第3話 禊

 長巫女は、皇居の敷地内に建つ議事堂にあって、大臣や議員達が審議を行う審問の間に敷かれた座布団に座っている。

 正面の一段上がった場所には、帝が真ん中に置かれた御椅子に座り、右に右大臣、左に左大臣、その後ろには男女半々の割合で、各省の大臣達が座布団に座っていた。

 普段なら何人かは、式神を代理に立てたりするが、今日は全員出席している。

 落ち着いた顔の帝に対して、大臣全員が渋い表情をしているので、室内の空気はとても重い。

 「巨神体に付いて聞かせてもらおう」

 右大臣が、代表して質問を始めたたが、その声はやや上ずっていて、苛立ちを隠しきれていない。

 「鬼械に対抗する神機にございます」

 被っている面と同様、感情を読み取れない平坦な口調の返事だった。

 「そんなことは監視雁からの映像を見れば分かる。だが、人の身でありながら神を名乗るとはいったいどういうことだ?」

 「奇神は星巫女が鬼械と戦う為の物にございます。神になろうという意図はございません」

 「巨大な力を守巫女隊が持つなど度が過ぎるのではないのか」

 「ならば他に鬼械に対抗する手段があるとでも?」

 「しかし事前に報告が無かったことで高納者に各業者からの問い合わせが殺到し朝廷内は大混乱をきたしたのだぞ。それであんなものをいつ建造していたのだ?」

 「鬼甲集を滅ぼした後にございます」

 「では、五十四年も前から建造していたというわけか?」

 「左様にございます」

 「我らの許可はともかく帝の許しは得ていたのだろうな?」

 「私の独断にございます」

 「帝の許しも得ずに事を進めるとはいったいどういうことだ?」

 「すぐに建造せねば間に合わなかったからでございます。皆様にお伺いを立てていてはいつお許しが出るか分かりませぬ。建暦八百八十三年の四代目星巫女時に起きた星灯の悲劇を繰り返すわけにはいきませぬゆえ」

 「超暦前の歴史を持ち出して我らを愚弄する気か?」

 「事実を申したまでにございます」

 「それならばあんな鬼など霊充砲を使えば容易かろう」

 「以前使われた時は都の霊力機関の半数が停止して大変な事態になったと記録に残っておりますが」

 「口の減らない奴だ」

 「過去の事例はいい。健造資金はどうしたのだ?あのような巨大なものを健造できる資金は守巫女隊には支給されていないはずだぞ」

 「埋蔵金を使いました。ただ埋蔵させていては勿体のうございますから」

 「埋蔵金とはなんだ?」

 帝が、口を開いた。

 「大臣達がこのような時の為に溜め込んでいた資金にございます」

 「それは真か?」

 「は、はい。事実にございますが、我等の許しもなく使うなど、これはもう越権行為を通り越して朝廷への反逆ではないか」

 左大臣が、戸惑いながら返事をしつつ、長巫女を反逆者扱いする。

 「守巫女隊は鬼の活動中であっても権利を制限すべきだ」

 「我等の指示に従わせるようにすべきではないか」

 「この際二代目のように隊長役を立てるべきだろう」

 「また色情の惨劇を起こすつもりか?」

 「ここは妖浄化隊あやかしじょうかたいの傘下に入れるべきだ。元々は隊員内の精鋭巫女だったのだからな」

 「いいや、御用隊にすべきだろ」

 大臣達が、堰を切ったように、守巫女隊への扱いに付いて言い合う。

 鬼の活動期間中、守巫女隊が自分達以上の権力を有することに対する不満が、一気に爆発したのだろう。

 長巫女は、それらの声に一切動じることなく、座っているだけだった。

 「我が前で見苦しい言い合いは止めよ」

 帝の一声で、大臣達は口を閉じ、申し訳なさそうに頭を下げたが、誰の顔からも不満は消えてない。

 「朝廷への支持率はどうなっている?」

 「昨晩の七割から八割七分に上がっております」

 情報省の大臣が、帝の正面に数値を示す画面を見せながら説明する。

 「被害のあった中地区の霊力機関の復旧と自防武神像と鬼影探知機の再配備はどうだ?」

 「はっ昨晩から工場を大稼働させて製造を急がせております」

 「鬼械の分析はどこまで進んでいるのか?」

 「本体が破壊されているので回収した破片と映像から分析を進めている最中でございます」

 「鬼動集の出所の調査はどうなっている?」

 「大江山にも鬼ヶ島にもおりませんでした」

 帝の質問に対して、大臣達は顔を下げたまま申し訳なさそうに、現状を報告していく。

 「お前達は自分の役目を最優先にせよ。長巫女、鬼共から超都を守り朝廷の支持率を上げたことは称賛するが我の許しなく巨神体を建造したことを見過ごすわけにはいかぬ。故に今後巨神体は帝の預りとして使用の有無は我が決める。お前達もそれで良いな」

