第6話 胡蝶

 巫女装束を着て、頭に虫のような触覚を生やした女性型の式神数人が、畳を剥がすなど忙しなく動いている中、奏は髪飾りを外して髪を解き、装束を脱いで全裸になって裏にある滝へ向かい、禊を行う。

 胸に星巫女の証である銀の勾玉が埋め込まれ、梓や弦のような筋肉の盛り上がりは無く、滑らかな線を描くようなしなやかな体に水が流れ、前日の穢と顔に施した化粧を洗い流す。

 「終わりましたわ」

 禊を終え、化粧を落して十代の少女のような素顔を露にした奏の元へ式神達が来て、体を拭いて肌着と巫女装束を着せ、髪を乾かして櫛を使ってとかした後、ふたつ結いに仕上げ、右に白で左に黒の蝶の飾りを付ける。

 その後新しく用意された座布団に座った奏は、式神が持ってきた化粧道具を手に取り、自分の手で化粧を施していく。

 「朝食を持ってきなさい」

 「ただいま、お持ちいたします」

 化粧道具を片付けた後、運ばれて来た膳に乗せられているのは、湯気を上げ、炊き立てであることを示す五穀米と味噌汁だけで、他の三人と異なり肉類は一切無い。

 「いただきます」

 食前の挨拶をした後、箸を手に取り、綺麗な動作で、ゆっくりかつしっかり味わいながら食べる。

 「ご馳走さまでした」

 食後の挨拶に合わせ、膳が片付けられた後、式神が持ってきた習字道具を使い、札千枚を一気に書き上げていく。

 式神を全員消した後、障子を開け、浅靴を履いて外に出ると、空は薄雲に覆われ、太陽や青空は全く見えない。

 「こういう日も悪くないですわ」

 空を見た感想を言った後、異繋門を出してくぐった。


 出た先は、演舞場と掘られた看板を掲げていて、入り口の左右には天女像が配置され、仁王像が立つ道場とは趣きが異なると一目で分かる建物だった。

 自動で開く扉を通り、玄関に入ると正座した巫女が出迎えてくる。

 「おはようございます。真純ますみ

 「奏様、お待ちしておりました。全員、時間通り会場に集まっております」

 「それは大変けっこうなことですわ」

 浅靴を脱いで上がり、真純の後に付いて、足音を立てず廊下を進んで行く。

 壁や手すりに柱には、金や銀といった派手な色は使われず、彫られている生き物も獅子や龍といった猛々しい動物ではなく、蝶や鶴といった虫や鳥などで、全体的に落ち着きを感じさせる作りになっている。

 廊下を抜けると広い会場に出て、奥に一段上がった舞台があって、その手前にある座席には、座布団の上に正座した巫女達で満席になっていて、奏の姿を見ると礼をしていく。

 「皆さんおはようございます。稽古を始める前に皆様に大事な心構えをお伝えしておきます。それは都民を思う気持ちです。どんなに優れた演舞であっても人を思う気持ちが無くては穢れを祓うことはできません」

 「はい」

 舞台と座席の間に立つ奏の言葉に、巫女達が揃って返事をする。

 「初めにわたくしが手本を見せましょう」

 舞台に上がって霊力を放ち、楽器を持った式神十体を呼び出し、自分の姿が見えやすいよう袖に行かせる。

 式神が演奏する曲に乗せて動き始めるや、髪や裾が風になびくかのように軽やかに動き、その後は舞台の広さを存分に生かして、華麗に舞い踊る姿は、優美と表現するほかない。

 演舞が終わり、動きを止めた後、場内は静まり返り、演舞にすっかり魅了された巫女達が、恍惚の表情のまま座っているだけだった。 

 「皆さん、いつまでも惚けて無いでわたくしから見て右の方から順番に演舞を見せていってください」

 手を軽く叩いて、正気に戻した巫女達に指示を出す。

 右側の巫女達が、順番に舞台に上がり、自分達で呼び出した式神に曲を演奏させて、演舞を披露していく中、奏は席に座らず、中央の通路に立って観賞し、終わる間に合わせ、人数分の式神を出し、一人一人に割り当てていく。 

 「あなたは踊りの切れ悪い。あなたは音楽に体が付いていけてないですわ」

 欠点を指摘した後、式神を指導員にして演舞の指導を行う。

 祓いの儀は、星巫女だけのものではない。

 妖、事件事故、自然災害といった厄の大小に関わらず、祓いの儀を行うことが超都では義務付けられている為、朝廷認可の巫女が各省ごとに一定数配属させる決まりになっている。 

