第4話 雷豪

 今は丑の時(夜の一時)。

 星巫女達は、自分達の拝殿に居て、眠ることなく鬼の襲来に備え待機している。

 警戒睡眠の間に霊力を蓄えているので一、二年寝なくても平気でいられるからだ。

 ただ待機しているわけではなく、超都全体に飛んでいる監視雁を通して、強盗や強姦に殺人を取り締まる御用隊、悪さをする妖を浄化させる妖浄化隊、火事や交通事故の沈静に当たる治災隊など、全ての事件や事故の動向を把握しているのだった。

 朔、奏、弦が正座、要が要石に乗って待機している中、梓は布団も敷かず、畳みの上に手足を伸ばした大の字に寝転んでいる。

 待機中の姿勢に決まりはないが、星巫女という役職からすると、なんともだらしない。

 その夜、鬼は現れず、超都は朝を迎えた。

 「さて、起きるとするか」

 辰の時(朝の七時)となり、待機期間の終わりに合わせて体を起こした梓は、ぐぅ~っと背伸びをした後、霊力を放って式神十体を呼び出す。

 現れたのは兎、猫、犬、猿、蛙が二匹ずつと全て動物で、人間の姿をしたのは一体も居ない。

 「禊やってくるから服と畳を焼いて新しいのを作ってとけ」

 「承知いたしました」

 礼をした後、畳を剥がし、機織り機で服を作る作業する式神達は、動物という姿と相まって、鳥獣戯画を見ているようだ。

 梓は、巫女装束を脱いで、鍛え抜かれた屈強な体を露にして、どかどかと音を立てながら本殿の裏にある滝に行って禊を行う。

 胸の中心には朔と同じように銀色の承認勾玉が埋め込まれ、筋肉に覆われた体に水が流れる様は、肌というよりも岩場を伝っているようにだった。

 全身の隅々まで水を浴びて、穢をしっかり落として本殿に戻る。

 「終わったぞ」

 猿の式神が差し出す布で体を拭き、兎が持ってきた肌着を着る。

 「飯の支度をしろ」

 式神達が食事の支度にかかる中、新しく用意された畳の上に敷かれた座布団に胡座をかいて座り、蛙が持ってきた習字道具を使い、札に文字を書いていく。

 書いている本人の姿はあられもないが、筆捌きは見事なもので朔と同様、あっという間に千枚を書き上げた。

 「お食事のご用意ができました」

 「持って来い」

 式神達が、繕に乗せて運んで来たのは、大きな肉の塊で、表面はしっかり焼けたことを示す茶色に染まり、皿は肉汁で溢れている。

 繕と皿の間には牛、豚、熊、猪と書かれた紙が挟まれ、何の肉か一目で分かるようになっている一方で、穀物や野菜類は一切無く、食の禁忌が無い決まりを乱用するような献立であった。

 「いただきます」

 手を合わせて食前の挨拶をした後、牛肉を両手で持って口元へ運び、大きく口を開けてかぶり付き、食い千切ってよく噛み、しっかり味わって呑み込む。

 そのまま猛烈な勢いで平らげ、休むことなく、他の肉を食べていく。

 肉汁が体に付いても食いかすがこぼれても全く気にもせず、行儀や礼儀作法を一切感じさせない豪快な食べっぷりは、獲物を貪る獣のようだった。

 「ご馳走さま」

 食前と同じように両手を合わせ、食用になった動物達にしっかり感謝の気持ちを込めて、食後の挨拶をした後、兎が持ってきた手拭いで、肉汁がべっとり付いた口と手と首回りを拭いて、綺麗にしていく。

 「服を寄越しな」

 差し出された巫女装束を着ると、さっきまでのだらしなさが消えて神聖性が備わり、立派な星巫女に見えるから不思議である。

 式神を消して障子を開け、浅靴を履かず裸足のまま外へ出る。

 雲一つ無い快晴の朝日を全身に浴び、おもいっきり深呼吸して、早朝の新鮮かつ澄んだ空気を体内に取り入れ、ゆっくり吐き出した後、突きや蹴りを行い、動きの切れを確かめ、一通り終えると、正面に出した異繋門をくぐった。

 