 その言葉に対し、口答えしたり、反論する者は一人も居ない。

 「巨神体を操った朔はどうしている?」

 「自身の社にて休んでおります」

 

 「•••••」

 朔は、目を開けた。

 天井板の見慣れた木目を見て、今寝ている場所が自身の社であること、起きられるということは鬼が活動中で、障子越しの光加減から夜が明け、今は巳の時(昼の十一時)など、自分が置かれている情況を把握していく。

 右手を上げると、裾が落ちて腕が剥き出しになる。

 「っ」

 手を顔に近付け、指を動かしながらじっくり眺めた。

 昨夜、巨神体と一体になり奇神となった感覚が残っていたのか、一瞬だけ炎浄の分厚い腕に見えてしまったのだ。

 起きようとすると、体が少しばかり重くて怠い。

 「疲れを感じるなんて思っていたより負担が大きかったのね」

 鬼甲集と闘っていた時は、一晩社でじっとしていれば、体力も霊力も完全に回復していたが疲労を感じるあたり、奇神になることが体に予想以上の負担を掛けていたのだと実感する。

 右手を前に出し、巫女姿の式神を二十体呼び出す。

 星巫女は、右手からも霊力を放出できるのだ。

 「私が禊をしている間に服と畳みを燃やして新しい物を用意して本部へ連絡を入れて」

 「かしこまりました」

 命を受けた式神達が揃って頭を下げ、命じられた作業に取り掛かっていく。

 朔は、その場で巫女装束を脱いで全裸になり、簪を式神の一体に預けて、裏口へ向かう。

 戸を開けて進んだ先は、岩に囲まれた小さな滝で、隙間から差し込む日差しと水を打つ音が、内部を神秘的で清らかな雰囲気で満たしている。

 滝に入り、全身に水を浴びて祓を行う。

 星巫女は、毎朝禊を行う決まりになっていて、鬼との戦いによる穢を落とす為、にもっとも清らかとされる富士から直に引いた水で体を清めるのだ。

 全体的に引き締まり、胸の中心に銀色の承認勾玉が埋め込まれた体に水が流れ、全身が冷えていくと穢が流れ落ちて、芯から心まで清められていく気持ちになっていく。

 「終わったわ」

 本殿に戻って、祓が済んだことを伝えると、数人の式神が側に来て絹の布で体を拭き、それが終わると別の式神達が新しい肌着と巫女装束を差し出す。

 体だけでなく服にも穢が付いていると考えられてる為、活動期間中は服や畳みなどが他所に渡って悪用されないよう、社内で焼却して予め用意されてる素材で新調するのだ。

 受け取った肌着で胸と股関を覆い、次いで巫女装束に袖を通すと、肌が新品ならではの新鮮な感覚に包まれ、身が引き締まる気分になる。

 それから簪を持った式神が、髪を整えていく。

 自身の式神だけに手付きも問題なく、最後に左側にまとめた髪に桔梗の簪を指す。

 「隊はなんと?」

 「庁舎に来るようにとのことでございますが急ぐ必要は無く、来る間は朔様に任せるとのことでございます」

 「分かったわ。食事をするから準備して」

 「かしこまりました」

 式神達が、食事の支度をしている間、一体に文机と習字道具一式を持ってこさせ、墨を摺って筆に付け、桃の木から作られた札に霊力を込めながら魔除け文字を書いていく。

 一枚書き終える手早さは凄まじく、あっという間に札が積み上がっていく中、台所からは旨そうな匂いが漂ってくる。

 「お食事のご用意ができました」

 千枚書き終えたところで、出来上がりを知らせに来た式神に習字道具を片付けさせるの入れ替わりに、膳に乗せられて運ばれてきたのは、米と味噌汁と鶏肉の照り焼きに山盛りの梅干しであった。

