新しい生活

 新幹線の中、ひろは隣でチラチラとこちらを見る。

 なにか言いたげに見ている。


「体は、調子大丈夫?」

「うん……頭は大丈夫だと思うよ。あのさ、全部見たんだ……スマホ」

「そうなんだ……あ で どうだった?」

「うーん。早く髪伸びないかなあ……と思った」

「ふふ 帽子似合ってるからかっこいいよ」

「そうっ?」

 にっと笑ったひろは、かっこいいというより可愛い。


「それから……佐々木 博文は本当に君のことが好きで好きで仕方がないんだと思った……病院で小説何冊か読んだんだ。その後にスマホ見たら、いろんなヒロインが帆乃花ちゃんと重なった。その指輪も僕が贈ったんだね。」


「ひろ……」


「でもさ、君にとって僕はまるでクローンみたいじゃない?姿形は何も変わらないのに中身が消えたから」


「そんな事無い……そんな事ないよ。私が覚えてるし、これから……ゆっくり一緒に、思い出を探すより作ればいいと思う……」


「詩人だね」


「ほらねっひろのそういう話し方、返し方、ひろらしい。何も変わってない……私の大事な人だから」


 感極まった私の手をそっとひろは繋いだ。私が掴めなかったその手……もうこれからは離さないと決めたその手を私もぎゅっと繋ぐ。


「大事な人……か」


「うん」


 ひろ、あなたの顔を眺めていたら私は何度でもあなたに恋をすると思った……何度でも。


「不思議だな……言葉も知識も覚えてるのに、どうして人との記憶が無いんだろう」

「不思議だね」

「でも、君と話してるとしっくりくるんだ」

「しっくり?」

「……うん。上手く言えないけど、違和感がないというか……欠けてたピースがはまる感じ……かな」

「それはきっと、褒め言葉だね。」

「あはは 帆乃花……って呼ぶね」

「……うん。帆乃花ちゃんってちょっと怖いからね」

「怖い?」

「うううん 帆乃花にして」

「うん」


 高校時代初めて話した夜、帆乃花ちゃんと呼んだひろに、ナンパみたいだからやめてと私は言った。こそばゆいような甘酸っぱい記憶が蘇る。



 ◇


 高良塚に帰り、私はひろのマンションで一緒に暮らす。ひろはあれだけSNS嫌いだったのにSNS関連事業の仕事をしていたことがわかった。大学在学中に起業したらしく数名とやりとりしながら在宅で仕事を再開した。

 弟の昌宏さんが関係者に全て説明しフォローを入れてくれていたらしい。


 私も週の半分は心理士として介護施設にカウンセラーとして臨時職員になった。


 めまぐるしい日々の中、私達はこの世界で、この社会で生きようと精一杯踏ん張っていた。

 それは決して苦しくはなく、希望に満ちた毎日の積み重ねのようだった。


 しかし、そんなある日喜べない人と遭遇する。


 スーパーの帰り道ヒールの音をカンカン鳴らして近づいてくる人影……奈々だ。


「すっかり奥様みたいだね。帆乃花」

「奈々、こっちに住んでるの?」

「帰ってきたんだあ。」

「そう」

 家を知られたくない。私は奈々が立ち去るのを待つように会話を弾ませたくなかった。


「ひろさ、元気?」

「うん」

「入院中さ、ひろ……私といたら安心するって言ったんだ。手握って、『覚えてなくてごめんね。頑張って思い出すから』って。それに」

「やめて。そういう話」

「ああ 卓也さんと離婚した子だって事も言っといたから。ひろ、帆乃花に聞いてきた?」

「私達の問題だから、奈々には関係ないから」


「…………」


 沈黙が私には怖かった。奈々はまるで昔と違う。もっとサバサバした子だと思っていたのに、目つきも仕草も妙に女らしくなったというか……。


「はあ……あんたの何がいんだろね。メソメソクヨクヨしてさ、あっちいきこっちいき。地味な感じだし」

「もう帰るから、じゃあね」

「待ってよ……知ってた?私、昔からあんたが大ッキライだった。」

「もう話すことないから……」


 電話がなった。

『もしもし』

『帆乃花、牛乳も買ってきて。生乳100でよろしく〜あ、スーパー終わってたらもういいけど』

 ひろだ。

『うん 分かった』


「いっつもそう。周りに振り回されたみたいな顔して、自分が一番周りに迷惑なの分かんないの?ひろの親だってあんたは、したたかな子だって言ってた。第一さ、最初から卓也さんがひろの先輩だってわかってたんでしょ?まじで知らなかったとか言う気?」


『誰の声……帆乃花?大丈夫?』

『うん すぐ帰るね』


 話が止まらない奈々をほぼ無視して私はマンションへ急いだ。奈々は付いては来なかった。


「帆乃花!」

 マンションの下にはひろが飛び出していた。

「ひろ……」

「大丈夫?なんかあった?」

 ひろは私をぎゅっと抱きしめる。暖かくてほっとした。

「あ、牛乳……」

「あはは いいよ。また後で行くから」

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