 奏は、今の星巫女の中で、武芸よりも演芸に秀でている為、巫女達に演技指導を行っていて、参加者は武芸の鍛練と同じく連日後を立たない。

 「今日はここまでにしましょう。皆様わたくしの言ったことを心に止めて良い演舞を行ってください」

 全員の指導を終えた後、挨拶をして演舞場から出て、異繋門で次に向かった場所は、中地区にある鬼災孤児保護施設だった。

 中に入り、世話係に案内されて広間へ行くと、孤児達が追いかけっこ、本を読む、玩具や呼び出した小さな式神で遊ぶなど、各々のやり方で過ごしている。

 中納者の孤児が入ってる施設だけに、汚れや綻びも無く見栄えもいい。

 「星巫女様だ~」

 「奏様~」

 奏の存在に気付いた孤児達が寄って来て、年少者は両手で押してきたり千早の裾や髪の先を掴んでくる一方、年長者は一歩引いて憧念の視線を向けていた。

 星巫女は、役目の一つとして、保護施設の慰問を行っている。

 鬼を倒す者と直に接しさせることで、孤児達の気持ちを高揚させ、精神的な傷害を少しでも癒そうという帝の考えの元で行なわれているのだ。

 「俺、朔様か梓様や弦様の方がいい~」

 一人の男児が不満を漏らすと、回りに他の男児達も声を上げずに頷く。

 「どうしてですの?」

 怒ることなく理由を尋ねる。

 「刀や銃の方がかっこいいから~」

 「わたくしだってかっこいいものは出せますわよ。ほら」

 言いながらかぶと虫やくわがた虫型の式神を呼び出して、孤児達の回りを飛ばして見せる。

 「うわ~かっこいい~!」

 「ご満足いただけましたかしら?」

 「うん、ありがとう」

 男児達は、嬉しそうに虫を追いかけ回す。

 それから蝶や蜻蛉に天道虫といった虫型式神を多数呼び出し、広間中に飛ばすことで、室内が孤児達のはしゃぎ声で包まれていく。

 そうした中で、一人の男児が近付いて来て、無言で千早の袖を引っ張ってくる。

 「なにかしら?」

 男児は、返事の代わりに映像板(現代のTVのようなもの)が映す、鬼械と戦う炎浄を指差す。

 「鬼を倒すところを見せれば子供達が喜ぶという朝廷の方針で流しているのです」

 世話係が、事情を説明した。

 「奇神を出して欲しいんですの?」

 男児は、さっきより袖を強く掴んで頷き、板を見ている他の子達も、期待の籠った視線を向けてくる。

 「分かりましたわ」

 頭に炎浄、雷豪、装龍の姿を思い浮かべ、三体そっくりの小さな式神を呼び出し、歩かせたり攻撃姿勢を取らせていく。

 本来は見上げなければならないほど巨大なので、動く姿は小さい武者人形のようだ。

 「ありがとう。それで奏様の奇神様はいつ出てくるの?」

 奇神を見て心が弾んだのか、男児は目を輝かせながら聞いてくる。

 「次の時には出してみせますわ」

 「約束だよ~」

 「もちろんですとも」

 約束を交わしてから演舞を見せたり、食事を振る舞ったりした後、子供達に見送られながら施設を出て、鬼災地へ向かい、復興隊を支援した。

 

 「奏です。ご当主、今からそちらに参りますがよろしいでしょうか?」

 「もちろんですとも。いつでもお待ちしております」

 支援が終わった後、通信相手から訪問了承の返事を聞き、目の前に異繋門を出してくぐる。

 出た先は水無月人形工房と彫られた看板の付いた大きな工場の前で、入り口の前には綺麗な作業着姿の男が立っていて、奏を見て礼をしてきた。

 「おはようございます。あなたが今のご当主ですか?」

 「はい、現当主の水無月信月みなづきしんげつと申します。お待ちしておりました。中へどうぞ」

 信月の進めるまま、工場の中へ入る。

 内部では一番奥の大型機械が作り、移動板(ベルトコンベアのようなもの)に流す部品に色を塗る、組み立てる、服を着せる、箱に入れて包装するといった人形製品の一連の工程を、十数人の職人と数百人の式神が行っていた。

 水無月人形工房は、人形の生産工場だったのだ。

 機構階段で上の階へ行き、入り口で浅靴を脱いで廊下を進み、試作品作成所と書かれた場所に通されると、十畳の部屋に数人の従業員が正座していた。

 「奏様、準備はよろしいですか?」

 「いつでもいいですわ」

 奏は、部屋の中心に向かいながら返事をする。

 「では」

 控えていた従業員達が、返事をして立ち上がり、両手を水平に上げた奏を中心に三方位の位置に着き、承認勾玉を向けて撮影機能を使い、全身をあらゆる角度からくまなく記録していく。

 「終了いたしました」

 信月の合図に合わせて、従業員が離れる。

 「いかがですか?」

 「しっかり撮れております」

 信月が、勾玉から浮かび上がらせた画面には、奏の鮮明な全身像が投影され、映像に添えた指の動きに合わせて、角度を変えていく。

 「五十年前より鮮明に撮れるようになってますわね。これならより良い商品が作れるでしょう」

 「もちろんでございます。少々お待ちを」

 信月は、勾玉を使って呼び出した五体の式神と霊操術で道具を出し、従業員が持ってきた材料から、顔や手足といった部品の彫像、服の裁縫、彩色、組み立てといった工程を行い、奏が踊る仕草で、躍動感を感じさせる人形をあっという間に作り上げた。

 上級の霊力者かつ人形師ならではの芸当である。

 「どうぞ。ご覧ください」

 信月が、差し出す人形を受け取り、上下左右にと角度を変えながら、じっくり眺めていく。

 「いかがでしょうか?」

 「素晴らしい出来映えですが目と口の形をもっとくっきりして髪はより艶やかで躍動感のある造形にして色も艶を濃くしてください」

 「畏まりました」

 信月は、素早く正確な手付きで、新しい材料から指摘された顔と髪を作り、本体とすげ替えた。

 「いかがでしょうか?」 

 修正された人形を手にして、じっくり見ていく。

 「これでいいですわ」

 満足に微笑んで、人形を返す。

 奏は、個人的な行為として、出雲家と縁のある水無月工房が販売する自分の人形の監修をしている。

 自分の人形を下手に作られたくないという思いもあるが、星巫女自身が監修した人形なら売り上げも向上し、水無月家の名声を高め、発展に貢献できるとの考えによる行為だった。