 星巫女は、食事においての禁忌は一切無く、何を食べても許されるのだ。

 「いただきます」

 手を合わせて食前の挨拶をした後、箸を手にしてご飯を口に運ぶ。

 しっかり噛み、食感や風味をじっくり味わった上で飲み込む。

 四年振りに口にする食べ物に対して、味覚がしっかり機能するのを感じながら、ゆっくり食事を堪能し、最後に式神が淹れたお茶を飲んで締めにした。

 式神が食器類を片付け終えると全て消し、用意された赤い鼻緒の浅靴を履いて外に出ると、日差しの眩しさに思わず左腕で顔を覆ってしまう。

 こうして日の光を感じられるのも、起きている証と思いながらゆっくり腕をどけた後、目を閉じて両手を広げ、大きく深呼吸する。

 穢や淀みを感じさせない、新鮮な空気が心地好い。

 軽く息を吐いて目を開けると、直線に敷かれた三つの敷石と回りに砂利を敷き詰めた小さな庭、左右に建って火を灯し続ける灯籠、周囲を囲む柵が見える。

 灯籠が昼間でも灯っているのは、今超都を責めてる鬼が全滅するまで、消えない仕組みになっているからだ。

 右手から出した異繋門をくぐる。

 出た先は守巫女隊庁舎の門の前で、四年振りに目にする和風な造りの庁舎を、顔を上げながらじっくり眺めていく。

 庁舎は壁の漆喰が剥がれ、木製の柱に亀裂が入り、屋根瓦の一部が取れたりしている。

 鬼が活動しない間は、意味を成さない機関である為、一集団を全滅させた年から数年は十分な予算が出るものの、出ない年月が長くなるほど減らされ、終いには最低限の維持費にまで減られるので、修繕すらままならなくなるのだ。