 出た先は、鍛練場と掘られた鉄製の看板の貼られた門の前だった。

 皇居の敷地内に有り、朝廷の役人が使う道場だけあって、手前に立派な仁王像の立つ門の左右には、屋根瓦付きの漆喰の壁で囲われている。

 近付くと、梓を感知して自動で開く門に合わせて、中へ入っていく。

 「梓様、お待ちしておりました。私は師範を勤めております烏丸小槌からすまこづちと申します。霊力段位四段にございます」

 玄関には道着と黒い袴を着て、正座をした女性が出迎えの挨拶に続いて名乗って後、左手の青色の承認勾玉を見せた。

 「今の師範は大山家じゃないんだな」

 「はい、あなた様が警戒睡眠に入っている四年の間に烏丸家の私が勝ち取りました」

 聞いてもいないのに経緯を話すあたり、勝ち取ったことによほど自信があるのだろう。

 「こちらへ。そうそう足は綺麗にしてからお上がりください」

 「分かってるよ」

 霊力を使い、足裏に付いた土を綺麗に落とした後、裸足のまま上がり、小槌の後に付いて、天井に付く照明が中を照らす廊下を進む。

 廊下だけでなく壁や天井にも埃や塵一つ見られず、最高級の資材が使われているので匂いも良い。

 小槌が、足音を立てず進むのに対して、梓はぺたぺたと音を鳴らす廊下の壁には、歴代の師範の画に武神や虎に竜などの像が飾られ、猛々しい雰囲気で満たしている。

 廊下を出ると広い道場が有り、縁側の先には小鎚と同じ服装をした老若男女の役人達が、整列状態で待機していた。

 「今日は何人居るんだ?」

 「三百人でございます」

 「今日も満杯だな」

 言いながら役人達の前に立つ。

 「あたしに会ったことがある奴や無い奴も居るだろうがようく聞け。あたしが教えるのは実戦を想定したものだ。いいな?」

 「はい!」

 全員揃って、大きな声で返事をする。

 星巫女は、活動期間中、役人達に指南を付ける決まりになっていて、超都で五本の指に入る霊力者かつ起きている間しか指導してもらえないので、希望者は連日後を絶たない。

 「真ん中を開けてくれ」

 役人達が、言われた通りに開けた後、梓は歩いて中心に向かう。

 「よし、まずは接近戦だ。全員素手でかかって来い」

 中心に立ったところで、左右の拳を軽くぶつけ、向かって来るように言うと、役人達は戸惑いの表情を見せたり、顔を見合わせてざわつくだけで、何もしてこない。

 「どうした?この場に居る全員の実力をいっぺんにみてやるって言ってるんだから遠慮せずに来いよ」

 挑発するように、右手を上下に動かす。

 「うおおぉぉ~!」

 一人が声を上げて、殴り掛かって来る。

 「ふん!」

 梓は、拳が届くよりも前に、付き出した右人差し指で、役人の胸を軽く突いて八尺(約三メートル)ほど吹っ飛ばす。

 役人は、地面に叩きつけられ、砂ぼこりを起こした後、倒れたまま動かない。

 「ほら、どうした?残りもかかって来い!」

 一人が行ったことで、全員覚悟が決まったらしく、一斉に向かって来て、中庭が騒然となる。

 梓は、全ての攻撃を軽い身のこなしで避けつつ、殴りと蹴りで吹っ飛ばしていく。

 それから中庭が静かになると、立っているのは梓だけで、役人達は膝を付くか、倒れていているかの二通りしかいない。

 「お前は技の切れが甘い。お前は出すのが遅い」

 梓は、息一つ乱さず、一人一人の戦い方に付いて、的確に指摘していく。

 「立て。さっき言ったことを踏まえて今度は武器を持って来い」

 言われた通り全員立ち、異繋門から出した武器を持って、挑みかかって来る。

 何度かの実戦訓練が行われた後、広場に立っているのは、初めと同じく梓だけだった。

 「まだまだって感じだがここで一休みだ。全員、次までに体力と霊力を回復させておけ」

 言い終えた梓が縁側に腰掛け、それに合わせるようにして、小槌がお茶と一緒に山盛りの団子を盆に乗せて運んできた。

 「気が利くじゃないか」

 「梓様が来られた時はお菓子とお茶でおもてなしするよう念入りに言い聞かされておりましたから」

 「そういうことか。見たことのない色があるぞ」

 「それは新作の赤梅干し味です」

 「うげ~。あたし梅干し苦手なんだよな~」

 嫌そうな表情で、赤梅干し団子を皿の端に避けていく。

 「梓様にも苦手なものがあるとは驚きですわ」

 「星巫女だって人間なんだから苦手なものくらいあるさ」

 それから赤梅干し以外の団子を全部平らげ、お茶を飲む。

 「休憩終わりだ。右近。左近」

 狛犬の形をした式神二体を呼び出す。

 「次は二手に別れてこいつらを倒せ。あたしより弱いが強敵だぞ。さっき教えたことを踏まえればやれるはずだ。右近左近やれ」

 「承知しました」

 式神は、返事をした後、役人達の相手をした。

 

 「今日はこれで終わりだ。あたしが言ったことを忘れず職務に励めよ」

 「はい!」

 始まった時と同じように整列した役人達が、礼をしながら返事をする。

 「ありがとうございました」

 小槌の礼を聞いた後、前に出した異繋門をくぐった先は、七肉屋と掘られた大きな金色の看板を掲げる工場の前だった。

 梓が、今居る外地区は、食料や生活用品といった都民の生活を支える田畑や製造工場のある産業地帯で、街道の幅も内や中地区より広く、走る引車も資材運搬用の大型車が多い。

 中に入ると七箇所の売り場があって、七色の服を着た従業員が買い手達の注文に応じ、式神を使って肉を量り売りしている。

 七肉屋とは、七種の肉を取り扱う卸売り問屋だったのだ。

 梓の姿を見た従業員達は、手を止め、姿勢を正して礼をしていく。

 「楽にしていいぞ。店主は居るか~?」

 「これはこれは梓様、よくお越しくださいました。私が店主の満原みちはらでこざいます」

 奥から出てきたのは、でっぷりとした体格の小男だった。

 「お前が今の店主か。前の店主より太くないのか~?」

 「そんな、これでも二、三斤(約三キロ)は痩せてるんですよ」

 「その程度じゃ分かんねえよ。肉の用意はできているか?」

 「すでにご用意しております」

 満原が、手を叩くと仁王型の式神が、大きな肉の塊を運んで来る。

 「これだけあればよろしいでしょうか?」

 「十分だ。ほれ」

 千早から出した札五十枚を差し出す。

 「ありがとうございます」

 満原は、大喜びで札を受け取る。

 星巫女直筆の札は、妖を近付けない魔除けとしてでなく、周囲に配ることで店の信頼が上がるほか、取引先との交渉材料に使えるなど、都民には高価な品なのだ。

 梓は、呼び出した式神達に肉を持たせ、異繋門を出して、社に運ばせている中、この場に居る者達とは質の異なる視線を感じて目を向けると、四人の子供達が立っていた。

 子供達は、梓の視線に気付くと、びくっと体を震わせた後、恥ずかしそうに目を逸らすが、一番年上と思われる少年だけは、強い視線を向け続けている。

 少しして、従業員が持ってきた鍋を受け取り、礼を言って去って行く。

 「あの子供達はなんだ?」

 「この近くにある保護施設の子達ですよ」

 「外地区に保護施設があるのか?」

 「梓様達が鬼甲集と戦ってた時に急遽作られて滅ぼされた後に放棄されてたのを使ってるそうなんですが集まってるのが小納者の子達ばかりで支援金が降りないようで食い物にも困ってるからうちで余った肉を上げてるんですよ」

