第13話 セックスレスじゃない頃に。
彼女は同じ大学で、同じサークルの後輩だった。
新入生として入ってきた彼女が特に目立っていたとか、そういうことは無かった。
飲んで遊ぶばかりのお遊びサークルだったので、会員は他のクラブとの掛け持ちが多かったが、雅は他の所属は無かった。
初めて那智の存在を意識したのは、雅と同級生のラグビー部の部長と付き合っていたと知った事がきっかけだった。那智もソフトボールのクラブに入っていたので、体育会系同士で気が合うのだろうと、そんな風に考えていた気がする。
見た目は、本当に体育会系の彼女。よく日に焼けて、立派な体格の那智は、見るからにアスリートっぽい印象だ。顔立ちもしっかりしていて、鋭い目つきで睨まれると年長の男でもすこし腰が引けるくらいだった。余程自分に自信のある男でなければ付き合えないだろう。
そして、当時の雅はというと、ミスキャンパス準優勝の彼女がいたのだ。外見に恵まれていたのでそれなりに女子との付き合いがあった。けれども、その彼女との付き合いに少しうんざりもしていた。
なんというか、とにかくプライドが高く、支配欲の強い娘だったのだ。
周囲が自分の意のままにならないと当たり散らし、手に負えない。そして、雅に対してもそれは同じで、やたらと雅を自分の思い通りにさせたがった。美人で財産家の娘だから、多少の我儘は仕方ないのかもしれないけれど、許可した覚えも無いのに、勝手に雅の下宿先に上がり込んだり、携帯端末をいじったりする行動にはさすがに我慢が出来なかった。
雅の事をまるで隣りにおくにはちょうどいい置物のように扱う。雅を大事にしてくれるが、雅を尊重してはくれない。少しトラウマになりそうだった彼女の台詞をよく覚えている。
「貴方は何も出来ないんだから私の言う事を聞いていればいいのよ。」
何を根拠にそう言うのかはさっぱりわからなかった。
外見が弱そうだと言う事はなんとなく自覚しているが、実際彼女の前で誰かに頼った事もないし、失敗をやらかした覚えもなかったのだ。
なのに自分の彼女に頼って貰えない。それどころか、彼女のほうはまるで雅を支配下に置いて服従を強いるのかのようだった。
確かに、雅は気の強い女性に好かれる。小さい頃からのことで、面倒くさいと思うと相手に逆らう事もしなかったので、相手はますます増長した。
女性に甘やかされるのは大好きだ。
だが、だからと言って盲目的に服従する気はない。どちらかと言えばリーダーシップを取りたいほうの人間だ。
サークルの部長もやっていたし、現在の職業でも部署のチームリーダーである。廉野家の財布は実質彼が握っているので、表面的にはどんなに那智の方がダンナを尻に敷いているように見えても、基本的に那智は雅に逆らわない。
だから、ミスキャンパス準優勝とは半年くらいしか持たなかった。
彼女と別れたと言うのに、寂しいとか悲しいという気持ちよりも、せいせいした思いが強かった、歩みも軽く部室へ足を運んだ時、部室に誰かいることに気が付いた。
秋の終わりくらいだっただろうか。その時期にしてはまだ十分に温かく、上着もいらなかったその日。
サークルの部室は元々小会議室だった場所で、鍵もかけていないから誰でも出入りは自由である。だから、たまたまそこに那智がいたことは何も不思議ではないのだが。
雅がドアを開いた途端、那智が弾かれたように顔を上げてその顔を両手で隠し部室を駆け足で出て行った。
その慌てふためいた様子に、何かがあったことはわかる。見間違いでなければ、僅かに見えた目は充血していた。あんな気の強そうな子でも泣くのだな、と思った。
そしてドアから室内へ視線を移すと、ラグビー部の部長であり、那智の彼氏だった奴が憮然とした様子で立っている。
「鷹山?」
「廉野か。わりい、へんなとこ見られちまったな。」
雅よりも10センチも高い長身でマッチョな鷹山は、低く太い声で詫びる。彼は非常に女子にもてていた。自分もそれなりにもてる方だと自覚していたが、鷹山には到底及ばない。否、引き寄せるタイプの女子が違うのだ。鷹山に寄ってくるのは女の子っぽくて守ってやりたくなるような可愛いタイプが多く、雅に寄ってくるのは美人系の気の強いタイプが多い。
どちらかと言えば雅も、鷹山に寄ってくるようなタイプの女子が好きなのだが、余りご縁に恵まれ無かった。
「さっきの、一年の坂本(=那智の旧姓)だろ。・・・あれ、彼女なんじゃなかったっけ。いいのか、ほっといて。」
無精ひげをいじりながら、ラグビー部長はため息をつく。
「今、振られたから、もう彼女じゃない。」
「え・・・」
「いい子だったんだけどなー・・・。」
「じゃ、今、修羅場って奴だったのか?俺、邪魔した?」
「いやいや、むしろ救いの神。なんつーか、もうあれ以上何も言えなかったからさ。」
上着のポケットから携帯灰皿を出して、煙草を取り出した鷹山が大柄な身体をゆっくりと曲げる。
俺はなんとも言えず、テーブルの上に置きっぱなしだったライターで火を点けてやった。
「いい子だったんだけど、なー・・・」
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