 「お疲れ様でございました。もう寅の刻(午後の三時)ですしお茶などは如何でしょうか?」

 「結構ですわ。これから別宅で昼食をいただきますので」

 「分かりました」

 「これにて失礼いてしますわ」  

 「父上、試作品の調整ができました。ほ、星巫女様~?!」

 帰ろうとする間で、入り口が勢いよく開けられ、三体の大きな人形を抱えた二十代の男が飛び込むように入って来て、奏を見るなり驚きの声を上げる。

 「連絡も無し入ってくる奴があるか!それも星巫女様の真ん前に出るとはこのたわけ者め!」

 「申し訳ありません。やっと三体の試作品が出来ましたので嬉しさのあまり連絡を忘れてしまったのです」

 「どなたですの?」

 「我が不詳の息子の忠月ただつきが失礼をいたしました」

 「本当に申し訳ありませんでした」

 親子揃って頭を下げる。

 「構いませんわ。それでいったい何の人形ですの?」

 忠月が、抱えているのは炎浄、雷豪、装龍と、これまで出た奇神の人形だった。

 「これはなんですの?」

 「鋼鉄可動人形にございます」

 「初めて耳にする名前ですわね」

 「奇神様が出てから水無月工房で人形は出さないのかと多数の問い合わせがありまして考え出された新商品の試作品でございます」

 「見た目もそっくりですわね」

 人形工房でも奇神の名前を聞くのかと思いながら、人形をじっくり見ていく。

 「朝廷の広報隊からお借りした監視贋の映像を徹底に分析して作っております」

 「手に取ってみてもよろしいでしょうか?」

 「どうぞ」

 信月の許可を得て、炎浄を赤子を抱えるように両手で持ち上げる。

 「思っているより重いですわね」

 両手にずっしり掛かる重みを、声に出す。

 「はい。奇神様の重さを出そうと表面の一部と間接に鉄を使っております」

 「間接にもですか?そこまでする必要はないでしょう」

 「重量がある分動かす上での強度が必要と考え間接にも鉄を用いたのです。試しに動かして見てください」

 言われるまま手足を動かしてみると、思うよりもよく動くが、間接に鉄が使われているからか、重くどっしりとした感じだった。

 「ここまで動くとは驚きですわ」

 「鬼と戦うあらゆるお姿を再現できる仕様となっております」

 「これを作ったのはご子息ですか?」

 「左様でございます」

 「かなりの腕ですわね」

 照れくさそうに頭を下げる忠月を改めて見ると、左手に承認勾玉が付いていない。

 「ご子息は無力者なのですね」

 「はい。生まれながらに霊力が無いので人形師としての腕を極めさせようと修行させているのです」

 信月が、忠月の肩に手を乗せ、満足気な表情で事情を話すあたり、腕を認めると同時に親子関係が良好であることが伺える。

 「これだけの腕があれば十分ですわ。幾らでお売りするつもりですの?」

 「十万魂(10万円)を予定しております」

 「随分強気のお値段ですわね」

 「大きいですし鉄も使ってますからこのくらいはいたしますね」

 「わたくしも奇神を出せば鋼鉄可動人形を作っていただけますか?」

 「もちろん作らせていただきますのでよろしくお願いいたします」

 「良い人形が作れますように励みます」

 笑顔で返事をするあたり、かなりの自信があるのだろう。

 「この三体より素晴らしい奇神を出してみせますわ。それとあなたにこれを」

 奏は、忠月の左手を優しく握り、左手から出した扇子を渡す。

 「奏様?」

 「良い鋼鉄可動人形を作る時の参考になるようこれを差し上げます。そしてあなたは霊力が無くても立派な都民であることを忘れないでください。それではこれにて失礼します。それとこれはご当主達に」

 忠月の手を離し、信月に従業員分の礼を渡した後、試作室を出て工場を後にした。

 「はぁ」

 誰も見ていないことを確認した上で、扇子で口元を隠して、軽くため息を吐く。

 まだ自分が達成できていない大きな課題がある事を、子供の質問と玩具という形で、突き付けられた気がしたからだ。

 「後ろ向きな考えなどわたくしらしくありませんわね」

 苦笑いを浮かべた後、異繋門を出してくぐる。

 