 満原が、言いづらそうに顔をしかめて事情を話す。

 「分かった。ありがとよ」

 店を出ると、子供達の姿は見えず、霊力を探って居場所を探知し、確認するとその場から飛び上がり、大型引車が行き交う道路を軽く飛び越え、反対側に着地した後、工場の間に敷かれた人一人が通れるくらいの細い道を進んでいく。

 辿り着いた先は、全体的に虫食いと腐食が進んだ木造の入り口で、右脇には鬼災孤児保護施設と彫られた木製の看板が貼られていた。

 「誰か居るか?」

 見た目からして、自動開閉機能は無いと思い、戸を開けて敷地に入り、同じようにぼろぼろの母屋の戸を叩いて呼び掛ける。

 「これはこれは星巫女様、このような場所に何用でございましょうか?私はここで子供達の世話をしております牧野まきのと申します」

 母屋の戸が開いて、忙しそうに出てきたのは、くすんだ服を着た白髪頭の女性で、梓の姿を見た途端、大慌てで正座して挨拶した。

 「畏まった挨拶はいい。聞いてはいたがほんとにぼろいな」

 見た感想を素直に言う。

 「ここは先日の巨大な鬼が出た時の孤児を受け入れる為に急遽再開させたのですがまだ修繕費用が降りていないのです。私は霊力三段ですので再開自体に問題はございません」

 黄色の承認勾玉を見せて、事情を説明した。

 「ぼろい理由は入ってる孤児なんだろ」

 「集っているのは小納者の子供達だけなので朝廷が支援金を後回しにしているのでございます」

 「小納者の子供だからまともな施設にも行けないし支援金も渋られてるわけか」

 「仰る通りでございます」

 暗い表情で話す牧野を見て、嘘ではないと分かった。

 鬼災孤児保護施設とは、鬼の襲撃で身内を失った孤児達を預かり、里親が見つかるまで世話をする施設である。

 そこには優先順位が有り、朝廷に多額の税金を納めている高納者の孤児は設備の充実した施設へ入れ、次は中納者で、少納者は入れても質が悪いか、最悪の場合受け入れてもらえないこともあるのだ。

 「これも何かの縁だ。ここの修繕費用はあたしがなんとかしてやるよ。財務大臣のとこに行ってここの資金援助を取り付けて来い」

 呼び出した猿の式神を異繋門で、財務省の庁舎へ行かせると、数秒と掛からず、牧野の承認勾玉が音を鳴らす。

 「送金されただろ」 

 「こんなに宜しいのですか?」

 牧野が、勾玉が表示した金額を見て驚く。

 「援助渋ってたんだから当然さ。だいたいあいつら使わない税金溜め込んでるんだから都民の為にじゃんじゃん使わせないとな。それと旨いもの喰わせてやるよ」 

 「そこまでしていただかなくても」

 「気にするな。保護施設の慰問も星巫女の役目だ。牧野は子供達の皿を用意してくれ」

 「分かりました」

 牧野を見送った後、母屋から出て、脇の通路を通り、南側にある猫の額よりはまし程度の庭に行くと、大勢の子供達が押し合うように遊んでいた。

 「あ、星巫女様だ」

 子供の一人が、梓に気付き、指さしながら声を上げる。

 「そうだ。星巫女様だぞ~」

 おどけた口調で、返事をしてみせる。

 「星巫女様~!」

 気付いた子供の声を合図に、他の子達が集まってくる。

 鬼から超都を守る星巫女は、子供達にも大人気なのだ。

 「星巫女様、何しに来たの~?」

 「一緒に遊ぼう~」

 はしゃぎながら声を掛けてくる子供達は、話に聞いていたより身なりは悪くなく、庭の手入れも行き届いていて、牧野が霊操術で服を綺麗にし、式神に手入れをさせているのだと分かった。

