第11話 セックスレスでは、無い。
濡れた音が、暗い部屋に響く。
栗色の髪がそこで小刻みに揺れて、まるで先刻那智のパソコンで見たAVさながらに思えた。例えようもなくいやらしくて、恥ずかしかしい。
画面の中の女優のように大声を出すことは出来ないし、恥ずかしくて出来ない。短く息を吐いて快感を逃しながら声を殺す。
「まえ、は、こんなの、しなかったのに」
那智が荒い息を飲み込みながら、疑問を口にする。
すると雅は顔を上げた。
「こうすると、いいんだね?」
「・・・っちが」
「色々、してみたかった。本当は、前もしてみたかった。もうしてもいいんだよね?なっちゃんに、やらしいこと、たくさん・・・。」
「え」
「子供欲しいって言ってたから、色々したら駄目かなって。へんなことして、妊娠になんか影響したら怖いなって思ってたからしてみたかったこと、若い頃は出来なかった。だって、ここは、大事な場所だから。」
「・・・みっちゃん」
「総も咲良もここから産まれたんだ。だから大切にしなくちゃいけない。たくさん弄ったらいけないかなって、そう思ってて」
細く白い指が、大事な場所に触れる。腰が跳ね、背筋が反る。それを面白がるかのように、雅は何度もそこに刺激を与えた。
「二人いるからもう妊娠しなくていいってなっちゃんが言った時は、残念だな、と思う反面、よかったって安心したんだ。これからは、愉しむセックスが出来るなって思ったのに。・・・なっちゃんは子育てと仕事でいつもくたびれてた。貧血で倒れた時は、絶対にもう無理させちゃいけないんだって思ったよ。」
「あ、あの、時は、みっちゃんが心配で」
「そうだよね。なっちゃんには本当に心配かけちゃった。ごめん。」
夫がちゅ、と軽い音をさせて、肌に吸い付いた。
腹の奥底が痺れるような刺激に、全身が揺れる。足先が伸びたり曲がったりを繰り返す。
どうしよう、どうやってこの激しい快楽を逃したらいいのだろう。声を上げることも出来ないのなら、どうやって。
「・・・っく、う、うう」
歯を食いしばる。硬く目を瞑って、耐える。枕に顔を伏せ、両手を握りしめる。
「子供らが大きくなれば、今度はその目を気にしなくちゃいけなくなるし。だからさ、したいと思ったら子供がいない時間を狙うしかないじゃない?」
「え・・・?」
「早退してみたり、寝坊した振りして遅刻したりして、二人だけの時間取ろうと。やってはみたんだけど。仮病使って有休つかったりしても、なっちゃんは中々その気になってくれないしさ。・・・もう、俺には何にも感じてくれないのかなって落ち込んだりもしてた。」
病弱なふり。いや、そう見えることを逆手にとって仮病を使っていたと言うのか。まあ、会社を早退しても元気そうだったから薄々仮病かなと思っていたが。
那智と二人きりになりたいがためにそうしていたなんて思いもしなかった。
彼が公言する通り、ただ単に、仕事に行きたくなかったのかと思っていた。
疑問が氷解するのと同時に、夫の手は更に那智の身体を追い詰める。
「だめ、それ、だめ」
「気持ちいい?ね?俺に見せて。俺の手で何度も気持ちよくなるところ、見たい。ぐちゃぐちゃになって乱れるなっちゃんが見たい。身も世も無くすすり泣いて俺に求めるなっちゃんを見たい。して欲しいよって泣いて縋るくらい我を忘れて気持ちよくなっちゃうところ。」
「や・・・っ、そんなの」
そんなことを言う雅は初めてだ。
優しくて弱虫で甘ったれな雅の言うその願望が、本当なのかどうかはわからない。わからないけれど、それを聞いただけで感じてしまう気がする。
「なっちゃんをそこまで追い詰めてみたい。」
「なら、ない、そんなの」
「いつもしっかりしてて強気で逞しいなっちゃんを、追い詰めてみたい。」
弱々しい美貌の雅が、まるで悪人みたいに口角を上げて笑う。
逃しきれない快楽に身をよじる那智の様子を、満足そうに見下ろして、笑った。
長男は今朝も朝練があるので早起きだ。
昨夜、とうか今朝の早朝まで起きていた那智は寝不足の頭を抱えたまま、どうにか朝食を作って送り出す。
「言ってらっしゃい総一郎。気を付けてねー。」
おう、と言って玄関を出て小走りに道路を駆けて行った。
外に出れば寒さの余り身が震える。玄関のドアを閉めて、その足で寝室へ向かった。息子が家を出たと言うのに、未だに寝坊しているその父親を起こすために。
「お父さん、起きて。遅刻するわよ。」
布団を動かして起床を促す。
毎朝の事とは言え、呆れてしまう。たまには子供より早く起きて欲しい。親の示しがつかないとはこのことだ。
「どわっ・・・!」
反応のない布団から目を上げて窓を見た途端、手首を引っ張られた。
まだ温かいそこに強引に引っ張り込まれ、息苦しくて暴れると、背後から伸びてきた手が那智の手を抱きしめる。
「・・・昨日、体調が悪くて早退した。悪化したので、今日は休みます。・・・さっき職場にメールした。」
「みっ・・・ちゃ、ん」
また始まった。
「咲良が帰ってくるまで二人きり、でしょ。」
「でも」
那智の顔に、軽いキスが降りてくる。
寝ぼけているとは思えない、しっかりした声音の雅が言った。
「ご飯の支度も洗濯も掃除も、後でいいから。・・・ね?」
背後に座る夫の頭に両手を回して顔を近づける。
見た目は貧弱そうな夫だけれど、昨夜はそんな外見を思い切り裏切る行為をさせられた。以前の雅だったら絶対にしなかったようなことをさせられた。
それはもう疲れたし、泣き出したくなったし、正直、もう勘弁してくれと思った。
寝不足も疲労も抱えたままだけれど、那智は自分から雅の綺麗な顔にキスをする。
セックスしなくても生きていける。家庭は円満で生活も不自由なくやっていける。しなくても、愛情は感じられないわけではない。
けれども、したいと言われるのは、とても幸せな事だから。
おばさんになっていても、肉がたるんでいても、変わらず求めて貰えるなんて有り難いことだから。
「・・・うん。」
今日こそは、どうして自分と結婚しようと思ったのか。その理由を尋ねてみようと思う。
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