第7話 セックスレスでも混浴は有る。

 息子と夫が就寝したことを確認し、那智もようやくお風呂に入れる。

 一人で入浴できるのは久しぶりだ。娘がいると、大概は一緒にお風呂に入れることになる。

 浴室の鏡に映る自分を見て、つくづくとため息が出てしまう。たるんだお肉がそこかしこに見え、化粧を落とした顔には、シミと小皺を新たに発見してしまった。髪を洗えば、抜ける白髪にひたすら凹む。

 11歳の娘の瑞々しい肌とは比べるべくもないが、こうやって改めてみると泣きたくなった。

 夫の雅は自分より二歳年上だ。それなのに、見た目は絶対に彼の方が若いだろう。那智が彼に若さで勝てるのは体力だけだ。

 女として見られなくなったと言われれば仕方がないと思う。ここ10年あまりの間にすっかりオバサンと化してしまった自分は、どうがんばってみても魅力ある女性とは言えないだろう。同じ年でも女優さんやタレントなんかはオバサンではない。彼女らは立派な『女』である。ある意味、友人のちとせと同じだ。自分の身の回りにもいる、『女』をキープしている同世代の女性と、那智はかけ離れている気がした。

「・・・そう考えるならば、年齢も環境も関係ないのよね。要は、自分がいかにサボっているかってことか。」

 夕方にに見たバラエティー番組でフランス人の女性がコメントしていた。あちらの女性はどんなに年老いたおばあさんになっても『女』であることを止めないのだそうだ。だから男性たちも、どんなお祖母ちゃんであっても女性として扱うのが当たり前。

 実に素晴らしいと思うけれど、実際日本でそれは受け入れられるものだろうか。那智の住む日本では、いい年をしていつまでも色気づいていることは歓迎されない風潮がある。かと言って老け込むのはみっともないと言うし、どうするのが正解か実に悩ましい所だ。

 若い頃、母親がよく言っていた。若い娘は着飾って自分の「商品価値」を上げろ、と。お金もかけ、手間もかけ、少しでも価値のある娘に見せるように。

 無論、それは外見が全てではないと思う。性格や仕事などもきっとそれの一部になるだろう。だが、何より外見は手を入れるべきだと言われた。

 確かに、外見が気に入ってもらえなければ、性格も仕事も興味を持ってもらえないのだから当然だ。

 那智も若い娘だった頃はそれなりにがんばって綺麗にしていたつもりだ。だから、若さも手伝って多少の補正が効いただろう。

 しかし今となってはどうにもこうにも、本当に美しい人の足元にも及ばない。綺麗な人は、年食っても綺麗だ。

 夫の雅は、綺麗な人だった。

 初めて会った時、彼は大学の研究室の窓辺に佇む美少年で。

 雅のいる所は、実際の場所がどこであれ、そこがサナトリウムの一室のように思えるくらいだった。それほどに、儚げな美貌と線の細い体躯。

 日本人にしては薄い髪色と瞳の色。勿論肌は抜けるように白い。

 血管の浮いた手首は今にも折れそうで、誰かが支えて上げなければきっと生きていけないのではないかと思わせる。

 赤くて薄い唇が開き、その優しげな声がそっと呟く。


「なっちゃん・・・。」



 なんであんな綺麗な人が、自分の夫になってくれたんだろう。


「ねぇ、まだ寝ないの?湯冷めするよ?」


 思い出の中の夫にしてはやけにリアルに聞こえ、振り返ると、浴室のドアを僅かに開けている雅がこちらを覗き込んでいた。

「み、みっちゃん!」

「風邪引くってば。どんだけ磨きをかけてんの。」

「寝たんじゃなかったの!」

「俺もお風呂入りたいから、なっちゃんが出たら起こしてって前に言っておいたじゃない。」

 そう言えばそんなことを言っていた。

 でも、そう言っておきながら雅は起こしても起きず朝まで寝てしまう事の方が多いので、忘れていたのだ。

「ごめん、長風呂で・・・。一人で入るの久しぶりだからゆっくりしたくて。」

 学校行事で今は不在の末っ子がいる時は、まだまだ一緒に入浴することもある。彼女が一人で入浴を済ませても、その世話を焼いてあげなければならないので、普段はゆっくり風呂に浸かるなんて出来ないのだ。だから、つい長くなってしまった。

 そんな妻の苦労を理解しているのかいないのか、雅はくすりと笑った。

「30分も入ればもういいでしょ。・・・それともこのまま俺と一緒に入る?」

 那智は浴室のドアを乱暴に閉め、夫をしめ出した。 


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