 出た先は、一間(約一メートル)ほどの幅の川に掛かった橋の前で、先には大きな木製の門があって、左右には漆喰の壁が広がっている。

 中地区だけあって、内地区ほど人通りは多くないが、奏に気付いた都民達は、礼をして去ったり勾玉で撮影したりしていた。

 「そこのあなた、隠れて居ないで出てきなさい」

 真後ろに建つ自防武神像に顔を向け、声を掛けると少しの間があって、おずおずと姿を見せてきたのは、白い小袖に赤色の袴を履き、草履を履いた十代前半の少女だった。

 「その服装からすると区巫女ですわね」

 「は、はい。この地区担当見習いの鈴音すずねと申します。霊力技能は二段にございます」

 おどおどした口調で名乗りつつ、左手の赤色の承認勾玉を見せ、巫女職が務められる資格があることを示す。

 区巫女とは、区内の祭りや神事など、朝廷の巫女が出向くまでもない事や災害時に人数が足りない時の補充要員として、区側が運営する巫女である。

 「区巫女がわたくしに何のご用意ですの?写真か動画かしら?それともお札をご所望?」

 ちょっと軽い口調で、用件を聞く。

 「私達に演舞指導をしていただきたいのです!」

 返事をする声は、さっきまでと違い、大きくて強く思いの強さと真剣さが伝わってくる。

 「他に指導して欲しい者も居るなら呼びなさい」

 「わ、分かりました」

 鈴音が、勾玉で連絡を入れて少しすると、二人の前に三人の区巫女を乗せた霊動引車が止まった。

 異繋門は、他人の家や商業施設への侵入などに悪用されないよう、緊急時以外は星巫女や朝廷の役人に物質の運搬業者などの一部を除いては、使用を禁止されているのだ。

 「これで全員ですか?」

 「はい」

 「普段なら誰も入れないのですが今日は特別ですわよ」

 門を開け、四人に入るよう促し、入れた後に閉じて、先頭に立つ。

 屋敷は木造の平屋建てで、南側には池が有り、その周辺に生えている桜の木や水草の周りを、蝶や蜻蛉といった虫が飛んでいる。

 その一方、敷地が雑草で覆われ、屋敷も瓦が外れたりと廃屋のような有り様で、四人は立ったまま言葉が出ない。

 「警戒睡眠から起きてから一度も来ていないですから荒れてるのですわ。今綺麗にしますから少々お待ちくださいませ」

 鈴音達をその場に待つよう言った後、霊力を放ち、式神を百体ほど呼び出して、雑草を刈り、屋敷を修繕し、室内を清掃するなどして、あっという間に全体を整備していく。

 その様に圧倒された鈴音達は、何も言えず立ち尽くす。

 「終わりましたわ。さ、お入りなさい」

 奏は、四人を池が見える見晴らしの良い部屋へ案内し、式神に昼食の五穀米ともてなし用にお茶とお菓子を持ってこさせた。

 用意された座布団に座る四人は、物珍しそうに辺りを見回している。

 「ここはわたくしの別宅で公務の合間に来てくつろいでいるのです。意外ですかしら?」

 「もっと豪華で煌びやかな内装なのかと思っていたので物が全く無いのが意外で」

 鈴音の言葉通り、部屋には大きな座敷机があるだけで、彫像や絵に壺といった調度品は一つも無く、とても殺風景な内装だったからだ。

 「鬼を倒せばまた眠りに付きますから必要な物以外は置かないようにしているのですわ。では食べながらでもいいですから事情を聞かせてくださいませ」 

 「私達は区巫女見習いで本格的に演舞を習う前に鬼械の襲撃で先生が死んでしまい他の地区や朝廷に演舞指導を頼んだのですが区巫女見習いということで掛け合ってもらえなかったのです。区巫女は一度演舞指導を受けねば儀式は執り行えません。最近鬼が出るようになり地区の方々も不安を募らせているので少しでも皆さんのお力になればと思いまして」