 「お前達にご馳走しに来たんだ」

 言いながら出した異繋門からは、式神達が満原からもらった肉を持って出てくる。

 「でっかいお肉~」

 「そのでっかいお肉を今から焼くぞ~」

 肉を宙に浮かせ、指先から出す細い火を当てて、じっくり焼いていく。

 みるみる茶色になる肉が醸し出す香ばしい匂いに、子供達は言葉を無くし、生唾を呑み込む。

 「これでよし。今から切って配るから食べたい肉の前に並べ」

 子供達は、牧野が渡す皿を受け取り、種類の書かれた札を持つ式神の前に並び、包丁を持った式神が肉を同じ厚さに切って、皿に乗せていく。

 「うま〜い」

 「おいしい~」

 「こんなお肉食べたことな〜い」

 子供達は、大喜びで肉を食べていく。

 「ありがとうございます。梓様」

 「あたしがあの子にできるのはこのくらいだからな。鬼が出てる間はもっと増えるだろうし」

 そう話す梓の顔には、少しばかり寂さが浮かんでいた。

 「お前はいらないのか?」

 声を掛けたのは、肉屋で強い視線を向けてきた少年で、返事をせず母屋の裏に走って行ってしまう。

 「しょうがねえな~」

 梓が、牛肉を乗せた皿を持って、裏側に行くと、壁を背にして座っている。

 「ほら、食えよ。うまいぞ」

 肉の入った皿を差し出す。

 「いらないよ!」

 子供が、大声を上げながら真横にはらった右手は、皿に当たって、肉ごと地面に落ちる。

 「勿体ないことするなよ。上等な肉なんだぜ」

 「それならあんたが食べろよ」

 「そうか」

 梓は、落ちた肉を拾い、土が付いているの構わず口に入れ、よく噛んで食べて見せた。

 「今食いたくないならあたしが書いたお札をやるよ。これがあれば妖も恐くないぞ」

 肉を呑み込んだ後、肉汁の付いてない方の手で、千早から出した札を差し出すが、少年は受け取るどころか眉間に皺を寄せ、強い視線を向けてくるだけだった。

 「これもいらないのか?」

 「そんなもんいらねえや!どうして父ちゃんと母ちゃんを守ってくれなかったんだよ~!」

 少年は、怒鳴りながら近くに落ちてる石を拾って投げたが、梓は避けず額に当たって、傷口からは少しばかり血が出た。

 「な、なんで避けないんだよ?」

 「お前の痛みをちょっとでも分かってやろうと思ってさ」

 「幸一、なんと無礼なことをするのですか!」

 その場に駆け付けた牧野が大声で、少年の名前呼びながらを叱咤する。

 「いや、いいんだ。悪かったな。父ちゃん母ちゃん守れなくて」

 謝って頭を下げる。

 幸一は、梓の意外な行動にどうしていいのか分からないらしく、立ったまま固まってしまい、少しすると声を上げ、泣きながら二人の脇を走り抜けて、表に行ってしまう。

 「幸一はこの間の襲撃で鬼代に目の前で両親を殺されたのです」

 「それならあたしに怒りぶつけるしかないよな。こういう時は自分が無力に感じちまうぜ」

 額の傷を治しながら、やや沈んだ声で話す。

 「私のように救われる者もおりますからお気を悪くなさらないでください」

 「悪い。気を遣わせちまったな」

 「南南西外地区に微かな鬼影反応です!星巫女様は大至急向かってください!」

 守巫女隊から通信が届く。

 「あたしが行くから他の連中には別の場所に鬼が出てもいいように待機するように言え。これを子供達に渡しといてくれ」

 牧野に人数分の札を渡し、異繋門で指示された場所に出ると七肉屋の前で、目の前には手足だけでなく、腹まで食い千切られ、自身の血の海に沈む満原が転がっていた。

 「おい、しっかりしろ!」

 駆け寄って声を掛けると、返事はないが、微かに息を漏らす。

 「今すぐ治してやる」

 右手から出す霊力を満原に注ぎ、腹だけでなく、手足までも瞬時に再生させていく。

 高い霊力を持つ星巫女ならではの力である。

 「梓様、あっしはいったい?」

 「あたしが治したんだ。何があった?」

 「変な面を被った大男が入ってきやして勝手に肉を食い出すものですから止めに入ったら大暴れしてあんな目に合わされたんです」

 「そいつは鬼だ。よく殺されなかったな」

 「こいつのお陰ですよ」

 満原は、焼け焦げた札束を見せた。

 「星巫女の札は凄いだろ。他の人間は?」

 「暴れた時点で全員逃がしました」

 「そいつは偉いぞ。お前も早く避難しろ。それと前はちゃんと隠しとけ」

 服が破られたことで、丸見えになっている股関を指さす。

 「へ、へい」

 梓は、目の前に出したに異繋門に満原をくぐらせ、安全な場所へ行くのを見届けた後、表情を引き締めて霊装変化を行い、鬼と戦う姿になって、店の中へ入る。

 店内は荒らされ、そこいら中に食い散らされた肉片に、自防武神像の残骸が散乱する酷い有り様だったが、鬼の姿はどこにも見当たらない。

 奧に進むと肉を加工する工場になっているが、全ての機械が破壊されて稼働していない為、物音一つ無く不気味なほど静かで、ここにも鬼は居ないが、微かな鬼力が漂っているので、空気が酷く淀んでいるように感じられた。

 鬼力を辿って、工場を抜けると、冊で囲まれた広場に出て、普段は放し飼いにされた食用動物で溢れているが、今は無数の死骸が転がっているせいで、外なのに嫌でも血の臭いが鼻に入ってくる。

