう」

 「ありがとうございます」

 それから新しく出した的に一発撃たせた後、短かく的確に指導をした。

 「ありがとうございました。これで失礼します」

 露草は、頭を上げて去っていった。

 それから小槌に見送られ、道場を後にする。

 「私だ。稽古が終わったから鬼災地へ向かう」

 「朔です。今は午の時(昼の十一時~十二時)昼食時で隊員の皆さんも休まれていますから弦さんも何か召し上がってからいらしてください」

 「分かった。昼食を取ってから行くとしよう」

 通信で互いの状況を確認し合う。

 「今日はあの店に行くか」

 物陰に隠れ光を操作し、見えない状態になって千年桜の近くを通り、南側のお堀に掛けられた橋を渡って、内地区に入ったところで術を解いて都民に混じって歩道を歩く。

 その場に居た者達は、弦に気付くなり、姿勢を正して礼をし道を開ける。

 星巫女は、超都内を歩く際、お忍びの装いなどは一切しない。

 帝のように崇め奉るのではなく、都民に寄り添う存在であり、その為に一礼して尊敬の態度を示した後は、承認勾玉で撮影する事も許されているのである。

 そうして歩く中、店と店と隙間に居る小さな妖達が、弦の姿を見るなり、慌てて奥の影に隠れていく。

 妖とは、祓い切れなかった穢が集まって、自意識を持つ存在で、昼間は害は無いが夜になると力を増した一部が、凶暴かつ巨大化して暴れたり、都民に取り憑いて悪さをするなどの害を成す、霊力都市である超都における公害のような存在なのだ。 

 「お母様~。弦様買って~買って~」

 通りの店からの妙な声を耳にして、覗いてみると、五歳ほどの少女が母親に人形をねだっていた。

 「これが欲しいのか?」

 ねだっている人形を指差す。

 「あ~!本物の弦様だ~!」

 少女は、弦を見て目を大きく開いて驚きの声を上げる一方、母親は慌てて礼をする。

 「そうだ。本物だぞ」

 優しい言い方で返事をする。

 「私が好きなのか?」

 「はい。銃を撃つ姿がとっても格好良いです」

 銃を撃つ仕草をしながら、好きな理由を話す。

 「だから私の人形を欲しがっていたのだな」

 少女が、ねだっていたのは、両手に持つ龍撃銃を構えた仕草をしていたが、三等親ほど低く、丸顔に描かれたきりっした表情により、格好良いというよりは可愛らしい形の人形だった。

 超都では、星巫の絵や人形などの関連商品を朝廷が認可した店で販売されている。

 鬼と戦う英雄とも言える星巫女の関連商品だけあって、御守り代わりや熱烈な収集家などが買う為、売れ行きも非常に良く、販売の収益から得られる税金により、朝廷の財政も潤う仕組みなのだ。