 奏が、聞きながら五穀米を食べ、それを見て気を許したのか、他の三人が菓子を食べたり、お茶を飲む中、鈴音は自分達の事情を話していく。

 「それでわたくしの別宅前で待ち伏せをしていましたのね」

 「はい。私達の住む地区に奏様の別宅があると知り、おいでになった時にご指導いただこうかと四人で交代しながら見張っていたのです」

 「事情はよく分かりましたわ。いいでしょう。あなた方の思い切りの良さと人を思う心に免じて指導して差し上げますわ。演舞の用意を」

 食事を終える間で、式神に命じ、池の上に即席の舞台を作らせていく。

 「まずはわたくしが手本をお見せましょう。あなた達は縁側で見ていなさい」

 縁側から飛んで、舞台に立つ。

 それからさっと風が吹き、奏の髪を軽く揺らした後、頭上を飛んでいた蝶に襲いかかる雀に向かって、扇子を投げて散らす。

 「可愛い雀を殺すなんて星巫女様は残酷だね~ 」

 桜の木から、へらへらした声が聞こえてきた。

 「鬼力で作られた雀に容赦はいてしませんわ」

 「よく分かったね~」

 返事をしたのは、桜の木の枝に立つ、修験僧のような格好の鳥面だった。

 鬼の出現という突然の事態に、四人は声も出せず、固まってしまう。

 「あなた達はそこで大人しくしていなさい。最近星巫女を狙って鬼動集がやって来てますから次はわたくしではないかと警戒していたのですわ」

 「蝶は鳥の餌なんだよね~」

 「お生憎様、わたくしは餌にはなりませんわよ。霊装変化!」

 舞台に立ったまま、戦う姿になる。

 「こちらへ」

 鈴音達の前にやって来た式神が、異繋門を出して、外に出へ逃がす。

 「無関係の人間を逃がすとは優しいね~。だけど思い通りにさせるつもりはないね。羽矢!」

 鳥面は、背中から出した翼を四人に向けるなり、言葉通り羽を矢のように飛ばしたが、屋敷の塀の前で全て跳ね返って落ちていく。

 「どういうわけだね?」

 「鬼を逃がさない為にこの屋敷全体を結界で覆っているのですわ。正に籠の鳥ですわね」

 わざと扇子で口元を隠し、嫌みをたっぷり込めながら何をしたか教える。

 「やるね~」

 その声には、さっきまで感じられなかった悔しさと怒りが込められていた。

 「お手合わせと参りましょう。大扇!」

 「羽裂刀はさきとう!」

 鳥面が、十数枚の羽を刀の形にして向かって来ると、奏は舞台を蹴って、飛び掛かっていく。

 奏と鳥面は、結界内を高速で飛び回り、交差して武器がぶつかる度に、激しい音を鳴らしていく。

 「わっちの速さに付いて来るとはさすがだね~」

 「わたくしの速さを鬼ごときと同じにしないで欲しいですわ」

 「なら、これを食らうね。羽針はねばり乱れ撃ち!」

 大きく広げた翼から、無数の羽を勢いよく飛ばしてくる。

 「大疾風波!」

 大扇を勢いよく扇いで発生させた疾風で、飛んでくる羽針を全て吹き飛ばす。

 「そんなもの避けるまでもありませんわ」

 「回りをよく見るね」

 周囲を見ると、無数の羽針に囲まれていた。

 「これで終わりね!」

 鳥面の合図で、羽針が一斉に飛んでくる。

 「自回転竜巻!」

 その場で回転して、自身が竜巻となり、羽針を一つ残らず吹き飛ばす。

 「そんな技まで持っているとは驚きね。それなら大回転突撃!」

 鳥面は、翼の先端を上に上げ、回転しながら突撃してきて、奏の竜巻とぶつかり、激突面から火花が上がるように、凄まじい霊力と鬼力の粒が飛び散る。

 鳥面の回転が緩み始めて、奏が打ち勝ち、弾き飛ばした。

 「もらいましたわ!」

 言いながら鳥面に急接近するなり、右手の扇を振って、腰を斬って真っ二つにする。

 「これで終わりですわね」

 言い終える間で、鳥面の断片が羽針になって崩れていく。

 「しまっ」

 振り返る間もなく、背後に現れた鳥面の羽裂刀で背中を斬られ、池に落ちて水柱が上がる。

 「これで終わりね~」

 鳥面が、満足に笑いながら、池に降りてきたところで、水面から飛び上がった奏が、扇で斬りかかって来る。

 「その手には引っ掛からないね~」

 攻撃を避けながら、羽裂刀で頭から真っ二つにするが、奏の断片は水と化して、こぼれ落ちていくだけだった。

 「どういうことね?」

 鳥面が、不思議がる間で、池から飛んでくる無数の大扇に全身を斬られ、撃ち落とされた鳥のように落下し、池に落ちて水しぶきを上げ、それと入れ替わるように奏が姿を見せる。 