 「そこか~!」

 鬼力を感じる餌小屋に狙いを定めて、電流を帯びた右拳を引く。

 「ちょっと待ってくれよ」

 「なっ?」

 予想外の返事を耳にして、思わず動きを止めてしまう。

 小屋から出てきたのは、獅子のような獣の面を被り、鬼姫と同じく口を露出し、虎柄の服を着た大男だった。

 「お前、何してたんだ?」

 「物を食ったら出すもの出さなきゃな。たらふく食ったからたっぷり出ちまったぜ~」

 腹をばんばん叩きながら、言い返してくる。

 「鬼も糞するんだな。しかもなんて臭えんだ」

 梓の立つ場所まで届くほど、強烈な匂いだった。

 「鬼だってお前達と同じ生き物なんだから糞くらいするさ。俺は鬼動集の獣面じゅうめんだ。」

 「鬼姫の仲間か」

 「姫様が言うには下僕だとよ。それにしてもなんで厠とかいう糞を出す場所がねえんだ?」

 「超都には大昔に廃れたもんはねえよ。霊力使えるようになったら自分で処理できるからな」

 「そいつ知らなかったぜ」

 「生き物って言うならこいつを食らってに死にやがれ~!電光石火弾でんこうせっかだん!」

 引いていた右拳をおもいっきり突き出し、弾状に光る電気の塊を放つ。

 獣面は、避けようとせず、突き出した両手で受け止めるなり、梓に向かって跳ね返す。

 梓は、獣面と同じように避けず、前に出した左手で受け止めると、弾は水が弾けるように散り、その際に髪と服の裾が激しく揺れるが、体は微動だにしない。

 「どうだ。自分の技を味わった気分は?」

 「最高だぜ。さすがはあたしの雷だ」

 「だったらこいつを食らいな!土喰波どぐうは!」

 獣面が、両拳で地面を叩くと、鬼力で作られた土の波が大口を開けるように向かってる。

 「高電圧障壁!」

 左手から出す電気の壁で、攻撃を防ぐ。

 「おいおい、星巫女様よ~。ちょっと手抜きが過ぎるんじゃないか~?」

 「やっぱり分かるか~?」

 「技の威力で分かるさ」

 「だったらお望み通り本気をみせてやるよ~!」

 言い終わった直後、梓の全身に雷が走り、髪が逆立ち、巫女服の裾が揺らめき出す。

 「爆裂稲妻蹴り《ばくれついなずまげり》!」

 叫びながら前方に飛んで、全身に稲妻を纏い、獣面目掛けて稲妻のような勢いで急降下しながら、蹴りを突き出す。

 「土進撃!」

 獣面が、右拳を突き出し、蹴りとぶつかり合った直後、爆発したような爆音と共に黒煙が上がり、それによって発生した猛烈な衝撃波が、辺りの柵を一片も残さず吹き飛ばす。

 それからすぐに四つの異繋門が出現し、霊装変化した朔、奏、弦、要の四人が姿を見せた。

 「鬼が現れたのはここだけのようですね」

 「こんな昼間から鬼退治とはな」

 「鬼は外」

 「とはいえ、これはやり過ぎではありますせんこと?」

 奏が、散らばる柵の残骸を見ながら、呆れたように言う。

 「ちょいと力を入れ過ぎちまった。立てよ。それで終わりじゃないだろ」

 黒煙が薄れていく中、抉ったように削られた地面の先に立つ獣面に声を掛ける。

 「いや~強烈だったぜ~」

 余裕のある声で返事をしがら姿を見せた獣面は両腕が無く、腹からは機械らしき部品が、内臓のようにはみ出ていた。

 「機械仕掛けのくせに何が生き物だよ」

 「機械と生き物が合わさってるのさ。俺の本当の力を見せてやるぜ~」

 獣面の鬼力が上がっていくに連れて、周囲の地面が盛り上がっていく。

 「止めぬか。馬鹿者」

 背後に現れた鬼姫が、右足で獣面を蹴り飛ばす。

 「鬼姫」

 朔が、険しい顔付きで名前を呼ぶ。

 「すまぬな。星巫女達よ。妾が目を離した隙に勝手に超都へ行ってしまったのだ」

 謝罪した上で、聞いてもいない事情を説明してくる。

 「もっとじっくり話を聞かせてもらうわ!哀斬刀!」

 朔は、出した刀を両手に持って、斬りかかっていく。

 「急くでない」

 鬼姫の左側に鬼道が開き、そこから握り拳を作った鬼械の巨大な左手が、朔目掛けて突き出てくる。

 「っ!」

 すぐさま目の前に出した異繋門を通り、鬼姫の背後に出ることで攻撃を回避したものの、着地しそこねて受身を取れず、地面を転がっていってしまう。

 腕は、左側に大きく振る動きで、突風を起こして、四人を近付けないようにした。

 「次の時までさらばじゃ」

 鬼姫は、獣面を術で浮かせ、指を開いた左手に乗り、鬼道に入って去っていった。

 「まさかあんな手で来るとは思いませんでした」

 朔は、体を起こしながら刀を消し、霊操術で服に付いた土を払う。

 「あの言い様だと今夜来るな」

 「そのようですわね」

 「巨神体を使うことになる」

 「今度はあたしが乗るよ」

 梓が、名乗り出る。

 「いいのか?」

 弦が、四人を代表して確認を取った。

 「もちろんだぜ」

 「それなら止める必要は無いな」

 「鬼が暴れた後ですから守巫女隊を呼んで結界を張って祓の儀を行いませんと」

 「今日は私にやらせてください。前の時は出遅れてしまいましたから」

 「それなら朔に任せる」

 要が、静かに賛同の言葉を言う。

 「わたくしも異論はありませんわ。梓はどうですの?」

 「いいぜ。あたしは奇神で鬼械共を倒した後にやるからよ」

 「ありがとうございます」

 朔は、四人の承認を得て、祓の義を行った。


 「何か御用ですか?梓さん」

 儀を終えて社に戻った朔が、障子に向かって声を掛けた。

 「やっぱ分かるか」

 式神に開けさせた障子から顔を見せたのは、照れくさそうな顔をした梓だった。

 「星巫女の霊力は強いだけあって分かりやすいですから。中に入って座ってください」

 式神に敷かせた座布団を勧める。

 「これ土産だ」

 差し出された包みを受け取って開けると、山盛りの赤梅干し味団子だった。

 「これは美味しそうですね。今お茶をお出します」

 式神にお茶を入れさせ、自分と梓の前に置かせていく。

 「いただきます」

 赤梅干し団子を一つ手に取って食べる。

 「すごく美味しいです。ありがとうございます」

 「お前はあたしと違って梅好きだからな」

 「それでどのようなご用で来たのですか?」

 お茶を一口飲んだ後、口調を改めて来た理由を尋ねる。

 「巨神体と繋がるこつをきちんと教えてくれよ。初めてやるから聞いておきたいんだ。練習しようにも鬼が出た時しか使えないし体がでかくなるってのも分かりづらくてさ」

 「繋がる瞬間、巨神体の強烈な自重が体に掛かってきますからそれに押し潰されないよう体ではなく魂から繋がることを思い浮かべながら霊力を繋糸に通してください」

 「なるほど、重さに負けなきゃいいわけだな」

 「そういうことです」

 「ありがとよ。じゃあな」

 梓は、礼を言って立ち上がる。

 「それとさ」

 振り返った後、言い辛らそうに口ごもってしまう。

 「分かっています。奏さんには言いませんよ」

 「それならいいんだ。じゃあな」

 梓は、式神が開けた障子を通って出て行った。

 「まったく忙しい方ですね」

 式神が、障子を閉めた後、朔は微笑みながら残りの団子を平らげた。

 