 門に右手を翳すと、内側に向かって開き始めたが、ぎぎと擦れるような音を上げるので、金具が錆び付いていることが分かる。

 入ってすぐの玄関で浅靴を脱いで、中に入ると星巫女四人が立っていた。

 「朔~!」

 梓が、名前を呼びながら両腕を広げ、勢いよく抱き付いてくる。

 朔より二頭身ほど背が高いので、抱き付かれると嫌でも顔が、豊満な胸に押し付けられてしまう。

 「もう起きないんじゃないかって心配したぞ~!」

 声を出していくに連れて力が増し、より深く胸に押し込まれていくので、息苦しくてたまらない。

 「体は大丈夫か?痛いところとか無いか?」

 梓は、腕を解くなり、体中を触りまくって、異常は無いか確かめていく。

 「・・・・」

 息苦しいせいで返事どころか、呼吸さえままならない。

 「返事がないってことはやっぱり何かあったのか?」

 「もうその辺でいいだろ」

 弦が、梓の右肩を掴んで引き離す。

 二人の身長は、ほぼ同じなので、剥がすのも容易なのだ。

 「息が苦しかったので返事ができなかっただけで大丈夫ですよ」

 「それなら問題無いな」

 「はい」

 「朔が無事で良かった」

 要が、左手を握ってきながら静かな声で、喜びを伝えてくる。

 「ありがとう。要」

 少ししゃがみ、右手で頭を優しく撫でる。

 要が、朔の腹くらいの身長だからだ。

 「お待ちなさい」

 奏の麟した声が、四人の和気あいあいとした雰囲気に水を刺す。

 「なんだよ」

 梓の声を無視して、三人を押し退けるように、朔の真っ正面に立つ。

 二人の身長は、変わらないので、嫌でも目と目が合ってしまう。

 「奏さん?」

 奏は、懐から出した櫛で髪をすき始め、朔は戸惑いながらも、自分の式神より手際が良いと感じてしまっていた。

 「せっかく綺麗になっていた髪が台無しじゃありませんか。星巫女は強さだけでなく美しさも必要ですのに。これでいいですわ」

 奏が、櫛をしまいながら満足そうに頷く。

 「ありがとうございます」

 朔は、ちょっと照れながら礼を言った。

 「礼には及びませんわ」

 「な~に気取ってんだよ。朔が来るまで一番そわそわしてやがったくせに〜」

 梓は、意地悪な顔をしながら右肘で、奏の肩を軽くつつく。

 「う、うるさいですわね。同じ星巫女として心配するのは当然ですわ」

 照れた表情を見られないように、扇子で顔を隠す。

 「奏はそういう性分なんだからそれ以上からかうのはやめてやれ」

 「心配だったのはみんな同じ」

 「皆さん、本当にありがとうございます」

 朔は、満面の笑みで、四人に礼を言う。

 「中は外に比べて綺麗ですね」

 庁舎内は、外観に比べて綺麗な状態に保たれていた。

 「あたしも安心したぜ」

 「隊員達が毎日きちんと掃除をして清潔に保っている成果ですわ」

 「がんばってた証拠」

 「会議室へ行こう。長巫女様が待っている」

 弦の号令で、揃って歩き出す。

 戦闘時以外は、年長者の弦が自然と指示を出す役になっているのだ。

 すれ違う巫女達が、立ち止まって頭を下げて行く中、五人は軽く頷きながら、機構階段(エスカレーターのようなもの)に乗って二階に上がり、会議室と掘られた板が貼られている扉の前に立つと、自動で横に開き、中へ入っていく。

 室内は十六畳ほどの広さで、南側の障子からは光が差し込み、上座に長巫女様が座っている。

 「座れ」

 長巫女の命に従い、五人は用意されている五つの座布団に座っていく。

 「それで全員を呼び出したのは何用でございますの?」

 「その前に朔、奇神になった時はどうであった?」

 「自分が巨神体くらい大きくなったように気分でした」

 初めての経験だったので、どう説明していいのか分からず、感じたことをそのまま言葉にして伝える。

 「自分があんなにでっかくなるなんて想像もできねえな」

 「少しは頭を働かせて想定しておきなさい。次はあなたの番かもしれませんのよ」

 「全員が一体化できるようになるべき」

 「わたしも含めて三人共、いつでも巨神体と一体化できるように覚悟を決めておけ。長巫女様五人を呼んでの話とはなんですか?」

 「巨神体の今後の運用に付いて伝える」

 「そんなの通信でいいだろ」

 「最重要事項ゆえ直に伝えてお前達の意識を共有させるのだ」

 「それでどういう決まりになったのですか?」

 「巨神体は帝の預かりとなり今後戦場に出すかの判断は帝がお決めになる」

 「要請は誰が出すの?」

 「鬼械が出た時にお前達が出すのだ」

 「つまり鬼代相手には使えないということでございますわね」

 「そうだ。それと巨神体が戦場へ来る際には帝自ら出す特大鳥居で向かうことになる」

 「わたし達が出してはいけないのですか?」

 「巨神体を使うのは帝のご意志であることを都民に示す為だ」

 「巨神体は今どこにあるのですか?」

 「お前を外に出した後に禊をして鬼道妨害装置の前に立たせている。動かない時でも鬼から皇居を守る壁になるようにという帝のお考えだ」

 「野ざらし?」

 「これから祓用の配水設備を備えた大祠を建てる。一応神の名の付く物だからな」

 「そうですか」

 「どうせなら千年桜の横に立たせろよ。そうすれば一目見ようと都民が押し寄せて拝領金も倍になるから下手な税金よりよっぽど朝廷に金が入るだろうぜ」

 梓が、足を崩し、けらけら笑いながら提案した。

 「超都の象徴の横にあんな巨体があっては不釣り合い過ぎて都民から不評を買ってしまうぞ」

 「これですから美意識に欠ける人は困りますわ」

 「まったくお上品なこって。要はどう思う?」

 「わたしは面白いと思う」

 「お前は分かってるな〜」

 梓が、右手を伸ばして、要の頭を優しく撫でる。

 「お話が終わったのでしたら巨神体を見に行きたいですがよろしいですか?」

 朔が、長巫女に退室を願い出る。

 「よかろう」

 「失礼します」

 朔は、立って全員に一礼した後、会議室から出ていった。

 

