第2話 奇神(くしがみ)

 「巨神体ってなんだよ?」

 「鬼械に対抗するべく作られた神機だ」

 司令室の巫女全員が、初めて耳にする情報に顔を見合わせて戸惑う中、長巫女が自身の前に表示する文字盤を操作した後、囲い内に避難隊や朔達が使う異繋門の何十倍どころか、鬼械が通れそうなくらいの大きさの門が出現した。

 「これはまた馬鹿でかい門じゃな。何が出て来るのか見てやるとしようぞ」

 鬼姫は、鬼機に停止を命じて楽しそうに微笑み、五人が緊張した面持ちで息を飲む中、鳥居から初めに出てきたのは、爪先に五本指のある人の足に似た巨大な右足で、機械のように駆動音を鳴らしながら地面に足が付くと、大きな地響きが起こり、左足に続いて、鬼械と同じくらいの巨体が現れ、直立した姿勢で動きを止める。

 「これが巨神体」

 朔が、見上げながらゆっくりと声を名前を呼ぶ。

 鬼機と同じくらいに巨大で、炎に照らされた表面は、鉄か鋼のように硬い光を放ち、神という名前から思い浮かべる姿と全く異なっていたからだ。

 「朝廷め、こんなものを用意してるとは驚きじゃ」

 「それにしてもでかい割りになんか貧相じゃないか?」

 梓の言う通り、巨神体は関節などの一部を除いて、全体が人形のように白く、体や手足は人間の筋肉のような造形なので裸のように見えてしまい、人と同じく鼻や口もある顔に付く二つの目が光っていないどころか、武器も持っていない為に鬼械と見比べると、どうしても貧弱かつ無防備に見えてしまうのだ。

 「長巫女様、これでどうしろというんですの?」

 「言霊を込めて開胸と言えば胸部が開いて中に入れ、巨神入魂と言うことで巨神体と繋がり、その際に体に掛かる巨神体の自重を霊力で緩和させることで手足のように操ることができる。後はお前達の中で誰がやるかだ」

 「私がやります」

 朔が、真っ先に名乗り出る。

 「いきなり過ぎだろ。最初に五色破魔矢を使った時みたいに死にかける気かよ」

 「軽率過ぎですわ」

 「成功するかどうか分からないんだぞ」

 「朔に何かあったらやだ」

 四人揃って、朔の申し出を否定していく。

 「どうした?そのでかぶつで芸をやなるのであれば早く見せよ」

 鬼姫は、いつの間にか鬼械の右肩に座り、両腕を組んで右足を左足に乗せるという余裕かつ芝居見物でもしているような態度で、先を続けるよう煽ってくる。

 「大丈夫です。必ず成功させますから」

 四人を安心させるように笑顔で返事をした後、巨神体と向かい合う。

 「開胸!」

 言霊を叫ぶと長巫女の言う通り、巨神体の胸部が左右に開き、異繋門を使って中に入り、土台のような場所に足を着けると自動で閉じられ、周囲が暗闇に覆われていく。

 「これは舞台?」

 右手に出した火の玉で内部を見回すと、今立っている五芒星が書かれ、点となる部分に玉の付いた円形の舞台以外には、照明器具さえない暗い空間だった。

 「今立っているのは伝心舞台といってお前の動きを巨神体に伝える場所だ。舞台の中心に立ち言霊を込めて巨神入魂とが発すれば舞台から出る繋糸つなぎいとがお前と巨神体を繋げる」