 今は申の刻(午後の四時)。

 梓は、社の外で腕を組んで立っている。

 今日はいつも違い、自分が鬼械を相手にするので、鬼が来るのを外で待つことにしたのだ。

 日が沈み、超都全体が夜の闇に覆われ、鬼がいつ来てもおかしくない時間になっても、姿勢を崩すことなく立ち続け、時おり吹く弱い風が、髪と千早の裾を微かに揺らす。

 さらに時が進み、月が顔を出し、星が見え始めてくる。

 「来たな」

 鬼影探知機の声を聞き、目を開けて見上げた空には、鬼道を出現させる暗雲が超都全域に広がり、月や星の光を遮っていく。

 それから妨害装置から妨害波が出され、鬼道を逸らした後、霊圧障壁が皇居を覆う。

 「鬼道は北北西外地区に開きます」

 通信担当の守巫女が、鬼道の位置情報を伝えてくる。

 「孤児保護施設がある地区じゃないか!」

 出した異繋門をくぐって、保護施設の場所に出ると、真っ先に飛び込んできたのは、猛烈な熱風と子供達の叫び声だった。

 燃え盛る母屋の前で、牧野が渡した札を盾代わりに使い、鬼代群が吐き出す炎を防いでいたからだ。

 「霊装変化!雷神激流殴!」

 戦う姿になって、突き出した拳から放射する稲妻で、鬼代群を一斉に打ち払う。

 「牧野!無事か?」

 駆け寄って、無事を確かめる。

 「は、はい。大丈夫です」

 息を切らしながら返事をした後、倒れてしまう。

 「牧野~!」

 「星巫女様、牧野のは死んじゃったの~?!」

 「安心しろ。疲れて気を失ってるだけだ。早く避難しろ。右近!左近!奴等を近付けさせるな!」

 「承知いたしました」

 狛犬型の式神二体が鬼代の相手をしている間、霊力で牧野の疲れを癒し、子供達には目の前に出した異繋門へ入るよう促す。

 子供達が幼い順に入って行く中、一番最後の幸一は振り返り、梓と少し視線を合わせた後、無言で入っていった。

 全員入ったのを見届け、猫の式神に牧野を運ばせた後、周辺に居る鬼代を片っ端から倒していく。

 「おい、そこに居るのは分かってるんだ!いつまで雑魚の相手をさせてる気だよ!」

 腕組みで悠然と立つ獣面に声を掛ける。

 「悪いな。とりあえずこいつら暴れさせろって姫の命令なんでな~」

 「なんだ、その格好は?顔と体が合ってないぞ」

 獣面は、両手と下半身が鬼代のものになっていて、物凄く不釣り合いな姿だった。

 「昼間の事で姫様の怒りを買っちまってこの有り様さ。だが、安心してくれ。ちゃんと芸はできるからよ。鬼力機関!」

 その声に合わせて開いた鬼道から、三つの鬼力機関が姿を現す。

 「今度は鬼械になる前に破壊するぞ!」

 四人がその場に現れ、弦の合図で一斉に攻撃を仕掛けるが、鬼力の壁に阻まれ通じないどころか、角から出す黒い光線で反撃されてしまう。

 「いくら星巫女だからって人間の攻撃で壊せるわけないだろ。鬼身創造!」

 獣面の指から放出された黒い稲妻を受けた鬼力機関は、鬼代やその残骸を吸い込み、巨体を形成して一本角の黄色、二本角の青、三本角の赤と三鬼の鬼械になった。

 「どうだ?最初の三倍だぞ〜」

 獣面が、勝ったような口振りで挑発してくる。

 「へっ三鬼だからなんだってんだ。奇神でぶっ潰してやる。帝、鬼械が出たから巨神体を出してくれ」

 「梓様!帝に向かってなんという無礼な口の聞き方!いくら星巫女様といえども口が過ぎますぞ!」

 梓が、要請を出すと、小さな画面が開き、右大臣が怒りを顕にした真っ赤な顔を突き出してくる。

 「いいじゃねえか。帝はあたしの身内なんだからよ」

 「しかしですなっ」

 「かまわぬ。巨神体!出神しゅつじん!」

 帝が、御椅子から立ち、言霊に乗せて人差し指と中指を突き立てた右手を真横に振ると、巨神体を納める大祠の絞縄が切れ、結界が解かれた。

 それによって結界に使われてた帝の霊力である金色の光が大祠から離れ、集まって金の特大鳥井になると巨神体が歩き出し、地響きと轟音を上げながら鳥居をくぐり、巨大な鬼の居る戦場に姿を現す。

 「乗る前に叩き壊してやる!行け!」

 獣面の命を受けた鬼械が、巨神体に向かっていく中、鳥居は金の巨大鹿に変化して、三鬼の前を走り回って進行を妨げていく。

 「今だ!開胸!」

 梓の声に応えて、巨神体が胸部を開けた後、異繋門を使って中へ入る間で、鹿は姿を消す。

 「ここが伝心台座か。巨神入魂!」

 その言霊に乗せ、五芒星から発射された繋糸が、梓と巨神体を繋げていく。

 「うおおぉぉぉ~!」

 繋糸を通して体にのし掛かる巨神体の自重に立っていられず、台座に両肘を付くと、その動きは巨神体に伝わり、足を曲げて肘を地面に付けてしまい、そのまま上半身も前に倒れかかるが、両手を付くことで、朔の時と違い倒れるまでには至らなかった。

 「動けないならどうってことねえや!やっちまえ!」

 三鬼が、持っている金棒や刺股で、巨神体を滅多打ちにしていく。

 「一方的やられてますわよ」

 「朔の時のように待ちはしないか」

 「どうにかしないと」

 「待ってください!」

 朔が、両手を広げて、三人の前に立つ。

 「朔さん、どういうつもりですの?!」

 「ここは梓さんを信じてください。きっと動かせます!」

 言い終えた後、朔と三人の間に、重い沈黙が流れる。

 「分かった。朔の言葉を信じよう」

 「私も信じる」

 「あなたが言うのでしたらわたくしも信じますわ」

 奏は、ちょっと視線を逸らしながら言った。

 「みんな、ありがとよ」

 梓は、四人からの信頼の言葉を噛み締めつつ、朔から聞いた巨神体と魂から繋がることを強く思い描いて、霊力を繋糸に流していく。

 「ほらほら~早くしないとやられちまうぜ~」

 獣面が、煽る中で巨神体の全身が猛烈に輝いた直後、天に向かって一筋縄の稲妻が放たれ、暗雲に穴を空け、その際に起こった激しい放電が、鬼械達を吹き飛ばす。

 「何が起こりやがった~?!」

 「なるほど、確かにこいつは自分がでっかくなった気分だぜ~」

 巨神体を立ち上がらせ、両手を顔の高さまで上げ、指を動かしながら繋がっている気分を声に出す。

 「装甲結界!」

 梓が、言霊を乗せた叫び声に合わせて、巨神体の全身から再度放射された稲妻が、両手に籠手、両足に膝当、腰に腰甲、胸には炎浄と同じく銀色の勾玉の意匠が施された胸甲、両肩には狛犬の頭、頭部は武神像のような怒髪天を形成したが、足首には装甲は無く、鎧武者のような炎浄とは大きく異なり、相撲取りや空手家といった武闘家のような姿になった。