 庁舎を出て、歩いて巨神体が立つ鬼門へ向かう。

 皇居の敷地内での異繋門の使用が、緊急時以外は禁じられているからだ。

 歩く最中、すれ違う役人達が立ち止まり、正しい作法で礼をしていく。

 朔は、星巫女である前に強力な霊力者でもあるので、守巫女隊以外の役人からも敬われているのだ。

 歩みを進めて行くと、すぐに巨神体と分かるものが見えてきた。

 巨大かつ人の形をしているので、遠くからでも分かるほどに目立っているからだ。

 その前には多くの役人達が、見物に来ている。

 「これ、どかぬか。わしが見えんではないか」

 見物人の最後尾に居る男が、どくように声を張り上げている。

 「建設大臣、どうされました?」

 「これは朔様、たいへんお見苦しいところをお見せいたしました」

 朔に気付いた大臣は、建設省の証である槌の印が刺繍された紫色の服を整え、畏まった態度で返事をした。

 星巫女の前では、大臣といえど横柄な態度は取れないのだ。

 「もうおかげんの方はよろしいのですか?奇神を操られた後、お目を覚まさず社でお休みになっていると聞き及びましたが」

 「お心遣いありがとうございます。もう大丈夫ですよ。巨神体を見にいらしたのですか?」

 「それもありますがこれから巨神体用の大祠を建てますのでその指揮を取りに来たのでございます」 

 やや照れくさそうに、事情を説明する。

 「分かりました。わたしも見ていくとしましょう」

 歩みを進め、役人達が礼をしながらどくことでできた隙間を通って、鬼力妨害装置の前に居る巨神体の正面に立つ。

 立ったまま目も輝いていないと、ただの巨人像だが、後ろに巨大な剣の形をした装置があることで、鬼と戦う神機としての力強さが強調されているように感じる一方、中に入って動かした身としては、像ではなく乗り物にしか見えない。

 「そこに居るのは星巫女様ですかな?」

 巨神体の後頭部から男が顔を出し、大声で訪ねてきた。

 「そうですが、どなたですか?」

 「やはりですか。今そちらへ参りますぞ」

 男は、全身を出すと、足場も無いのに階段を降りような動作で下ってくるので、空中浮遊が使えるあたり、上級の霊力者だと分かる。

 「挨拶が遅れましたな。自分は巨神体建造の指揮を取っておりました新井義右衛門あらいぎえもんと申します。霊力段位四段にございます」

 恭しく頭を下げながら名乗った後、左手に付いている服と同じ青色の承認勾玉を見せて、自身の身分を示す。

 承認勾玉の色は段位の高い順に紫、青、黄、赤、白の五段に別れていて、義右衛門の青色は朝廷の役人になれるだけでなく、重役にも就ける色だった。

 「巨神体はあなたが作ったのですか?」

 「正確には親父の仕事を引き継いだだけです。なにせ完成まで五十年以上かかってまして親父は三十年くらいの時に死んでその後を自分が担当することになったわけです」

 「それほどの時間が掛けられているのですね」

 「あなた方の強力な霊力を巨体の隅々に増幅かつ超速で流す超速霊導増幅機に表面には頑丈かつ神聖さも出す為に新素材に霊験あらかたな武神像を溶かして混ぜ込んだ新合金を使いまして滑らかな動きを可能にする為に新造した関節機構とあらゆる分野の新技術の塊を誤作動無く機能させなくてははりませんでしたからな」

 専門分野の話だからか、口を挟む隙も与えず、捲し立てるような早口で説明してくる。

 「それはさぞご苦労されましたね。完成して問題無く動かせたとあればお父上もさぞお喜びになるでしょう」

 分からない単語が多いせいで、全ては理解できないながらも労いの言葉をかけた。

 「ありがたき御言葉。親父にも聞かせてやりたかったです」

 義右衛門は、長年の親子の苦労が報われたと分かって、喜びが溢れたのか、目に涙を浮かべながら返事をする。

 「神と名が付くからなのでしょうが何故ここまで人の形に拘っているのですか?顔も武神像のように鼻や口まで付ける必要は無いと思いますが」

 「それは長巫女様からの強いご要望でして、なんでも鬼と戦う物である以上、人の形をしていなければならないとか」

 「確かに一体化するのに獣では四つん這いにならないといけませんからね」

 「それとやろうと思えば口も動かせますよ。ちゃんと可動機構に歯も仕込んでありますからね。それで実際に動かしてみていかがでしたか?」

 涙を拭って気持ちを切り替えたのか、目を輝かせながら動かした感想を聞いてくる。

 「戦いに夢中だったのでどこまで正確に伝えられるか分かりませんが操るというよりは自分が物凄く大きくなったみたいでした」

 長巫女達に話した時と同じく、炎浄になっていた時の事を思い出しながら話す。

 「なるほど。なるほど。それで動かしてる時に違和感はありませんでしたかな?」

 「それと大きく感じる一方で中居る自分のこともしっかり感じ取れているのがなんとも奇妙でしたね」

 「そういう感覚なのですね」

 感心するように、何度も頷く。

 「まさかこれまで動かしたことは無かったのですか?」

 「その通りでございます。動かしたのは昨日が初めてです。なにせ起動実験をしたくてもあなた方ほどの霊力者でないと動かせませんし、低い者が動かそうとすれば巨神体の重みを受けきれずに潰れて死んでしまいますからね」

