君は僕が守る

「帆乃花……救急車」


 座りこんだ帆乃花の足から血が出ていた。僕は帆乃花を覆い元夫の卓也にもう一度いう。


「おい……救急車呼んでくれって言っただろ」


「どこだよ……傷、刺されたのか……帆乃花」僕は必死で傷を見る。

「刺さってない 切れたみたい」

 と言った帆乃花は震えが止まらない。

「大丈夫……大丈夫だよ……帆乃花」


「タオル 持ってきて」

 白石奈々子というあの女に叫んだ。


「大丈夫だろ?帆乃花、ちょっと当たって切れたんだ。病院で診てもらおう。」と卓也は救急車を呼ばない。


「なんなんですか、帆乃花は怪我したんだよ!あんたか?そこの女か?」

「揉み合いになったの……奈々と。」


 と帆乃花だけが答える。怯えて弱々しく声を震わす帆乃花をその女は悪びれる様子もなく見下ろしタオルを投げてきた。


 僕はそれを怒りを抑えながら見て、帆乃花にだけ語りかけた。

「この人が刺そうとしたんでしょ?電話した時声聞こえたから……」


 帆乃花から白石奈々子の実家へ行くとLINEをみた僕は二人の仲が普通では無いように思っていたから、不安になった。帆乃花を敵対視するようなこの女に。


「帆乃花、奈々ちゃんはちょっとおかしくなってただけだ。分かるよな?警察に突き出すのはやめてやろう」とまた元夫が場を丸く収めたがる。


 どうして男がいて止められなかったんだろう。刃物をもっていたからか。だめだ、落ち着こう。弟の話でも、日記から読み取るにも僕の性分は少しばかり荒いらしい。怒りに身を任せればろくな事にならない。

 帆乃花の安全が第一なんだ。


「卓也さん、警察に関わりたくないんですか?」

「は?」

 たしかに帆乃花の傷はすぐ止血出来そうだ。


「僕を大学時代駅のホームから突き落とすよう連れに頼んだ。僕はぎりぎりで電車に轢かれずに済んだ。」

 静かにこんな話を持ち出した僕に血の気が引いたようにこちらを見ている。


「お前……覚えてんのか?」

「いえ。目撃者や依頼された人がいるはず」

「知ってっか?傷害事件なんて数年で時効だ。被害者が記憶喪失なら何にも出来ないだろ」


 捲し立て声を荒げるこの男。僕の嫌いなタイプの人間だ。記憶なくても嫌悪感を抱くほどだ。


「帆乃花、大丈夫?」

「うん、ひろ……ありがとう来てくれて」

「おいっ聞いてんのか!」

 聞いてっけど耳障りなんだよ……。


「はい。みんな聞いてますよ。でも少し黙っててもらえますか?」


 しばらく沈黙の中、帆乃花を抱きしめてなだめた。

 パトカーと救急車のサイレンが近づく。

 あからさまに元夫は焦る。


 入ってきた警察官に卓也が叫んだ。


「そいつだ。その男がやったんです。俺を刺そうとして妻が切りつけられたんだ。」

「……妻じゃない元妻でしょ」とため息混じりに呟いた僕の腕の中で

「嘘つき」と帆乃花はぐっと手に力を入れた。そして卓也を睨んでいる。


「立てますか?通報くださった佐々木さんですね?」

「はい」

「良かった。先ほどの会話全て録音されています。さ、そっちの二人は署まで連行する。佐々木さんも救急車へどうぞ」

「ありがとうございます」


 僕は警察に電話をつないだままだった。

 もしかしたら、と警察の方もつないでいてくれた。


 帆乃花にふさわしい男になるには、冷静に。これからはしっかりと守る男になるんだ……。項垂れてパトカーに乗り込むあいつらをみてそう誓った。

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