 「奇神!雷豪らいごう!」

 梓が、奇神名を囲い中に轟かす。

 「これが新しい奇神の姿か」

 四人は、新たな奇神を前に、目が釘付けになり、身動きできずに魅入るしかできない。

 「私達は残っている都民の救助と避難をしましょう」

 朔が、いち早く冷静さを取り戻して、三人に指示を出す。四人の中では、唯一奇神を操った経験があるからだろう。

 「あの鬼はどうする?」

 「あそこで喚かせていれば周りの被害は出ませんから放っておきしょう」

 「それが一番」

 「あんなのに構っている場合ではありませんわね」

 四人は、獣面をその場に放置して、避難と救護に回った。

 「どすこ~い!」

 梓の気合いの入った声に乗せて、雷豪は巨大な右手を突き出し、正面の青鬼の胸部に張り手をぶちかます。

 青鬼は、轟音を上げながら吹っ飛ばされ、受け身も取ることもできず、背中を叩き付けられて煙を上げながら引きずられるように、地面を凄まじい勢いで削っていく。

 「おいおい、前置き無しかよ」

 「あたしは言葉よりも先に手が出るたちでね」

 「だったら倍にして返してやるぜ!やっちまえ〜!」

 黄色と赤鬼が、同時に向かってくる。

 「昇雷旋風脚しょうらいせんぷうきゃく!」

 雷豪は、姿勢を低くして、勢いを付けて飛び上がり、電を帯びた右回し蹴りで、二鬼を蹴り飛ばす。

 「どうだ!あたしの奇神の力は!」

 「これならどうだ!」

 獣面の合図で、鬼械達は体を起こしながら口から炎を吐き出してきた。

 「超高電圧障壁!」

 雷豪の両手から出る高電圧の壁が、炎を完全に遮断する。

 「火が駄目ならこれだ!」

 炎を止めた鬼械達が、持っている武器から稲妻を放射すると、雷豪は壁を消して右手を引っ込め、左手で受け止めたが、電流が腕を通して右手に集まっていくだけで、何も起こらない。

 「どういうことだ?効いてねえのか~?」

 「あたしの専売特許の雷が雷豪通じるかよ〜!」

 稲妻が集まっていくに連れて、輝きを増す右手を指を開きながら勢いよく突き出すと、指先から五つの稲妻が出て、三鬼の武器に直撃して破壊していった。

 「武器無しでどうする~?」

 「武器が無くたって屁でもねえや!行け~!」

 三鬼の巨大な鬼が同時に走ることで、囲い内は大地震が起きたように激しく揺れる。

 梓は、雷豪を走らせ、三鬼に近付いたところで、地面を蹴って飛び上がらせながら、右膝を勢いよく突き出す。

 鬼械の金棒と炎浄の刀がぶつかった時と音色の異なる重い音が鳴り響く中、膝蹴りで顔面を潰された青鬼は地面に倒れ、雷豪が着地したところで、黄鬼が走りながら殴り掛かってくる。

 雷豪は、左に上体を逸らしながら両手で突き出される黄鬼の右腕を掴み、上半身を前に倒して巨体を軽々と持ち上げ、勢いを付けて降ろし、地面におもいっきりに叩き付けた。

 轟音を響かせて煙を上げながら割れた地面に、黄鬼は呑み込まれるように沈み、周囲の建物はその衝撃によって倒壊し、地中の霊導線も切断されたことで、囲い内の灯りが消えていってしまう。