 「あの重さは本当に死にそうになりました」

 「やはり乗った感想は参考になりますな~」

 義衛門は、うんうん頷きながら返事をする。

 二人が話しているところへ、黄色の服を着た役人の行列が近付いてきて、最後尾に居るのは、金色の鹿が引く車輪付きの御椅子に乗り、左右に金の鎧を着た護衛を従える帝だった。

 帝を前にして、朔や大臣を含め、その場に居る全員が、かしずいて頭を下げる。

 鹿が、巨神体の前で止まり、膝を付いて消える間で、付き添い役が霊創術で日傘と内輪を出して、帝に最適な環境を作っていく。

 「朔よ、ここに居たのか。昨日は御苦労であったな。これからも超都を守る為に励んでくれ」

 「ありがたきお言葉にございます」

 「それにしても直に見ると大きいな。我が治世中にこのようにものを目にするとは思わなかったぞ」

 巨神体を見ながら話す声は少しばかり高く、珍しい物を前にして、気持ちが高揚しているのだろうと思った。

 「長巫女から聞いていると思うが巨神体は我の預りとなり我の承認でのみ使えるようにする為、これから建てる大祠の回りに結界を張りに来たのだ。時間があるならば見ていくといい」

 「そうさせていただきます」

 「それでは作業を始めさせていただきます」

 建設大臣が、作業の開始を告げると、帝は小さく頷く。

 「初めに禊用の排水口を開けますので巨神体を移動いたします」

 作業員達が、巨神体を移動させるべく、周囲に集まっていく。

 「巨神体はわたしが動かしましょう」

 朔が、作業の代行を申し出る。

 「朔様、よろしいのですか?」

 「体調も問題ありませんし、わたしが動かせば皆さんの負担も減らせられて効率も上がりますからね。帝、宜しいでしょうか?」

 「許可しよう。我も動くところを間近で見てみたい」

 「ありがとうございます。開胸」

 帝の許しを得て、異繋門を通じて開いた胸から中に入り、巨神入魂と叫んで巨神体と繋がる。

 二回目とあって、すぐに重さを相殺できた上に装甲結界を行わないので、体への負担も少ない。

 「どこへ移動させればよろしいですか?」

 「そのまま三歩お進みください」

 「皆さん、動きますから離れてください」

 朔の警告を聞いた役人達は左右に散り、帝は御椅子に座ったまま、護衛役に担がれて運ばれて離れていく。

 全員が離れたのを確認して、一歩を踏み出すと、巨神体が動くのを初めて目にした役人達は感嘆の声を上げ、帝でさえも微かに目の色を変えていた。

 帝の御前なので、できるだけ音と振動を出さないよう、ゆっくりと地面に足を付けるよう心掛けるが、それでも役人達の足元をふらつかせ、護衛役が御椅子を落とさないよう力ばなければならないほどの揺れを起こしてしまい、足を離した後には大きな足跡を残してしまう。

 さらに歩みを進める巨神体の様子を役人達どころか大臣までもが、勾玉の撮影機能を使って記録していた。

 「この辺りでよろしいですか?」

 指示通り三歩進んだところで動きを止め、大臣に確認を取る。

 「はい、そこであれば問題ありません」

 それから巨神体を振り向かせると、初めに立っていた場所には、大男型の式神四体が両腕を動かして、大きく深い穴を掘っている。

 掘り終わる間で、物質の輸送に使われる大きめの異繋門から建設資材が出てくると、作業員は二班に別れ、一班は部品を組み合わせ、二班が穴の回りを石膏で固め、配管を入れるなどの配水設備を整えていく。