 人形の一体を手に取って、値札を見ると、五千魂(現代の五千円)と書かれていて、身なりからも分かる少納者には高い出費であり、母親が渋るのも頷ける。

 「私から私を贈ろう」

 手に取っていた人形を、少女に差し出す。

 妙な言い回しではあるが、子供なのでいいだろうと思った。

 「そんな星巫女様に物をいただくなど滅相もございません」

 「私の行為だ。受け取るがよい。店主は居るか?」

 呼び掛けると、奥から一人の女性が出てきた。

 「これはこれは星巫女様。よくぞお越しくださいました」

 店主は、礼をしながら歓迎の挨拶をしてきた。

 「この人形をあるだけもらおう」

 要件を言いながら、千早から出した札五十枚を差し出す。

 「かしこまりました」

 店主が手を叩くと、箱を抱えた三体の式神が出てきた。

 「皆の者、私からの贈り物だ。受け取るがよい。ただし一人一つだぞ」

 その言葉に合わせて、店の前に集まってくる都民に式神が人形を配っていく。

 少女だけに渡すのを見ていた者達に、不平を抱かせない為の配慮であり、その隙に外へ出ると、人形を上げた少女は嬉しそうに手を振っていて、母親は深く頭を下げていた。

 軽く手を振り替えして歩き出したところで、微かではあるが、昼間にしては濃い妖の気配を感じ、発生する場所に向かう。

 その際、他の都民に怪しまれないよう、脇道に入ったところで気配を消す。

 辿り着いた先に居たのは、妖がそこかしこに蠢く中で、緑色をした妖浄化隊の制服を着ている三人の女性隊員だった。

 巫女と明確な差を付ける為に、巫女装束とは異なる色の服を着る決まりになっているのだ。

 三人が、壁際に追い詰められているのは露草だった。

 「お前達そこで何をしている?」

 術を解き、静かな重い声で問い掛ける。

 「ほ、星巫女様?ど、どどどうしてこちらへ?」

 弦の存在に気付いた妖が、雲を散らすように逃げていく中、振り返った三人は驚きのあまり顔を強ばらせ、返事をした真ん中の隊員は焦るあまり呂律が回ず、両脇の二人は声も出せない。

 自分達のところに星巫女がやって来るとは、夢にも思わなかったのだろう。

 「不穏な霊力を感じて来たのだ。鬼が活動している時に無用な争いは止めよ」

 鋭い口調で、三人の行為を咎める。

 「その手にしているのは鋏だな」

 真ん中の隊員が右手に持っている物を指差す。

 「こ、これは···」

 急いで消したが、露草の足元に落ちている髪の毛を見れば、何をしていたかは一目瞭然だった。

 「霊力を悪用するとは言語道断だ。さらに御用隊に気付かれないように霊力遮断装置まで使うとは念のいったことだな。そのお陰で妖が寄って来てわたしに気付かれたわけだが」

 梟の形をした掌ほどの置物を右手に引き寄せて、握り潰す。

 「この場で始末してくれる。私は星巫女だから朝廷は咎めはしないぞ」

 銃を持った三体の式神を呼び出して、銃口を三人に向ける。

 「お許しください!どうか命だけは~!」

 三人は、土下座して命乞いしてきた。

 「行け。次は無いと思え」

 「わ、分かりました~。もう二度といたしません~!」

 三人は、謝罪するなり、大慌てで去って行く。

 「ありがとうございます。助かりました」

 露草は、乱れた服を直しながら礼を言った。三人を咎めていなければ、さらに酷いことをされていたことだろう。

 「良ければ事情を聞かせてくれないか?」

 「・・・・・・」

 露草は、返事をせず、暗い顔で視線を逸らす。

 「ここでは話辛いか。それなら場所を変えよう」

 異繋門を出して、入るように言う。

 「その前に綺麗にしておかないとな」

 右手から出した霊力を露草に注ぎ、体に付いている汚れを落として綺麗にした上で、切られた髪を元の長さに戻した。


 露草は、言葉を失っている。

 巫女装束の上から割烹着を着た弦が、盆に乗せた大量のお菓子を運んできて、座敷机に並べているという、信じられない光景を目にしているからだ。

 「食べたい菓子を手に取るといい。自慢ではないが朔達が絶賛するくらいの腕なのだぞ」

 並べられた十品の菓子から選ぶように言われても、割烹着姿があまりに強烈過ぎて、言葉が頭に入ってこない。

 あの後、弦に連れて来られたのは、内地区でも五本の指に入るほど有名な甘味処で、千年桜を見られる一番良い席に案内された後、注文を取るのかと思いきや厨房を借りて自ら作った菓子を持ってきたのだ。

 「遠慮しないで選べ」

 「あ、はい。では、これをいたできます」

 弦の呼びかけに正気に戻り、どれも高そうで旨そうな菓子の中から丸く黄み色で、満月のような形の菓子を手に取る。

 「満月饅頭を選んだか」  

 弦は、言いながら、透明な器に入ったあんこの菓子を取って、すくい(スプーンのようなもの)を使って食べ始めた。

 「これ好きなんです。菓子屋でも売られてていつでも食べられますし」

 選んだ理由を話した後、一口食べると、柔らかな食感と甘さが口いっぱいに広がり、嫌な気分が少しだけ和らいでいく。

 「とても美味しいです」

 「そうだろ。それを考案して作ったのは私だからな」

 満面の笑みで頷きながら、自分が作成者であることを明かす。

 「弦様がお作りになったのですか?」

 「私の拘りの結果だ。市販の菓子では満足できず自分で作らないと気が済まなくなってしまい那須家と所縁のある店の厨房を借りて作って食べるようになったんだ。そうした中で考案した満月饅頭を前の店主が気に入って是非とも売りたいというから作り方を教えて販売を許した」