 「今度は偽物じゃありませんでしたわね」

 「何故生きてるんだね?」

 「あなたと同じく霊力で作った偽物を斬らせただけですわ。さあどうされます?他の鬼のように鬼械の手なり足なりを呼んで逃げますかしら?この結界の中では無駄ですわよ」

 「手や足ではないね~」

 言い終わると地鳴りが起こって、池を突き破って鬼械の胴体が現れた。

 「今日はこれで引き上げね~」

 鳥面は、胴体に飛び付き、地面に開かれた鬼道を通って去って行った。

 辺りが静かになる間に合わせて、四つの異繋門が現れ、朔達が姿を見せた。

 「うまくいったか?」

 「行きましたわ」

 「さすが奏さんですね」

 「お前にしちゃやるじゃないか」

 「これで鬼動集の居所が掴める」

 「今度現れた鬼に目印を付けるなんて長巫女様も考えたものですね」

 「次はわたくしかもしれないとまで仰ってましたから心構えはしておりましたが本当に来た時は少々驚きましたわ」

 「この策に気付いたら奴等大慌てだろうな」

 梓は、馬鹿にしたように大笑いした。


 「この大馬鹿者が~!」

 鬼姫は、怒号を上げ、鳥面の腹をおもいっきり蹴って、岩壁に叩き付けた。

 「奴等に物を付けられたことも気付かず帰ってきおって。ここを嗅ぎ付けられたらどうする?」

 「申し訳ね~。申し訳ね~」

 鳥面が、起き上がって土下座して謝る様を、獣面達は笑いながら見ている。

 「まあよい。来たら来たで皆殺しにすればよいのじゃからな。毒翁」

 「ここにおります」

 「準備はできているか?」

 「もちろんにございます」

 「妾を驚かせてくれた礼に倍ほど驚かせてくれようぞ」

 鬼姫は、醜悪な笑み浮かべながら言った。


 「星巫女様、祓いの儀の準備ができました」

 鳥面撃退後、鬼災地に来た守巫女隊によって、結界が敷かれ、儀式の準備が整えられた。

 「誰が儀をやるの?」

 「奏の別宅なんだから奏だろ」

 「もちろんわたくしがやりますが一人ではやりませんわ」

 「もしかしてあたしとやりたいのか?それならそうと早く言えよ~。水くせえな~」

 梓が、笑いながら奏の肩をばんばん叩く。

 「誰があなたとやると言いましたか」

 奏が、右手に持つ扇子で、梓の手を強めに叩いて言い返す。

 「じゃあ誰とやるんだよ?」

 「あの子達ですわ」 

 結界の外に居て、様子を見ている鈴音達を指さす。

 「区巫女と一緒にやるのか?」

 「いけませんか?さあ、こちらへ」

 四人に手招きして、側へ来させる。

 「その四人はお前の弟子か?」

 「演舞を教える約束をしていたのですが鬼に邪魔されたのでここで実践を兼ねて教えようと思いまして」

 「それは良い考え」

 「ほらほら皆さんだけで話してるから四人が気負されてますよ」

 朔の言葉通り、四人は無言で突っ立ったままだった。

 一般都民である鈴音達からすれば、一人でさえ緊張する星巫女を五人も前にすれば、当然の反応だろう。

 「緊張しなくてもわたくしが補助いたしますから安心なさい。曲もあなた達が知っているものにいたしますから」

 とても優しい声で練習内容を説明すると、四人は多少緊張が解れたのか、表情から硬さが取れていく。

 「それでは参りましょう」

 奏は、四人を連れて、鬼災地の中心部へ向かう。

 「始めますわよ」

 「はい!」

 四人の返事を聞いた奏が、霊力を放って、楽器を持った式神達を呼び出し、演奏に合わせて五人で演舞を始めていく。

 初めの内は緊張しているのか、四人は音程に乗れず、動きもばらばらであったが、奏が風を操って補佐することで、次第に踊れるようになっていった。

 奏を中心とした演舞は、華やかさはもちろんのこと、四人の区巫女が一緒に踊るっていることで、初々しさが加味されている。 

 現地で見ている都民と、監視雁からの映像を画面で見ている都民は、華やかさと優雅さだけでなく、物珍しさと新鮮さを感じながら祈りを捧げていた。

 

 時は卯の時(午後の五時)、奏は社ではなく別宅にて、大穴が空いたままの池を見ながら正座している。

 鬼械が、自分所に来ると確信しての待機であり、来ればこれ以上の被害が出ると分かっているので、修繕しなかったのだ。

 立ち上がると式神も演奏も無しで、踊り出した。

 梓や弦と同じように、ただ待っているだけでは、芸が無いと思ったからだ。

 そうしてる間に日が落ちて、夜になり、街灯が付き超都に灯りをもたらし始めた頃合いで、暗雲が立ち込め、鬼影探知機が吠える。

 「来ましたわね」

 微笑みながら見上げた先には、妨害波が発射されるよりも早く、暗雲が形作った鬼の口から稲妻を落とし、爆音を響かせながら桜の木や別宅を吹き飛ばす。

 音が鳴り止まない中、敷地だけでなく、周辺の家々まで鬼代が埋め尽くし、その上からは五鬼の鬼力機関と共に腕組みした鳥面が降りてきた。

 「来てやったね~。」

 「やっぱりここに来ましたわね」

 別宅で唯一残った畳に座る奏が、焦ることなく平然とした態度で応える。

 「逃げる人間が見当たらないね?」

 「あなたが来ると思って予め避難させておいたのですわ。またわたくしの策に引っ掛かりましたわね」

 扇子で顔を隠し、わざとあざ笑う表情を見せないようにして、種明かしをする。

 「その程度では驚かないね~。鬼身創造!」

 鳥面の指先から出た電流を受けた鬼力機関が、鬼代を吸収して、鬼械の巨体を形成し、巨大な足が庭に着くことで、猛烈な突風が発生するが、奏は霊壁を張って身を守る。

 「五鬼とは弦さんの時の半分ですわね」

 奏の前に現れたのは赤、黄、青、緑、紫の五鬼で、装龍が倒した鬼械が使っていた大砲を担いでいた。

 「数で勝負するわけではないからね。これを見るがいいね~!」

 鬼械の足底から黒煙が吹き出し、足元いっぱいに広がると、巨体は敷地から浮き出し、屏風絵に描かれた雲に乗る風神雷神のように飛んで、皇居へ向かって行く。

 「鬼が飛ぶんですの?!」

 巨大な鬼が超都の空を飛んでいったのを見て、驚くあまり扇子で口元を覆うことも忘れ、大声を上げてしまう。

 「どうだね。驚いたかね~?お前達がどうするか楽しみだね~」

 鳥面は、あざ笑いながら鬼械に付いてくように、皇居へ向かって飛んで行く。

 「ほんとにとんでもない芸を見せてくれますわね~」

 奏は、悔しさのあまり食い縛る顔を、鳥面に見せないよう、扇子で口元を隠す。

 監視贋から送られる映像を通して、空飛ぶ鬼を見た都民達が怯える中、何の障害もなく、皇居上空に着いた五鬼は大砲で砲撃し、障壁によって防がれても攻撃を繰り返し、周辺を爆発による黒煙で覆っていく。

 「何をしている?!早くこの事態をどうにかせよ!障壁も永久にはもたんぞ!」

 小画面が表示され、恐怖と焦りを顔いっぱいに浮かべた左大臣が、対抗するよう訴えてくる。

 「長巫女様、わたくしが奇神で空飛ぶ鬼を倒しますわ」

 長巫女に通信を送り、自分が戦うことを伝える。

 「勝手に決めるなよ!」

 梓が、口を挟んできた。

 「わたくしは風を操って空を飛べるのですからこれ以上の適任者おりませんでしょう」

 「奏さんがそう言うのでしたらわたしは構いません」

 「今回は奏が適任だな」

 「奏しかやれない」

 「お前等な~」

 「奏、お前に任せよう」

 長巫女が、了承の言葉を口にする。

 「ありがとうございます。帝、巨神体の出神をお願いしますわ。ただし出す場所は皇居の上空にしてくださいませ」

 帝に通信を送り、要望を伝える。

 「どうして空なのだ?」

 「鬼は空が飛べるのですから地上に出してはやられてしまうからですわ」

 「それをやったらお前は空中で巨神入魂することになるができるのかよ?」

 「当然ですわ。それに上空に出せば鬼械を引き付けて皇居から離すこともできますでしょう。大臣達は監視贋の映像を見て慌てる都民を宥めてくださいませ」

 「分かりました」

 左大臣は、不安そうな顔のまま、画面を消す。

 「早くしないと障壁がもちませんわ。帝、お願いいたします」

 「分かった。巨神体、出神!」

 御椅子から立った帝が一線を引き、結界が解けた巨神体が動き出し、金の特大鳥居を通って皇居の遥か上空に姿を現したが、誰も乗っていないので、直立姿勢のまま落ちていく。

 奏が、移動鳥居を出してくぐって出た先は、超都の上空で、上からは急降下してる巨神体が迫って来ていた。

 「解胸!」

 風を操って落下速度を調節し、巨神体が間近に来たところで声を上げ、開いた胸部に吸い込まれるように中へ入る間に合わせて閉じられたが、降下による猛烈な風圧を緩和しきりれず、体を後ろの壁に押し付けられてしまう。