 組上がった部品は、中心部に太い支柱の付いた台座になり、式神四体で持ち上げ、排水口の穴にある接続部に刺して固定した。

 「朔様、巨神体を台座の上にお乗せください」

 「分かりました」

 巨神体を動かして、台座に向かい、乗せる為に右足を前に出す中、支柱が折れたり、滑って落ちはしないかという思いから、鬼械と戦う時とは異なる緊張が走る。

 「乗せましたがこれでよろしいでしょうか?」

 「完璧でございます」

 「正面を向かなくてもよろしいのですか?」

 「台座自体を回すので問題有りません」

 大臣が、説明した後、台座は巨神体を乗せたまま揺れも傾きもせず、時計回りにゆっくり回って、帝達の居る正面を向かせた。

 「後は我々でできますので降りていただいてもけっこうですよ」

 「そうさせてもらいます」

 巨神体から降りた後、作業員達は残りの資材と霊創術で生み出す道具と式神を使い、大祠の建築工事を始める。

 建設大臣は、式神を出し、巨神体の回りに柱を打ち込み、木材を組合わせ、瓦屋根を乗せ、しめ縄を巻いていくといった各作業に対して、一体の割合で付けて、指示を出していく。

 朝廷直属の作業員達だけあって、正確かつ手早い。

 「完成いたしました」

 大臣の報告の後、巨神体の回りには、瓦屋根に四本の柱に漆喰の壁、中の天井には禊用の巨大な蛇口が付き、床には台座の回りに排水口があるなど、神と名の付く健造物に相応しい祠が出来あがっていた。

 「これより禊の浄水試験を行わせていただきます。義衛門」

 大臣の指示を受け、頷いた義衛門が右手を上げる間で、天井に付いている巨大な蛇口から出る大量の水が、巨神体に降り注いで全身を濡らしながら、台座回りの排水口へと流れていく。

 義衛門の合図で水が止まると、巨神体は全身が湿りによる光を放ち、穢が洗い流されて、清められたように見えた。

 「巨神体の大祠、これにて完成でございます」

 「皆の者、ご苦労であったな」

 「ありがたきお言葉にございます」

 大臣や義衛門を含む建設作業に従事した者達が、帝からの労いの言葉を噛み締めるように、頭を下げる。

 「これより結界を張る」

 御椅子から降りた帝が、歩いて巨神体の正面に立つ。

 帝が、霊力を使うとあって、周囲の空気が一変し、朔ですら身構えずにはいられない。

 両手を前に出すと、金色の光の粒として具現化された霊力が、祠全体を包んでいく。

 「朔、刀でしめ縄の下を打てみよ」

 光が消え、手を降ろした帝が、朔にを命じる。

 「霊装!哀斬刀!」

 出した刀を両手に持ち、八相の構えをした後、言われた場所に刃を力いっぱい当てると、硬い岩か金属を叩いたようなき~んという音が鳴って、朔は弾き返されてしまう。

 「お前の刀が防げるのであれば結界は完璧だな」

 「はい、これなら誰も不用意に巨神体に触れることはできませんね」

 「星巫女の武器が通じぬからな」

 そう言って微笑む帝の笑顔は、年相応の少女のようだった。

 「我は皇居へ戻るがお前はどうする?」

 「私は千年桜を見に行きます」

 「ではな」

 帝が、御椅子に乗る間で、金色の鹿が現れ、皇居へと運んでいく。

 金色の鹿は、帝の式神だったのだ。

 「私共も戻ります」

 大臣が礼した後、義衛門や作業員達も礼をして、朔の前から去って行く一方で、役人達は大祠に収まっている巨神体を承認勾玉の録画機能を使い、なめ回すように全身の隅々まで記録していた。

 朔は、大臣達を見えなくなるまで見送った後、大祠から離れて物陰へ行き、霊操術で光の加減を操作をして、周囲から見えない状態にし、気配も消した上で、その場から高く飛び、皇居の南側に生えている一本の桜の近くに着地する。

 その桜は百六十五尺(約五十メートル)ある巨木で、周囲を四角形に組まれた柵に囲われ、四隅には桜色の胴着を着て薙刀を持ち、左手に義衛門と同じ青い承認勾玉を付けた女性隊員が立ち、周囲の警戒に当たっている。

 柵の側には石碑があって、初代星巫女の渡邉薙わたなべのなぎが埋葬された場所から生えてきた樹齢千年になり、千年桜という名前で今は平千京の象徴になってるという成り立ちの内容が彫られていた。