 言い終わる頃には、あんこ菓子を食べ終え、次の菓子を手にしている。

 「弦様、私のような下の者に構っていてもよろしいのですか?鬼の討伐で大変でしょうに」

 「構わないさ。私だってずっと鬼の事を考えているわけじゃないし何より同じ隊の巫女が困っているのを放っておくわけにもいかないだろ。そろそろ事情を話してくれないか」

 食べながら、幼子に話しかけるような柔らかな声で聞く。

 「あの三人は私と同じ守巫女候補で四人一緒に入ろうと誓い合っていたのですが入隊できたのは私だけで三人は妖浄化隊に入り疎遠になっていたのですが先程稽古で再会した後あのようなことを」 

 「嫉妬か。妬みや嫉みはどんなに時が経とうとも無くならないのだな。いや人の世が続く限り無くなること自体ないのかもしれないが」

 「そうかもしれませんね」

 諦めたような、沈んだ声での返事だった。

 「それでお前はどうしたい?」

 「え?」

 「お前はこの先どうしたいのか聞いてるんだ。私が言ったから二度と過激な真似はしないだろうが」

 「私は••••」

 露草は、言葉を詰まらせてしまう。どうしたいか、決められないのだろう。

 「待て」

 弦が、窓を開けて外を見ると、魚の面を被り、甚兵衛のような手足を出した服を着た鬼が浮かんでいて、近くに配置されている鬼影探知機が、反応して声を上げている。

 「お前は魚面だったな」

 「我輩のことを覚えているとは感心であるな」

 「鬼のことを忘れるわけがないだろ」

 「我輩の姿を記憶に刻んで死ね。直下濁流直だくりゅう!」

 魚面が、右腕を下げる仕草をすると、店の上に空いた鬼道から猛烈な勢いで、濁流が流れてくる。

 「霊装変化!」

 窓から飛び出し、姿を変えながら屋根に上がり、右手から展開した霊壁で濁流を防ぐ。

 壁に弾かれて、飛び散る濁流の飛沫が、周辺の地面や建物に当たると、煙を上げながら溶けていく。

 「我輩の汚濁流を防ぐとはさすがであるな」

 「誉めてもらったところ悪いが回りを見た方がいいぞ」

 弦の言葉に合わせるように、無数の自動防衛武神像が武器を持って、魚面に飛びかかっていく。

 「木偶人形共が!汚濁斬おだくざん!」

 魚面は、両手から出した汚濁で、向かってくる武神像を刃物で斬るように破壊して、全滅させる。

 「役立たずであったな」

 「いいや、十分役に立ってくれたぞ」

 魚面の周囲に配置した、龍撃銃を持つ式神十体よる一斉射撃を行う。

 魚面は、魚が泳ぐように宙を舞って、弾を避けながら汚濁を浴びせ、式神を消して去っていく。

 「こっちも全滅であるな」

 「甘い!」

 左手に出した龍撃銃を撃って、魚面の右肩を撃ち抜いた。

 「おのれ~!汚濁弾おだくだん!」

 魚面が、左腕を上げると前方に濁った水玉が、沸き出し、鉄砲玉のように飛んで来るが、左手で展開した霊壁で、全弾を防ぐ。

 「まだそんな芸当ができるであるか。だったら、これは防げるであるかな」

 言い終わる間で、鬼道から出る濁流が止まった途端、鬼械の巨大で真っ赤な右足が猛烈な勢いで降りてきて地面を踏んだことで、爆音を響きながら高々と土煙が上がり、その振動によって周辺の建物を激しく揺らし、倒壊しなかったものの大きなひびが入っていった。