 「梓さん!やり過ぎですわよ!」

 「初めてで力加減が分からなかったんだよ」

 奏に言い返してる間に、赤鬼は雷豪の脇を通り過ぎて、障壁に向かって行く。

 「あたしと雷豪を無視して皇居に向かうつもりか?」

 「姫様に皇居も攻めろと言われてるんでね」

 「行かせるか~!」

 追いかけようとしたところで、体を起こして飛びかかってきた黄鬼に腰を掴まれ、動きを止められてしまう。

 「こいつ~離しやがれ!」

 「どうする〜?早く行かないと皇居に入られちまうぜ〜」

 「行かせるかよ!右近!左近!奴の足を止めろ!」

 両肩に付いている狛犬の頭が外れ、後頭部から出る電流が四つ足の体を構築し、巨大な雷獣になって、赤鬼へ襲い掛かっていく。

 「そんなの有りかよ~?」

 「それが有りなんだよ。それでこいつはこの雷豪と力比べしようってのか。いいぜ〜!はっけよ~い!のこった〜!」

 両腕を黄鬼の腰に回し、足をばたつかせての抵抗をものともせず持ち上げる。

 「雷腕締切断らいわんこうせつだん!」

 雷豪は、雷を帯びさせた両腕で、黄鬼の腰を締め付けていく。

 雷豪の腰は、ひびさえ入らないのに対して、黄鬼の腰はばきばきと破砕音が鳴り出し、さらに締め付けることで切断され、地面に落ちて轟音を上げてる。

 「これが雷豪の凄さよ!さて、赤いのをぶっ倒しに行くか。ん?」

 雷豪を走らせようとするが、腰には下半身を切断された黄鬼がまだ纏わり付いている。

 「こんなんで動けるのかよ?しつけえな~」

 奏が、驚く中、青鬼が立ち上がりながら顔を、黄鬼は下半身を再生させていく。

 「こいつら再生するのかよ」

 「腰を砕いたくらいで倒せるわけねえだろ」

 「梓さん!鬼力機関を破壊してください!」

 「そうか」

 雷豪の右手に雷を込め、黄鬼の切断面に押し込み、中から鬼械機関を引きずり出す。

 「こいつが大事なんだろ?」

 梓が、意地悪に言う中、鬼械は鬼代の残骸になって崩れ落ちていく。

 「これが無いとただのがらくただな」

 言いながら鬼力機関を握り潰す。

 「うへ~。直に潰すと穢が手にべったり付くみたいだぜ~」

 「梓様、これ以上は持ち堪えられません。支援を」

 赤鬼に苦戦してる左近が、救援を要請してくる。

 「今行く。お前の相手は後回しだ!これでもくらいやがれ!」 

 雷豪に鬼代の残骸を拾わせ、青鬼に向かって放り投げて仰向けに倒したところで、赤鬼に向かって走らせる。

 「右近、左近。赤鬼の肩を咥えて飛び上がれ!」

 「承知しました」

 右近と左近は、梓の指示通り、赤鬼の肩に食らい付いて飛び上がる。

 「くらえ!激降雷鳴落とし《げきこうらいめいおとし》!」

 地面を蹴って飛び上がり、雷を帯びた左足を突き出し、雷鳴の如く凄まじい勢いで降下し、右近と左近が離れる間で、赤鬼の頭を踵で叩き潰し、その勢いのまま胸から腹にかけて押し潰すように、裂いていく。

 鬼力機関のある胸部を破壊された赤鬼は、雷豪と雷獣達が着地する間で、爆発して灯りの消えた囲い内を真っ赤な光で照らしていった。

 雷豪の背後に、青鬼が走って向かって来る。

 「残るはあいつだけだ。左近は肩に戻れ!右近は右拳に付け!」

 「はっ!」

 梓の呼び掛けに応じて、体を消した左近が左肩に付き、右近は雷豪が振り上げた右拳に装着される。

 「雷獣!獣拳形態!」

 梓は、獣拳を構えた雷豪を走らせ、距離を詰めていく中で、青鬼は口から炎を吐き出す。

 「そんなものが効くか~!獣拳叫雷殴じゅうけんきょうらいだ!」

 突き出された獣拳は、大きく開けた口から発生する雷が拳全体を包み、炎をものともせず突き進んで、青鬼の胸部を突き破って、獣が贓物を食い千切るように鬼力機関を抉り取る。

 「また手に穢が付く感じが嫌だったんでね」

 獣拳が咥えている鬼力機関を見せ付けるように振り返ると、胸を抉られた青鬼がだらしなく両腕を垂らし、鬼代の破片となって崩れ去るのを見届けた後、黒い光線を出して、悪足掻きをする鬼力機関を握り潰す。

 「これで終わりですわね」

 「まだです」

 朔が、指差す先には、五つの人影が立っていた。

 「鬼姫」

 「獣面」

 「鳥面」

 「魚面」

 「虫面」

 鬼姫を真ん中に獣面と同じく、面を被った鬼達が名乗っていく。

 「これが妾が率いる鬼動集じゃ。覚えておくがいい。我らは必ずや超都を滅ぼしてくれようぞ!」

 鬼姫の声が、超都の隅々に響き渡る。

 「朔、早まるなよ!梓、奇神で攻撃しろ!」

 弦の指示で、朔はその場で踏みと止まり、梓は雷豪の右拳を五鬼に突き出す。

 「鬼械でない妾達に攻撃とは大人げないな」

 鬼姫は、鬼道を開き、五鬼はそれを通って姿を消したことで、雷豪の獣拳は地面を空しく叩いただけだった。

 「あれが鬼動集」

 朔は、鬼姫が立っていた場所に、鋭い視線を向けながら呟く。

 「あの五人が私達が倒すべき鬼共だ。それにしても奇神の力は凄いな」

 「次はわたくし達の番かもしれませんことよ」

 「時が来たらやる」

 「大丈夫です。皆さんなら絶対できますよ」

 朔が、三人を励ますように言う。

 「朔が言うなら信じよう」

 弦の言葉の後、奏と要が頷く。

 四人が、会話をしている中、腕を降ろした雷豪から装甲結界が消え、巨神体へ戻るのに合わせるように胸部が開いて、異繋門をくぐってきた梓が目の前に現れた。

 「どうでした。奇神になってのご気分は?」

 「・・・・」

 梓は、返事をせず、前のめりになって倒れかかったが、右手と右膝を地面に付くことで、転倒を免れた。

 「大丈夫ですの?!」

 奏が、驚いた表情で駆け寄り、三人も側に行く。

 「あたしは大丈夫だ。それにしてもほんとにこいつはとんでもない奴だぜ」

 梓が、苦しそうに話す中、巨神体は五人に背を向け、出現した金色の特大鳥井をくぐって、囲い内から去っていく。

 「誰も乗っていないのにどうして動きますの?」

 「物凄く強い霊力を感じる」

 「きっと帝のお力だ。巨神体は帝の所有物だし、そうでなければ霊圧障壁から巨神体を出すことはできないだろう」 

 「鬼も居なくなりましたし結界を張って祓の儀を行いましょう」 

 「それじゃあ、もう一踏ん張りするか」

 梓が、立ちながら言う。

 「そんな状態で演舞ができますの?」

 「やれるに決まってんだろ。もう大丈夫だ」

 両腕を強く振って、元気であることを示す。

 「それでは任せますからしっかりやってくださいまし。ただし辛くなったらいつでも言ってくださいませ」

 その声にはつもの皮肉は無く、十分な労りが込められていた。

 「ありがとよ」

 それから結界と警護担当の守巫女が来て、鬼災地に結界用の絞縄を張り、儀式の準備をしていく。

 鬼との戦いが終わった直後は、火事場泥棒などの不届き者が鬼災地に入る恐れがあるので、祓いの儀を行う前は結界を張って、人の立ち入りできないようにする必要があるのだ。

 「始めるか」

 鬼災地の中心に立った梓が、両手から霊力を放ち、楽器を持った兎達に加え、獅子や麒麟に象といった千体の獣型式神を呼び出す。

 「あたしの千獣演舞を見て祈りを捧げてくれ!」

 梓は、千獣達と舞い躍り、それを見る人々は祈りを捧げ、その中には幸一も居て、回復した牧野達と一緒に平和を祈るのだった。

 

 

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