 「巨神入魂!」

 風圧を操作し、どうにか伝心台座に立つ姿勢を保って叫び、台座から出る繋糸によって、巨神体と繋がることができた。

 その後は、これまでと同様に巨神体に変化は起きないが、星巫女達で声を出す者は居ない。

 これまでの経緯から奏も必ずできると、信じているからだ。

 「あんな所から出すとは意外ね。やってしまうね~」

 奏が、落下の風圧を軽減するのに霊力を割いている為、自重を緩和しきれずにいる中、巨神体の存在に気付いた鳥面の指令を受けた赤、黄、青の三鬼が上昇してくる。

 赤鬼が撃った砲丸は、巨神体の右肩に直撃し、それによる爆発で吹っ飛ばされ、急降下だけでなく回転まで加わってくる。

 爆発の煙が晴れない内に青鬼の撃った砲丸を腹に受けて突き上げられ、続けて黄色の砲丸を左脇腹に受けて、横に飛ばされるなど、三鬼の攻撃によって、蹴鞠か羽根つきのように、あちこちに飛ばされてしまう。

 中の奏は、巨神体が直撃を食らう度に内部で起こる激しい衝撃を軽減させ、台座に立つ姿勢を保つのに精一杯で、自重を軽減させることができない。

 「あれだけ撃たれても壊れないとはほんとに頑丈だね。それなら障壁に叩き付けてやるね~」

 鳥面の命を受けた赤鬼が、巨神体の背中を大砲の砲身で強打して、皇居目掛けて叩き落とす。

 その様子を監視雁からの映像で見て、星巫女達は拳を握り、都民達が駄目だと思ったその時、障壁に当たる寸前で巨神体が停止した。

 「何が起こったね~?!」

 鳥面を含め、その光景を見ている全員が息を飲む中、巨神体は浮いたまま、体勢を垂直状態に立て直す。

 「ぼさっとしてないで撃つね~!」

 鳥面の命を受けた二鬼が、巨神体に向けて大砲を撃つ。

 「装甲結界!」

 奏の声に乗せて、巨神体の足元から発生した竜巻が全身を覆い、砲丸が当たるも爆発前に細切れにして、治まった後には手足が末広がりで、肩には横に伸び、腰回りに縦に伸び、胸には銀色の勾玉の意匠が施された装甲を纏い、頭部は額に胡蝶の舞をする巫女の飾りと蝶のような触覚が付き、炎浄や装龍とも異なる重甲でも重装でもない姿になった。