 「くっくっく。これなら星巫女といえどひとたまりもないであるな。ん?」

 足を引き上げながら笑う最中、魚面を巨大な影が覆う。

 「いったいなんであるか?」

 見上げると影の正体は甘味処で、魚面が避けた後、ゆっくり降りて来て、引き車の居ない道路に降ろされた。

 「これはいったいどういうことであるか?!」

 驚く魚面は、無数の龍撃銃に囲まれ、鬼力の壁を張ろうとするも間に合わず、頭以外を撃たれて、蜂の巣にされてしまう。

 「それだけ撃たれればいくら鬼でも動けないだろ」

 地面に落ちたところで、声を掛けてきたのは五体満足の弦だった。

 「あの攻撃をどうかわしたであるか?」

 「建物の一件を通せる異繋門を出して逃げたのさ。まだ息がある内にお前の記憶から鬼動集の居場所を吸い出させてもらうぞ」

 「そうはさせないのである」

 そう言い終わった直後、上空に開いた鬼道から鬼械の右足が出てきて、弦が避けた後、魚面は引き上げる足にしがみ付くことで逃げていった。

 「うまいこと逃げたな。もう大丈夫だぞ」

 「••••」

 店の窓から顔を出してる露草に危機が去ったことを告げるが、返事をしない。

 「いつまで呆けている。すぐ本部に連絡して結界を張る準備をさせろ」

 「は、はい」

 厳しめの声を掛けて、露草を我に返し、承認勾玉で本部に連絡を入れさせる。

 「弦さん、無事ですか?」

 目の前に出現した異繋門から出てきた朔が、無事を確認してきた後、三つの門が出て梓、奏、要が姿を見せてくる。

 「ゆず姉、もう終わっちまったのか?」

 「さすがは弦様ですわ」

 「凄い」

 「相手が一鬼だからできたことだ」

 五人で話している間に、現場に到着した守巫女隊が、周囲に結界を張っていく。

 「ここの祓の儀は朔と梓の二人に任せる。奏と要は復興隊の支援に戻れ。私は店主に詫びた後店を元の場所に戻す」

 四人に指示を出していく。

 「それでいいです」

 「あたしもだ」

 「私も構いませんわ」

 「それでいい」

 その後、四人は指示通りに動き、弦は店主に詫びた後に店を元の場所に戻した。

 

 弦は、鬼械の襲来に備えて社へ戻り、座布団に座って待機していたが、しばらくしてから立ち上がると、社を出て、守巫女庁舎の指令室へ向かう。

 「情報伝達担当の露草は戻っているか?」

 「まだ戻っておりません」

 自防武神像担当の巫女が、魚面が破壊した数を入力しながら答える。

 「仕方ない自分で探すか」

 「朱雀門の停留所に向かっております」

 先程答えた巫女が、別の画面を出して、露草の場所を教える。

 「すまない」

 礼を言った後、異繋門を出して、その場に向かう。

 「露草、後で満月饅頭奢りだからね」

 巫女は、場所を教えたことへの見返りを、ぼそりと呟いた。

 出た先は、南側にある超都への入退室管理を行う巨大な門で、外壁の一部を切り取る形で建てられ、屋根瓦の上には、名前の通り四神獣の中で、南を示す朱雀の彫像が置かれている。

 中央に引き車用の幅広の車道があって、左右に歩道が有り、向かって右側が入都、左側が出都に別けられていて、出都側を見ると、大勢の人波の中からすぐに露草を見つけることができた。

 都民が往来してる中に巫女が混ざっているので、とても目立つからだ。

 「待て。超都から出て行くつもりか?」

 「弦様?!」

 弦を見た露草が、驚きの声を上げる。

 自分を追って来るとは、思いもしなかったのだろうが、すぐに暗く弱々しい表情へと変わっていく。

 「付いて来い」

 正面に出した異繋門を強引にくぐらせ、社へ連れ込む。

 「理由を話せ」

 「私は守巫女失格です」

 「何故そう思う?」

 「先程鬼の襲撃を受けた際に怖くて何もできなかったんです。初任務の時も長巫女様に声の震え注意され、空いた時間に自分を鍛えようと思い弦様にご指導いただいた後にこの有り様では鬼の対抗組織に所属する資格などありません」