 「分かりました。巨神入魂!」

 舞台の中心に立って叫ぶと、応えるように舞台全体が光り、同時に輝く五つの玉から放出された光の糸が朔の首裏、手の甲、膝へと繋がっていく。

 「ぐうぅぅぅ〜」

 微かな違和感を感じた瞬間、凄まじい重さが、のし掛かるというより体内に流れ込んで来るように全身を駆け巡り、繋がるという言葉とはほど遠い感覚に見舞われていく。

 「突っ立ったままだぞ。本当に大丈夫なのか?」

 巨神体の外では、梓達が不安気に様子を伺っている。

 「動きますわよ」

 奏が、指差す中、巨神体は前屈みになった途端に傾き、顔面から地面に激突して、轟音を鳴らしながら土煙を上げて突風を起こす。

 「あっはははは〜!なんと、これほどまで豪快に倒れるとは腹が痛いわ!」

 鬼姫は、右手を腹に当てて大爆笑する。

 「朔、何やってんだよ〜!」

 「大丈夫なんですの〜?!」

 「早く立て〜!」

 「そのままではだめ」

 四人が、呼びかけるが、巨神体からは全く反応がない。

 「よう笑ったわ。もう満足じゃ。そんなでかいだけのがらくた人形なぞ壊してくれる。やれ」

 肩から降りた鬼姫の命を受けた鬼械は、巨神体に近づき、左手で頭を鷲掴みにして、顔の高さまで持ち上げる。

 「てめ~!止めやがれ〜!」

 梓が、叫びながら鬼械に飛びかかっていく。

 「邪魔すると危険じゃぞ」

 鬼姫の警告の後、鬼械が金棒を軽く振って起こした突風をもろに浴びた梓は吹き飛ばされ、地面に叩きつけられそうになるが、奏が起こす風に浮かされることで激突を免れた。

 「まったく余計な手間をかけさせないでくださいまし!あなたまでやられたらどうしますの!」

 「けどっこのままじゃ朔がやられちまうぜ!」

 梓が、現状を嘆く中、鬼械は後ろへ引いた金棒を勢いよく振って、巨神体の腹部に直撃させて吹っ飛ばす。

 巨神体は、地面に激突し、その弾みで後転して、倒れた時と同じくうつ伏せ状態になってしまう。

 「砕けると思ったが頑丈じゃな。ならば木っ端微塵になるまで打ってくれるわ」

 鬼械は、金棒から電を放出させた状態で、巨神体へと近付いていく。

 危機が迫る中、朔はうつ伏せのまま動けずにいた。

 全身に掛かる巨神体の重さに耐えるのが精一杯で、指一本どころか口を開けることさえできず、何故動かせないのか?と思っていたからだ。

 「動かせないのは巨神体を別物と思っているからだ。巨神体は武器や鎧ではない。お前が鬼と戦う為の巨体なのだ。体ではなく魂で繋がれ。神の体と人の魂が真に繋がる時、巨神体は奇跡の力を持つ奇神くしがみとなるのだ」 

 長巫女の言葉に従い、体ではなく魂かで巨神体と繋がることを頭に思い描いて、繋糸により強い霊力を流す。

 「今度こそ完全に破壊せい」

 巨神体の目の前で止まった鬼械が、命令を実行するべく雷の金棒を両手に持ち、上段の構えから勢いよく振り下ろす。

 「朔〜!」

 四人が、朔の名を叫ぶ中、辺りに轟音が鳴り響く。

 「何?」

 声を上げたのは四人ではなく、鬼姫だった。

 予想外の事態を目にしたからだ。

 巨神体が体を起こし、金棒を避けていたからである。

 「何をしておる。早くその木偶人形を壊してしまわぬか」

 鬼械は、金棒を振り上げて殴りかかってくるが、巨神体は突き出した右肩を腹部に当てて、突き飛ばした。

 「朔。大丈夫なのか〜?!」

 梓が、巨神体に呼びかける。

 「心配をかけて申し訳有りません。もう大丈夫です」

 返事をする朔は、繋糸を通じて指先から爪先まで全体に意識を行き渡らせたことで、巨神体と同じ目線でものが見え、外の暑さといった空気感まで感じ取れているのだった。

 「戦う姿を思い浮かべて言霊を込めて装甲結界と叫べ」

 「分かりました。装甲結界!」

 言霊に乗せて叫びの後、巨神体の足元から吹き出した炎が足、腰、腕、肩、胸の順に武士の甲冑に似た重装甲へ変化し、胸部装甲の中心には銀色の勾玉の意匠が施され、頭部が斜めに伸びる鍬形の付いた兜に覆われた後、両目が強い輝きを放った。

 「奇神くしがみ炎浄えんじょう!」

 朔が発する奇神名が、囲い中に轟く。

 「強そうな格好になったじゃないか」

 梓の言葉通り、全身が重装甲に覆われ、命を得たように両目を光らす炎浄は、貧弱に見えていた巨神体と違い、鬼械と渡り合うに相応しい姿になっていて、四人が抱いていた絶望を払拭させるのに十分な存在感を示していた。

 「鎧を着るとは大した芸ではないか。どれほどのものか見てやろう。やれ」

 体勢を立て直した鬼械が向かってくるが、炎浄は立ったまま動かず、金棒が振り下ろされると、朔の動きと寸分の差も無く左腕を上げ、左肩の装甲で攻撃を受け止める。

 金属を強く叩くような音が辺りに響くが、炎浄の装甲は割れも砕けもしないどころか、亀裂すら入っておらず、中に居る朔は痛みどころか、当たった感覚すらない。

 「あれが装甲結界の効力なのか」

 弦が、驚嘆の声を上げる中、炎浄は左腕を横に振って金棒を払い、右手を伸ばして鬼械の角を掴んで引き寄せた後、右腕をおもいきり前に突き出して根本からへし折り、その反動で本体を押し倒して地面に叩き付けた。

