第10話 セックスレスでも希望は有る。
雅の体重がかかる。
重いけれど、耐えられない程ではないのは、やはり彼が細身で華奢だからだろうか。それとも、それだけ那智が頑丈だからか。
「んん・・・。」
頭を押さえつけられ、唇を覆われる。少しカサついた感触はいかにも夫らしかった。
「俺に、触って?・・・そしたら俺、もっともっとなっちゃんに触りたくなる。」
甘えん坊の雅は、ぬくもりを欲しがる。
両手を伸ばして彼の細い首に絡めると、うっとりと目を閉じる。リラッ〇マのパジャマの裾から手を差し込んで、彼の背中に触れたら、悩ましいようなため息が洩れた。
「なっちゃんの手、気持ちいい・・・」
しかし那智の方が半信半疑だ。
雅が誘ってくれているかのように見えるが、実は単に甘えたいだけでセックスしたいわけではないのかもしれない。今まで何度も期待を裏切られているので、どうにも素直に受け入れられなかった。
「・・・みっちゃん本当に大丈夫なの?寝なくて平気なの?」
「大丈夫だってば。そんなに心配?」
「だって・・・」
今までが今までだし。
夫が病弱なのはわかっているし、具合の悪いのを無理してまでしたくはない。
仕事の後、疲れて帰ってくればご飯も食べずに寝込んでしまう雅はあまりに可哀想だった。今もよく体調が悪いと言って早退してくる夫に、エッチしようなどとは言えない。
「俺なんかじゃ、そんな気になれない?」
「違う。あ、あたしの方こそ、・・・そのすっかりおばさんになっちゃったから。」
「俺もおじさんになっちゃたし。そうでなくても、貧弱で、いつも君に申し訳ないと思ってる。でもね」
照度を下げた灯りの元で、夫の薄茶色の瞳がまっすぐに妻を見た。
「おばさんになろうがおじさんになろうが、俺はやっぱりなっちゃんが好きで、なっちゃんに触りたいんだよ。なっちゃんが大好きなんだよ。・・・逞しい男じゃなくてごめんね。」
雅は少しだけ申し訳なさそうに、綺麗な形の眉を寄せる。
なんだかじんわりと、胸の奥が熱くなった気がした。
セックスしないことが後ろめたいのは、那智だけではなかったのだ。雅自身もまた、同様に不安だったと知って、ひどく安堵する。
「あたしもみっちゃんが好き。・・・みっちゃんに触って欲しいよ。」
鼻と鼻をくっつけて、雅が小さく笑う。ごろんと布団の上に横になる。
いつもならば娘が寝ている場所まで手足を延ばして、二人で寝転んだ。
室内に僅かだった灯りも落としてしまうが、それでも完全に暗闇になるわけではない。窓の外の月明りが、部屋の中に差し込んでうっすらと互いが見えた。
何ヶ月かぶりの行為だと思うと、まるで若い小娘のように胸が高鳴る気がした。たるんだ肉が見えないよう、毛布で隠すのだが、雅の手がそれも剥いでしまった。
「久しぶりだ。・・・凄く、緊張してる、俺。」
「あ、あたし、も。」
肉がたるみ始めている那智と違って、雅は相変わらず細かった。若い頃と変わらないくらいに細いが、それでも以前よりは肉が付いているのかもしれない。
こんなにも丁寧に触れてくる人だっただろうか。最後にしたのが随分と前なので思い出せない。
「なっちゃん、可愛い・・・よ。」
耳元で息を荒げながら囁くように言う。
背筋に電流が通るかのように、震えが走った。
「・・・あ・・・」
思わず呻き声が洩れる。静かにしなくてはいけないのに、どうしてか堪えきれず呻いてしまった。
「今だって、可愛い。俺に触られてそんなにも震えるなっちゃんが、可愛くてしょうがない。」
「可愛いって年じゃ」
照れくささを隠したくて、言い返そうとするが、
「何歳だって可愛い。初めて会った時、俺の事見てびっくりしたように目を丸くしてたよね。それも可愛かった。」
「ここ、気持ちいいね?こうすると、もっと気持ちいい?」
雅はこれでもかというくらいにしつこく肌を愛撫した。
そのせいか、ご無沙汰だと言うのに、那智の身体は反応してきている。
背中に当たっている熱い塊は、夫も興奮している証拠だろうか。
なんだろう、この気持ち、というか感じは。
例え夫が自分に気を使って言ってるのだとしても、この年になって可愛いと言われると妙な感じだ。けしてそれは嫌な感じではなく、照れくさいような、くすぐったいような気分で。言ってみればそれは、初めて告白した相手に、思いを受け入れてもらった時のような感動に似ている。
雅が、那智に求婚してくれた時の嬉しさに近い。
恥ずかしそうに、ご両親に挨拶したい、と言ってくれたあの時のような。
「好き、大好きだよ、なっちゃん。」
夫の言葉には、嬉しさとどこか誇らしさのようなものがあって、那智の心を温かくする。
いつだって優しい雅だけど、今日の彼は、いつにも増して酷く甘くて。
涙が、出そうだ。
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