 「奇神!胡蝶!」

 奏の声に乗せた新たな奇神名が、超都中に轟く。

 「あれが奏の奇神か」

 「格好良いというよりは美しい見た目ですね」

 「綺麗」

 「まったくひやひやさせるんじゃねえよ」

 「観客をはらはらさせて登場の演出を引き立てるのも演者の務めですわ」

 「今回はそういうことにしておいてやるよ」

 「それにしてもここまで大袈裟な舞台装置は初めてですわね。では皆様、これよりわたくしの大空での勇壮華麗なる武勇をご覧あれ!」

 奏の口上の後、胡蝶は背部から名前の通り、蝶のような羽を四枚出す。

 「特大扇とくだいおうぎ!」

 奏の言霊に乗せて、胡蝶は両腕の外側装甲から飛び出した特大の扇を掴む。

 「覚悟なさいませ!」

 右手の特大扇の先端を、鳥面に向けて言い放つ。

 「今はできないね~!」

 鳥面は、三鬼の元へ逃げるように上昇して、離れて行く。

 「今は見逃してあげますわ。さて、あなた達はここで終わりですわよ」

 鬼械が、返事の代わりに砲丸を撃って来るのに対し、胡蝶は避けずに特大扇を振って、玉付きのように打ち返す。

 二鬼は、避けられず自分の弾に当たり、その爆発によって吹っ飛ばされていく。

 「特大扇倍枚投げ《とくだいおうぎばいまいなげ》!」

 胡蝶が投げた特大扇は、二枚、四枚、八枚と名称通り倍になって、二鬼を切り裂き、無数の断片にした。

 「超都に穢れた破片を落とすわけにはいきませんわ」

 胡蝶が、両手を上げて起こす風によって、二鬼の破片は一片残らず舞い上げられて見えなくなった。

 「残るは三鬼」

 胡蝶は、両手を降ろし、三鬼に向かって急上昇していく。

 「撃つね~!」

 三鬼は、胡蝶に向けて、大砲を一斉に撃ってくる。

 「特大扇円形防壁とくだいおうぎえんけいぼうへき!」

 左右に組み合わせ円形にした扇を前面に出し、飛んで来る砲丸を受け止める度に、表面で爆発が起こるが胡蝶はびくともしない。

 「もっともっと撃つね~!」

 三鬼が、大砲を撃ち続けることで、胡蝶は爆煙に包まれて見えなくなる。

 「これでどうだね~?!」

 鬼械が砲撃を止め、煙が晴れると原型を保った扇が現れ、左右に開かれると、無傷の胡蝶が姿を見せた。

 「倒す前にあなた方には先ほどのお返しをさせていただきますわ」

 奏が、言い終える間で、胡蝶が姿を消す。

 「どこへ行ったね?」

 鳥面が、辺りを見回している中、一筋の突風が吹いた直後、鳴り響く激音に乗せるように、赤鬼が吹っ飛ばされる。

 「何が起こったね?」

 鳥面が、突風の起こす猛烈な風圧に飛ばされないよう踏ん張る中、第二波が起こって黄鬼、三波で青鬼と鬼械が次々に吹っ飛ばされていく。

 「まさか目に見えない速さで動いてるというのかね~?!」

 その言葉を証明するように突風が吹く度、鬼械は吹っ飛ばされ、胡蝶というよりは風そのものが攻撃しているようだった。

 「こうなったら背中合わせになって回りながら撃つね!」

 鳥面の命を受け、背中合わせになった三鬼は、回りながら大砲を連射するが、胡蝶には一発も当たらない。

 「ならばこちらも回転でお応えしましょう!超速回転大渦巻き《ちょうそくかいてんおおうずまき》!」 

 胡蝶は、三鬼の周囲を超速で回り始め、それによって巨大な渦を形作っていく。

 完成した渦に閉じ込められた三鬼は、抵抗もできずに回されていく内に、装甲が剥がれ、次に首に手足と捥がれた後に続いて、本体がばらばらになり、最後に剥き出しになった鬼力機関が細切れになると、上空に巻き上げられて見えなくなった。

 「今度こそ覚悟はいいかしら?」

 鳥面に、特大扇を向けながら聞く。

 「できるわけないね~」

 返事をする鳥面の背後に、鬼道が現れた。

 「逃がしませんわ!」

 胡蝶は、鳥面が入っていく中で、右手の特大扇を投げ、入り切ったところで、鬼道は閉じられた。

 「これで鬼動集のより確かな場所が掴めるでしょう」

 「よくやった。戻って来い」

 「いいえ。このまま祓いの儀を行いますわ」

 胡蝶をゆっくり降下させながら返事をする。

 「奇神に乗ったままやるのかよ?」

 「今回の戦いの場は空で結界の張りようがありませんから空中を舞いながら儀式を行うべきですわ」

 「分かった。お前に任せよう」

 長巫女が、了承の言葉を口にする。

 「ありがとうございます。それではやらせていただきますわ」

 背中に蝶の羽を付け、楽器を持った式神を千体呼び出し、超都中に飛ばして演奏させ、曲に乗せて、全地区をまんべんなく飛び回りながら演舞を行う。

 奇神自体が行う初めてにして、空を飛びながらの演舞という異例づくしの儀に、見ている都民達はその迫力に圧倒され、画面に釘付けになりながら、祈りを捧げるのだった。

 儀が終わり、降下して地面に両足を付け、奏が外へ出る間に合わせて、胡蝶の装甲結界が解けて巨神体に戻る。

 その後は、帝の霊力で動いて、特大鳥居をくぐって大祠に入って停止すると、台座が回転して正面を向く間で、天井にある噴射口からの水を浴びて、戦いの穢れを洗い流し、水が台座周りの排水溝に落ちた後、待機していた作業員がしめ縄を張り、その場に来た帝によって、結界が張り直された。

 「奏、ほらよ」

 梓が、奏に両手を広げて、受け入れる体勢を取る。

 「いったい何のまねですの?」

 「奇神になったまま祓いの儀までやったから疲れてるだろうと思ってよ」

 「まったく仕方ありませんわね」

 呆れたように返事をするなり、梓の体にもたれる。

 「今だけは頼ってあげますわ」

 「いつもこうだといいんだけどな」

 奏は、言い返すことなく眠りについた。

 

 翌日、奏の別宅がある中地区では、鈴音達が依頼された場所で、祓いの儀を行っていた。

 区長が、奏と一緒に踊っているのを見て、四人を正式な区巫女と認めたのだ。

 「奏様、四人とも巫女の仕事をしております」

 式神が、四人の働きを奏に伝える。

 「分かりましたわ。お戻りなさい。出来上がっていますか?」

 「はい。ここに」

 忠月は、胡蝶の鋼鉄可動人形の試作品を差し出す。

 奏は、水無月人形工房の試作室に来て、出来上がったばかりの自身の鋼鉄可動人形を見に来ていたのだ。

 「大変良い出来すがもう少し顔を美しくしてくださいませ」

 奏は、胡蝶の鋼鉄可動人形を、隅々までくまなく監修した上で、修正箇所を伝える。

 「ただちに」

 忠月は、すぐに修正作業に入った。

 「これで良いですわ」

 「ありがとうございます」

 工房を出た後、保護施設へ向かい、孤児達から熱烈な歓迎を受け、一人一人に応えた後、あの男児を探すと、前の時と同じく映像板を見ていて、画面には胡蝶の戦う姿が映っていた。

 「わたくしの奇神は如何かしら?」

 「あんまりかっこよくない」

 画面を見たまま、返事をする。

 「そうですか」

 「でも、すごく奏様っぽい」

 奏の方を見て話す顔には、満面の笑みが浮かんでいる。

 「満点のお返事ですわ」

 奏は、満足な微笑みを見せながら、男児の頭を優しく撫でた。

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