 「だから超都から出ようとしたのか?」

 露草は、頷くだけだった。

 「服を脱いで一緒に来い」

 弦は、先に装束を脱ぎ、おずおずと脱いだ露草の右手を引っ張り、裏の滝へ行って禊を行わせた。

 弦は、梓ほどではないが筋肉質で高身長な為、露草と並ぶと身長を含め体格差が際立つ。

 「少しは頭は冷えたか?」

 「はい」

 「他の者と禊を行うのは何十年振りだろうな」

 「弦様、胸の銀の勾玉は?」

 胸に埋め込まれた銀の勾玉を指先す。

 「星巫女になった日に帝から直に賜った銀の承認勾玉で私が星巫女である証だ。驚いたか?」

 「はい。それを付けているということは」

 「そうだ。星灯りの悲劇のように帝の霊力を勾玉に注ぐことで私の霊力を暴発させて鬼を道連れにすることができる。お前は失格ではない」

 「え?」

 「それは人として普通の反応だ」

 「普通ですか?」

 「そうだ。鬼の襲撃を初めて目の当たりにして恐怖を感じない人間などいない。私だってそうだったからな」

 「弦様がですか?」

 露草は、目を見開て、驚いた表情を見せる。

 「私だって人間だ。鬼を初めて見た時は怖かったさ。それとな」

 そう言いながら露草に耳元に顔を寄せ「少しばかり粗相をしてしまったんだ」と小声で囁く。

 「ほ、本当ですか~?!」

 よほど驚いたらしく、声を上げて聞き返してくる。

 「本当だとも。他の四人には内緒だぞ」

 いたずらした子供のような笑顔で言い、それを聞いた露草は黙って頷く。

 「私から言うことはもうない。この先どうしたいかは自分で決めろ。良かれ悪かれ自分の道を決められるお前が羨ましい。私は死ぬまで星巫女でいるしかないからな」

 梓は、そう言って滝から出て、式神に体を拭かせ、巫女装束を着た後、障子を開けて外に出て、鬼械の襲来を待つ。

 梓から奇神に乗る日に社の外で待っていた話を聞いていたので、自分も同じ事をしていると思うと、つい苦笑してしまう。

 まだ迷っているのか、露草が出て来る気配はない。

 やがて日が沈んで夜になり、街灯が付き始めて超都に灯りをもたらしていく中、鬼影探知機が声を上げ、鬼の襲来を知らせる。

 「星巫女は司令室に集合せよ」

 長巫女から通信が届き、指令室へ向かう。

 「長巫女様、如何しました?」

 「あれを見よ」

 長巫女が、指差す十の画面には一画面ごとに鬼代を吸収して、鬼械になっていく鬼力機関を映していた。

 「今日は十鬼なのですか」

 「あたしの時より七鬼も多いじゃないか」

 「数の問題ではありませんでしょう」

 「十方向から攻められる」

 四人が、画面を見た感想を言っていく。

 「鬼械は南に赤、南東に青、南南東に緑、南西に黄、南南西に紫の五鬼、北は北東、北北東、北西、北北西に色の配置は同じの五鬼の十方向に出現しております」

 「鬼械の進行方向に居る都民を避難させよ」

 長巫女が、指示を出す中、画面越しの鬼械達は唸り声を上げるなり、金棒や刺股といったいつもの武器ではなく、巨大な大砲を右肩に担ぎ、右膝を地面に付け、砲身で瓦屋根や四神獣の像を壊しながら強引に外壁に乗せた後、砲口から爆音を鳴らししながら真っ黒な砲弾を発射してきた。

