片思いはしない
「帆乃花……さっきさ一緒にいたのって……」
「……奈々。たまたま会った」
帆乃花は表情を曇らせる。きっとまた何か言われたのか。奈々という子はただの同級生。けれど彼女は僕の特別な存在だったとか、中学から付き合っていたとか言っていたが弟の昌宏に聞いてもそんなことは無いはずだと。
それに僕という人間はかなり用意周到なヤツだったのか、自分に関する記録を残していた。きっと記憶を無くした場合に備えて、帆乃花に宛てた遺書のようなものまで残していた。
帆乃花の元夫が何をし、帆乃花に近づき、そのメモを読んだ。だから、僕は僕を信じることにした。
そして、僕が得られなかった君を僕のものにする。
僕が僕自身に宛てたメッセージ、僕への願いと題された部分には
『もし生き延びたら帆乃花を僕が幸せにしてほしい』
と書かれていた。
片思いなんてしない。
「あの子と僕って、全く何でも無いはずなんだ」
「え……うん。そうだと思うんだけど……ひろは奈々と同じ中学だった。私は奈々とひろが話してるのも見たことなかったけど……。」
「……うん。入院中は色々言われて、婚約者だからってちょっと押し切られそうになったんだけど。ごめん……帆乃花」
「え……ひろは謝らなくていいんだよ」
「いや、分からなかったとはいえ嫌な気分にさせちゃったかなって。あのさ、僕ってモテた?」
僕の質問が馬鹿げているからか帆乃花はくすりと笑った。控えめな仕草ひとつひとつに毎回可愛い……と何も知らないはずの僕はときめきを覚える。
「うーん。たぶん……。知らないっ」
「まっいいよ。帆乃花にだけモテれば」
おちゃらけた僕に帆乃花はまた何か気がかりなのか俯きがちになった。長い髪を片側に寄せて困ったような顔をする。
「ひろ、私が結婚してた人ね……」
「言わなくていいよ。知ってるんだ……手術受ける前の僕が日記みたいにメモに記録してた。だから知ってる。余命僅かな悲劇の主人公みたいな日記だったよ」
「日記……」
帆乃花は目を見開いて僕を見つめて固まった。
思わず君をこの胸に強く抱き寄せた。記憶をたどる言葉も時間も要らないくらい、もう既に僕は君に恋をした。
スマホの日記のようなメモのおかげかもしれない、でも書き綴られた儚く脆い言葉より、今、この胸に縮こまった君が何よりの証だった。僕が生きた証。この心を揺さぶる存在は君だけなんだ。
「見せないけどね。日記」
「ふっうん。見たいけどなあ」
「そうだ 奄美大島、行く約束してたんだよね?」
メモ日記に何度も出ていた地名。帆乃花のルーツだというその場所を僕はまるで楽園のように記していた。
「奄美……うん。次の検診終わってからね。さっ今日はトンカツにするんだった。作るね」
「僕もする」
「え?うん」
キャベツを切り、みそ汁の豆腐を開け、卵を溶いて帆乃花に指示されながら一緒に並んで料理する。
帆乃花のどこがどう好きなのか何が好きなのか、きっかけも何も分からない。だけど、ただ好きだ。
「帆乃花……」
「ん?」
初めて帆乃花にキスをした……。初めてじゃないんだろうけど今の僕には初めてのキス。
帆乃花は鼻をすすり涙を流した。どうやら僕という存在はこの子を口づけ一つで泣かしてしまうらしい。
「ひろ……見てこれ」
帆乃花の指先はパン粉にまみれてでっかくなっていた。
「あははは フライできそう」
「指フライ?」
手を僕につけないように上げたまま帆乃花は何度も僕に口づけをされた。
「帆乃花……ずっと一緒にいような」
「……うん」
きっと身を引くような接し方をしたかつての僕はこんな事言ったんだろうか。言えなかったんだろうと思う。
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