第3話 セックスレスでも信頼は有る。
自家用車で旦那の会社の裏門へ乗りつけると、雅の、所在なさそうに立ち尽くしている姿が見えた。
こちらに気付いて小走りに走って来る様子はなんだか小動物のようで愛らしい。40を過ぎた夫を捕まえて愛らしいもくそもないもんだが、実際そう見えるのだから仕方がない。これも惚れた弱みというやつか。
「おつかれさまー。」
「お迎えありがとね、なっちゃん。助かったよ。」
助手席に乗り込んでくる雅は、元気そうな声だった。顔色もすこぶるいい。とても体調不良で早退するようには思えない。
那智は運転席のドアポケットからビニール袋を取り出して助手席に放った。
「あ、ありがとー。長谷川パンの菓子パンだ。嬉しいよ、頂きます。」
地元の雅のお気に入りベーカリーは、会社に来る途中に店舗がある。きっと空腹だろうと思い立ち寄って買っておいたのだ。
「大丈夫なの?具合は。」
焼き立てパンを頬張る夫が、心配する那智の声にぼそぼそ答える。
「うーん・・・、ちょっとこれ以上悪化したらやだなぁって思って早退することにしたんだ。もう仕事は会議しか残ってないし。あんな会議俺が出ても出なくても同じだしさ。」
「大丈夫なら、いいけど。病院によるかもしれないって思ったから、一応保険証持ってきたのよ。本当に平気?」
「疲れが出てるだけだよ。なっちゃんの美味しい手料理食べてゆっくり眠ったら良くなる。」
医者に行くのが面倒くさいらしく、こうして早退してきたとしても通院することはほとんどない。大概は自宅療養で済ましてしまう。
なんとなく、ただのサボりなんじゃないかとさえ思えてくる那智であった。
朝に寝坊して遅刻しそうになれば、平気で那智に会社まで送って行けと頼むし、早退時はこうやってお迎えに行く。
ある意味、二人の子供より手がかかる気がしてならないのだ。
在宅勤務とは言え那智にだって仕事はある。時間の自由はある程度きくけれど、それでも那智にだって予定があるので、急に送迎を頼まれたりするのは結構困るのだ。子供ならばともかく、夫にこうも手を掛けなくてはならないなんて。要は、単に甘えているだけではないだろうか。
そして、ついつい、そんな雅を甘やかしてしまう那智である。
出会ってから15年以上にもなる夫に、結局は今も惚れている。那智は、優しくて綺麗で可愛い、そしてちょっぴり弱々しい雅の事が大好きだ。
だからこそ、いつの間にかレスになっているのが悲しかった。
もう若くないし、若かったとしても女性的な魅力に自信のなかった那智は、ベッドでの営みが有ることで雅にまだ愛されていると思えた。美女ではなくても、若くなくても、彼が自分を求める気持ちがあるのならば、まだ自分は幸せだし、風前の灯火のような女としてのプライドが保たれると思えたけれど。
同じ布団で隣で寝ていても、お互いが気にするのは生活と子供の事ばかりで。
「
「咲良は帰ってるかも。総一郎は部活で遅いわよ。」
「そうかぁ・・・。たまにはゆっくり旅行にでも行きたいねぇ、ね?なっちゃん。」
また始まった。
仕事が大嫌いだと言って憚らないな雅は、すぐに休みたいだのどこかへ行きたいだの言い出すのだ。
「総の部活があるうちは、そうそう遠出は出来ないわねぇ。試合もあるし。咲良は喜んで行くって言うだろうけど。」
那智はフロントガラスを見つめながら答える。
そんな妻を横目で見る雅が、ちょっぴり寂しそうに微笑んだ。
帰宅してすぐ就寝していた雅も、夕食時には食卓に付くため、リビングに下りてきている。
「ママ、今日凄いね。唐揚げとハンバーグとオムレツって贅沢。」
娘がテーブルに並ぶ料理を見て歓声を上げる。
「給料日・・・?じゃなかったよね?」
怪訝そうに首を捻る長男も食卓に着く。彼も部活後なので随分とお腹が空いているだろう。総一郎には大盛ご飯をよそって手渡す。
具合の悪い夫を気遣って、夕食のメニューも彼の好物ばかりを揃えた。
もっとも、彼の好物はかなり子供っぽいので、結局は子供の好きなものとなるから問題ないけれど。
「咲良は来週林間学校なんだよな。初めてのお泊りで楽しみだな?」
「うん。凄く楽しみ。」
小学五年生の咲良は学校行事で初めての外泊だ。準備のために細々したものを今からリビングに揃えている。それを見て父親である雅は確かめるように聞いたのだろう。
「総一郎は、来週は何かある?」
「来週は普通だけど、その次、期末始まる。部活休みに入る。」
唐揚げを三つも口に運びながら総一郎が答えると、那智は、
「ちゃんと今から勉強しておきなさいよ。」
と一言添えた。
聞いているのかいないのか、彼はふがふが言いながら頷いている。
「母さんは?」
「え?私?私はいつも通りよ?来週は打ち合わせも無いから、ずっと家で仕事していることになると思うわ。」
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