 弾は黒い煙の尾を引きながら、各地区の上空を通り過ぎ、皇居の防壁に当たって弾け、真っ黒な煙を拡散させる。

 その後も鬼械が撃ち続けることで、砲弾は休むことなく皇居へ飛んできて、防壁に当たって弾け、爆音を鳴らし続け、防壁だけでなく内地区回りを黒煙で覆っていく。

 「十方向からの遠距離攻撃ですか」

 「皇居を集中攻撃」

 「この事態をどうするつもりか?!皇居専用の霊力機関とて永久に防壁を張ることはできないのだぞ!」

 長巫女の前に焦りを表情いっぱいに出した大臣達の顔を映した画面が現れ、真ん中に居る左大臣が対処方法を尋ねてくる。

 「案ずる事はございません。星巫女と奇神が鬼械を必ずや倒します。それとも守巫女の力を疑われるのか?」

 「そういうわけではないがその言葉忘れるでないぞ」

 左大臣は、捨て台詞を吐くと逃げるように画面を消し、それに続いて大臣達も画面を消していく。

 「長巫女様、策がお有りなのですか?」

 朔が、五人を代表するように尋ねる。

 「弦に任せる。お前の銃の技で倒してみせよ」

 「おいおい、無茶だぜ。ゆず姉はまだ一度も入魂したことも無いんだぞ」

 「誰しも初めての時はある。お前の時は無茶な状況ではなかったというのか?」 

 「それは…」

 長巫女の言葉に、梓は言い返すことができない。

 「弦はどうするの?」

 「分かりました。やりましょう」

 その声は強く、一切の迷いを感じさせないものだった。

 「任せたぞ。四人は鬼械周辺の都民の避難を支援せよ」

 「帝、巨神体を攻撃の届いていない皇居の南側にお出しください」

 四人が出て行った後、場所を指定した上で、帝に出神要請する。

 「分かった。巨神体、出神!」

 御椅子から立った帝が、一線を切り、結界の解かれた巨神体が歩き出し、金の特大鳥居を通り、弦が指定した皇居の壁の南側に姿を見せる。

 胸部に姿を見せた弦の「開胸!」の声に合わせて、開いた胸部から中に入った。

 胸部が閉じられ、内部が暗くなる中、初めて奇神になることへの緊張を落ち着ける為、軽く深呼吸する。

 「巨神入魂!」

 言霊を込めた叫びに応えて、台座が繋糸を出し、弦と巨神体を繋げていく。

 巨神体は、朔や梓の時と違い、体勢を崩しはしないが、立ったまま動きも、装甲結界を纏いもしない。

 「何かあったのか?ゆず姉、応えてくれ~!」

 「聞こえていないのですか~?」

 「返事をして」

 三人の問いかけに対し、弦からの返事はない。

 聞こえていないのではなく、倒れないよう体勢を維持するのが精一杯で、返事することができなかった。

 事前に朔や梓から聞いた巨神体と魂で繋がることを思い描きつつ、繋糸に霊力を送っているが、のし掛かる自重を完全に緩和できずにいたのだ。

 「お前は姿を変えられんようであるな。そのまま立ったまま皇居がやられるのを見てるがいいであるな」

 目の前に現れた魚面が、馬鹿にした口調で挑発してくる。

 その言葉通り、砲弾は巨神体の頭上を掠め、防壁に当たって爆音を上げ続けている。

 「十鬼の付近に住む都民の避難は間もなく完了いたします」

 弦が、よく知っている声が耳に入る。

 「露草は自分の進む道を決めたか。それなら私も負けるわけにはいかないな」

 露草の復帰がきっかけとなり、より強く放出する霊力が巨神体の自重を打ち消し、体を軽くしていく。

 「これが巨神体と繋がるということか。自分が大きく感じるのは本当だったな。装甲結界!」

 弦の声に合わせて、巨神体から吹き出す水しぶきが全身を覆うと、頭は烏帽子、銀色の勾玉の意匠が施された胸当て、腰当て、籠手、脛当に貫き加え、両足に正方形、両肩と背中に長方形の葛篭が付いて、背中の葛籠の両脇には二丁の龍撃銃が付き、烈火や雷豪とは異なる重装な姿になった。

 「奇神!装龍そうりゅう!」

 弦の声が、新たな奇神の名を超都中に轟かす。

 「あれが弦さんの奇神なのですね」

 「銃が付いててゆず姉らしいじゃないか」

 「弦さんに相応しい姿ですわ」

 「凄い」

 避難誘導の支援を終えた四人が、監視贋からの映像を見て、感嘆の声を上げていく。

 「龍撃銃!」

 弦の両手に龍撃銃が出現するのに合わせて、装龍は背中の銃を手に持って外し、右の銃口を魚面に向け

 「どうだ?わたしの奇神は」

 と強く余裕たたっぷりの口調で挑発する。

 「まだ負けてないのである!」

 魚面が、背後から出した鬼道で逃げ、引き金に指を掛けたところで消えた。

 「くそ。逃がしたか」

 少しくやしそうに言った後、銃口を南側に向ける。

 引き金を引く弦の動作と合わせて、装龍も引き金を引き、人が使う銃より遥かに大きな銃口からは、打ち上がった花火のような爆音が鳴るに合わせ、周囲の空気を震わせながら一発の大弾が発射され、それから左にずらしながら四発連続で撃った後、左手の銃を北側に向け、右にずらしながら五連射する。