 「やったぞ~!」

 「でかしましたわ~!」

 「なんて力だ」

 「凄い」

 奇神の力を目の当たりにした四人が喝采を上げる中、炎浄は角を握り潰した後、鬼械に背を向け、しゃがんで両手を使って瓦礫をどかし、中から気を失っている十人ほどの都民達を拾い上げ、四人の前にゆっくり降ろす。

 「この人達の救助を頼みます」

 「任せとけ」

 四人は、異繋門を出して、囲いの外へ運んでいく。

 「そんなくず共の為に勝てる機会を逃すとは愚かなことよ」

 「私は都民の守る者だから」

 「大した心がけじゃ。さっさと立たぬか」

 立ち上がった鬼械は、折れた角を再生させた後、金棒に雷を帯びさせながら走ってくる。

 「哀斬刀!」

 朔が、右手に刀を出すのに合わせ、炎浄の右手に同じ形の巨大な刀が出現し、柄を両手で持ち、正眼の構えを取って鬼械に切っ先を向けると、長大な刃が己の威力を誇示するように強烈な光を放つ。

 構えたまま炎浄を走らせ、鬼械へ向かって行く。

 地響きを起こしながら距離を詰めた二体が、武器を振り合う。

  ~~~~っ!

 二つの武器がぶつかった瞬間、誰も聞いたことが無い激音が辺りに轟き、衝撃により発生した突風が周辺の建物を土台から吹っ飛ばし、さらに水が破裂したのように飛び散る雷の粒が、二体の足元にある残骸を弾き飛ばしていく。

 「ふんっ」

 近くに居る鬼姫は、しょうめんに鬼力の壁を張ることで、突風から身を守った。

 「映像が途切れたぞ。どうなっているか?」

 長巫女が、波線しか映さない画面に付いて、巫女に尋ねる。

 「申し訳ありません。先程の突風で周辺の監視雁が破壊されたか吹き飛ばされて映像が途切れたようです」

 「ならばすぐに別のを飛ばせ」

 「ただいま」

 返事の後、目から撮影した映像を超都中に送る雁型の式神である監視雁の群が、二体を映せる距離に集まっていく。

 何度目かの打ち合いの後、鬼械は後ろに飛んで攻撃をかわし、着地する間で金棒から雷を放出する。

 炎浄は、前方に高く飛んで攻撃を避けつつ、刀を背中まで振り上げ、鬼械へ向かって行く。

 「はああぁぁ~!」

 朔の気合いの籠った声に乗せて降り下ろされた刃は、鬼械が降り上げた金棒を叩き斬り、そのまま右腕までも斬り落とす。

 金棒と右腕が地面に当たって、轟音を上げて転がる中、鬼械は怯むことなく左手で殴りかかるも、炎浄は頭を下げてかわしながら右手だけで持った刀を振り上げ、左腕を斬り落とした。

 両腕を失なった鬼械は、口から炎を吐き出し炎浄に浴びせてきた。

 「これで終いじゃ」

 鬼姫が、ほくそ笑む中、突如巻き起こった猛烈な突風が炎をかき消し、収まった時には刀を振った姿勢で立つ無傷の炎浄が姿を見せた。

 刀を大きく振り、それによって起こした突風で、炎をかき消したのだ。

 「お前の穢れた炎でこの炎浄を傷付けることはできない!だが、炎浄の炎はお前を滅ぼすことができる!」

 朔が、叫びながら突き立てた人差し指と中指で刃をなぞっていき、炎浄も同じ動作をすると、鍔から吹き出す炎が刀を覆った後、切っ先を天に向かって突き上げる。

 「火焔剣!一刀両断!」

 天に届くほどの炎を噴き上げる刃を降り下ろし、鬼械を頭から真っ二つにすると、燃え尽きる直前で大爆発して、木っ端微塵に吹き飛んだ。

 「奇神か、覚えておこうぞ」

 鬼械の破片が飛び散る中、鬼姫は背後に出した鬼道を通って姿を消した。

 「もう終わっちまったのかよ」

 「朔が勝ったのですからそれで良いですわ」

 「今夜は静かになる」

 囲い内に戻ってきた三人が、思った事を口にしていく。

 「鬼械に奇神か。まったくとんでもないものが出る時代に目覚めたものだな」

 半ば呆れたように言う弦の視線の先に立つ炎浄は、鬼械を倒したことで、その存在感をさらに増し、自分が慈悲や慈愛ではなく鬼を倒す為に作られたものであると、強張しているかのように見えるのだった。

 

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