奈々のこころ
ここ数日何度も奈々から着信がある。LINEにも連絡が来る。
そのメッセージに絶句する。
『死ぬから』
心に突き刺さる言葉。聞きたくない、誰からも聞きたくない言葉。
すぐに奈々に電話をかけた。
『奈々、何言ってるの?』
『嘘だと思う?』
『ねぇ、奈々、どうしたの……どうしてそうなるの?』
『もう、いい。私なんて居なくていい存在だから』
『奈々?今どこ?!』
奈々の声が妙に静かで、周りの音もなかった。奈々の実家……?
仕事帰りだった私はそのまま奈々の実家へ向かった。
◇
インターホンを押す。誰も出てこない。玄関は開いていた為そのまま入る。
「……奈々?居るの?奈々……」
薄暗い中リビングに座る人影。その後ろ姿は不気味なほどに動かない。
「来たんだ……帆乃花」
「だって、あんなLINE……」
「ねえ、私がひろに大学出てから告ったの知ってた?」
「……知らない」
「そうだよね……ひろが死んだと聞いた後、生きてるって分かって。帆乃花は卓也さんと結婚してたし。やっと、やっと伝えたのに……『誰とも付き合う気ない』って言われた。高校んときは毎朝電車で会っても私のこと覚えてすらいなくて。私は忘れたことなんてなかった……中学んとき、女子に嫌がらせされた私にひろは『あいつらなんてかまわなくていいよ』って言ってくれたのに。
電車の中いつも、ひろが見てたのはあんただけだった。でも記憶無くしたひろは私の希望だったのよ!何にもない私の唯一の望みだった。病気だから私の告白を断わったんだと分かったから……これからは、ひろの為に何でもしようと思った」
奈々はひろが不良だからやめときなって……あの頃は言ってた。親に反対された時は私の為だからって、ひろと関わらないよう言ってきた……そんな気持ちがあったなんて知らなかった。
「だからって、あんな怖いこと言わないで」
「なに?死ぬって?言うよ。本気だから。私にはいっつもチャンスがない。学生時代も社会人なってからも何にもない……土俵にすら立てない、誰も認めてくんない。私じゃなきゃだめだって言ってくんないの!!」
「そんなことない……まだまだこれからじゃない。仕事だって、恋愛だって……奈々なら」
「はっ心理士だかカウンセラーならもうちょっとましな励まし方してよね」
「死ぬなんて許さない。ひろみたいに必死で命取り留めた人も、生きたいのに生きられない人だっているんだよ、奈々……奈々のお母さん頑張って生んで育てたんでしょ……」
その時スマホのバイブが鳴る。
「ひろ?ひろなら出てよ!」
奈々は涙を流しながら叫んだ。着信はひろだ。
『もしもし……ひろ』
『帆乃花?どこにいる?』
「一緒に死んでよ!ねー死んでよ!!!」
奈々の異様な顔と声と手に持つ光った物に驚いた私はスマホを落とした。
「……奈々 一回座って、ほら それ置いて……」
その時インターホンが鳴る。
「ふっまたお客さん」と奈々が笑う。
入ってきたのは卓也だった。
「帆乃花……おいっ奈々ちゃん、まじかよ……やめろって」
「卓也さんも私が死ぬって言ったら来てくれたんだ?昨日からこっちに居たんだもんね。だから来ると思った」
奈々は状況を愉しむかのように声を弾ませた。目の奥はいかれているようにさえ見える。
「帆乃花、下がれ」
「だめよ。今から私と帆乃花は死ぬんだから。」
卓也は私の前に立つ。
「高校の頃、彼女取られた腹いせに、その女に近づいたんでしょ?卓也さん……かばうほどじゃ無いし。」
「俺は帆乃花に惚れたんだ。仕返しじゃない」
「ふうん。じゃ卓也さんも一緒に逝きましょう。ひろを殺そうとしたあなたに、仕返し、してあげる」
「やめようよ……奈々。こんなの奈々じゃない」
「そう?どんなのが私?教えて、ねえ教えて。あんたは高校でもすぐ告られて高嶺の花みたいな顔してさ。なあんでわざわざひろなの?他の男で良かったのに。なんで私の特別な存在奪うの?簡単に別れたくせに」
話しながら奈々は果物ナイフをこちらに向けながら近づく。
「卓也さん、今から帆乃花刺して、卓也さんがやったことにしてあげる。駅の殺人未遂もみんな卓也さんの指示だって言うはず。そうよっ。帆乃花……あんたさえ消えれば……」
私をめがけた奈々の腕を卓也が掴んだ。
「離して!!」
落ちたナイフを私は拾おうとしゃがんだ。
泣き崩れた奈々に背を向け卓也が私からナイフを受け取ろうとした瞬間。
奈々が凄い勢いでわたしに覆いかぶさり揉み合いになる。
卓也が奈々を羽交い締めにしたが、私の太ももに血が流れていた。
「帆乃花!!」
叫ぶ声が背後からする。ひろだった。
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