 厳重警戒が敷かれてる中、柵の前は見物客で溢れ、舞い落ちる花びらを拾い、承認勾玉で写真や動画を撮ったりしている。

 千年桜は、拝観料を払えば一般都民も見ることが許され、超都の象徴が近くに見られるとあって、見物客は連日後を絶たない。

 そのような状況下で、星巫女の自分が姿を見せれば、見物客が驚いて大騒ぎになるのは明白で、見える状態で行かなくて良かったと思う。

 足が着く直前で術を使って速度を緩め、枝を痛めないようゆっくり着地する。

 いつも座っている太めの枝に腰を降ろし、軽く息を吐いて、戦いが終わった後、本殿でくつろぐ時のように体の力を抜く。

 星巫女は、千年桜へ直に触れることが許されている。

 桜の下で眠る初代星巫女の渡邉薙は朔の先祖で、枝に触れていると、本来なら会うことのない血縁者と時を越えて対話している気分になれて、心が安らぐのだ。

 少しして立ち上がり、超都で一番高い場所から景色を眺める。

 街並みと遠くの山々が合わさった絶景を目にして、自分が守るべき場所の素晴らしさと尊さを再認識させていく。

 しばらく眺めた後、表情を引き締め、ひとっ飛びして自分の社に戻る。

 「鬼災地きさいちの禊の儀式は誰がやりましたか?」

 社の庭に着いたところで、四人に通信を送って、鬼と戦った場所に付いて尋ねる。

 「一鬼とはいえ巨大だから四人でやった」

 弦が、四人を代表して答えた。

 「それなら私も今からやりに行きます」

 「いいな。盛大にやってやれ」

 「髪はわたくしが整えていますから見た目も問題ありませんしね」

 「行ってきて」

 「はい」

 朔は、異繋門を出して、昨晩鬼械と戦った場所へ行くと、集まった都民達が不安そうに眺める中で、復興隊が門を使い、瓦礫の除去作業を行っていた。

 「すみません。少しの間、作業を止めてください」

 中に入り、復興隊の隊長に作業の中断を要請する。

 「分かりました」

 「皆さん、わたし達星巫女はどんな鬼が来ようと決して負けません。それを覚えておいてください」

 復興隊が作業を中断した後、集まっている都民に向けて、自身の決意を聞かせる。

 「私の祓の儀式である千刀演舞を御覧ください!」

 両手を上げて霊力を放ち、刀や楽器を持った巫女型の式神を千体呼び出し、鬼災地の隅々に配置した後、演奏に合わせて演舞を行う。

 鬼によって被害が出た場所は、忌避の意味を込めて鬼災地と呼ばれ、復興作業を行う前には、穢の中でも最も悪質とされる鬼の穢を完全に払う為に、星巫女が祓の儀式を行う決まりになっているのだ。

 演舞に興じる最中、社で書いた札を千早から出して投げ、一枚一枚の軌道を操作して、見ている都民達に配っていく。

 祓の儀式の際には、被害にあった都民の不安を少しでも和らげる為に、星巫女直筆の札を配る決まりになっているのである。

 集まった都民、監視雁からの映像を各地区に接地されてる大型映像板(TVモニターのようなもの)で見ている者達は、朔の演舞に見とれる一方、死んだ者達の冥福を祈り、地区の復興と超都の平和を心から願うのだった。


 鬼姫は、真っ暗な道を歩いている。

 光が一切無く、周囲には霧のような冷気が漂う道を、先が見えているかのように迷いなく進み、唇をきゅっと結んだ顔に白い肌と相まって、自動人形のようだった。

 「おかえりなさいませ。鬼姫様」

 しばらく進むと、左右に青白い明かりが灯る洞穴の入り口が見え、そこから翁の面を被り腰の曲がった者が出てきて、面通りの老人のようなしわがれた声で、出迎えの言葉を言ってきた。

 「毒翁どくおきな

 「鬼械の方はいかがでしたか?」

 鬼姫は、返事の代わりに右足を突き出し、毒翁の腹をおもいっきり蹴って、地面を転がす。

 「負けたわ。馬鹿者が。超都に奇神なるものが居るとは思わなかったぞ」

 「おそらく長巫女の策にございましょう」

 毒翁は、痛そうな素振りも見せず、蹴られた腹を右手で押さえながら返事をする。

 「星巫女よりも厄介な奴じゃ。それで次の用意はできているのであろうな?」

 「もちろんでございますとも」

 立ち上がった毒翁が、右手を向けた洞穴の中は、通ってきた道とは比べ物にならない広大な空間があって、そこには幾つもの台座に乗せられた無数の鬼力機関が、息をするように不気味な光を放っているのだった。

 

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