 暗闇を切り裂くように、暗雲覆う空を飛んでいく大弾十発に対し、鬼械達は射撃を止め、反撃することもなく、場所を移動し避けていく。

 「全弾回避されました」

 「あの長距離に小さな弾では仕留められないか」

 射撃を止める間で、鬼械は攻撃を再開し、北側の弾は皇居への攻撃を続けたが、南側から飛んで来る弾は装龍に向かって飛んで来る。

 弦は、焦ることなく、装龍の両腕を降ろし、上体を動かして、葛籠で弾を受け止めさせていく。

 葛籠の表面で激しい爆発が起こり、爆煙で包まれるが、晴れた後には傷どころか汚れさえ付いていない。

 「鬼の弾ごときで装龍を傷付けることも瀆すこともできはしない」

 弦が言い終えた後、両肩と両足、半円を描くように上がって垂直になった背中を含む全ての葛籠が、蓋を開いていく。

 葛籠の中は、足は四つ、肩は八つ、背中は二十四つの穴が空いていた。

 「鬼影追撃弾きえいついびだん!」

 弦の言霊に乗せて、葛籠の穴から龍撃銃の弾丸とは異なる先端の尖った長い弾が一斉に発射され、五報告に別れて南側に居る鬼械の方へ飛んで行く。

 その後、肩と足の葛籠が縦軸、背中は横軸に回転して後ろに向きを変え、北側に向かって、同じ数だけ弾を放つ。

 十鬼は、弾の接近に気付くと射撃を止め、口から炎を吐き出す。

 炎に当った弾は大爆発を起こし、暗雲が覆う超都の空を赤黒く染め上げていく中、破壊しきれなかった数発は鬼械の手足に直撃して吹き飛ばし、その凄まじい爆風で外壁の瓦を飛ばして、飛び散る爆炎が地面を焼いていった。

 「今だ!」

 装龍の前に十の大型の異繋門が現れ、両端に腕を通し、残りの八本には新たに出した龍撃銃を通す。

 鳥居の出た先は鬼械の正面で、中から巨大な銃口が、異繋門をくぐって姿を見せていく。

 「龍撃銃十方発射!」

 弦の言霊に乗せて、十丁の銃から一斉に放たれた弾丸は、鬼械の胸部を撃ち抜き、鬼力機関を破壊された十鬼は、鬼代の残骸となって崩れていった。

 「奇神を一歩も動かさずに鬼械を十鬼倒すなんてやるな。ゆず姉」

 「さすが弦さんですね」

 「大したものですわ」

 「凄い」

 四人が、弦の活躍を称賛していく。

 「大臣達、直接の被害は外壁だけで済んだがこれで宜しいか?」

 大臣達に通信を送り、装龍の戦果の是非を問う。

 「問題ございません」

 大臣を代表して、左大臣が返事をする。

 「その言葉、星巫女全員確かに聞いたぞ」

 弦は、満足な笑顔で返事をした。


 「今回は鬼械の弾を受けた皇居周辺は弦、他の場所は四人で祓いの儀を行え。どう分担するかはお前達に任せる」

 戦いが終わり、巨神体を戻して、大祠の前に集まっている五人に長巫女が通信で指示を出す。

 「鬼械の出現した場所は十ヶ所と広いから時計回りに朔、梓、奏、要の順に担当してくれ」

 「わたしは構いませんよ」

 「あたしも何も言わないぜ」

 「わたくしもそれでいいですわ」

 「反対しない」

 四人が、賛同の言葉を口にしていく。

 「始めよう」

 それから五人合同の祓いの儀が行われた。

 朔が千人、梓が千獣、弦の儀の演技は鉄砲を持った千人の式神による千丁演舞で、千の銃口から放たれる弾が、色とりどりの光の花を咲かせ、皇居周辺の空を艶やかに彩っていく。

 

 「弦様」

 儀を終えて庁舎に戻った弦に、露草が声を掛けてきた。

 「その顔ならもう心配無いな」

 「はい。また指南していただく時はよろしくお願いいたします」

 「おもいっきり鍛えてやる」

 「それでは失礼いたします」

 露草は、礼をして去っていく。

 「ゆず姉、どうしたんだ?嬉しそうじゃん」

 庁舎に戻ってきた梓が、声を掛けてくる。

 「下の者を励ませて気分が良いんだ」

 「どんな風に励ましたんだよ」

 「お前が初陣で粗相をした話を聞かせてやった」

 「それはあたしとゆず姉だけの秘密だろ~!」

 梓が、顔を真っ赤にして、怒号を上げる。

 「いいじゃないか。そのお陰で巫女の一人が救われんだから」

 「ちっとも良くな~い!」

 梓の悲鳴が、廊下中に響き渡った。

 

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