何度もごめんと言った日
『ごめん……ひろ 今日は行けない』
電話の向こうの声は細く小さく消えてしまいそうに暗かった。
『どうした?なんかあった?』
『うーうん……切るね』
電話が切れたあと、メールが届いた。
”ゴムが一つ減ったのを親がみつけて今大騒ぎ。”
”ごめん。御守り僕が預かればよかったね。大丈夫?”
返信は無かった。初めて
◇
それでも僕らは会い続けた。
僕らのデートはもっぱら乗換の駅周辺だった。
「もうここ飽きたなぁ。今度さ海とか山とか観光地とか行ってみない?」
こちらは帆乃花が居れば、公園でも道端でも駐車場でも何処でも良かった。彼女が喉乾いた時に潤す自販機があれば何処でも楽園だった。
「ひろ、そんなアウトドア派?海か〜うちね。おばあちゃんちが奄美大島なんだ。今は亡くなって親戚しか住んでないけど。知ってる?鹿児島県なんだけど奄美の最南端の村で古仁屋港の近くなの。すごい綺麗なんだよ。素潜りで視界全部熱帯魚、なあんにもないけど。海と、山と、小さなスーパーと、潜水船ツアーと、ハブとマングースのショーと〜。ひろを連れていきたいな。いつか時間とお金があれば行きたいなあ。」
「時間とお金か。老後なら時間もお金もありそうだね」
「えー中年のおじさんみたいな事言って……。社会人になれば行けるよ。大学生でもさバイトして」
「いいね。行こう、いつか」
大学、社会人そんな先までずっとこの無邪気な笑顔が傍にあれば僕は何でもできるんじゃないかなんて、いつもは無いやる気の様な物が込み上げるのを感じた。
◇
ある金曜日の夜十時過ぎ
僕はのんきにうとうとし、眠さ限界のあーちゃんとりんごを食べていた。携帯が鳴った。
『もしもし』
『ひろ……今から行っていい?』
『え?どうした?』
『親ともめて……』
『じゃ、とりあえず駅で待ってる』
帆乃花は話しにくそうに小声で話す。何があったか何故もめるのかなど僕には読み取れなかった。
「
さすがのあーちゃんも心配そうに声をかける。きっと母から釘を刺されているだろう。僕があーちゃんには反抗しないと知っているし、目に余る行動はさせるなと言われているかもしれない。
「帆乃花が、今から来たいって、なんかあったみたいで」
「こんな時間に女の子が出歩いたら危ない危ない。すぐ帰るように言えないのかい?」
「…………」
言葉を選ぼうと黙った僕に、あーちゃんはお茶の入った湯呑を回しながら言った。
「行ってあげな。そのかわりちゃんと向こうの親御さんに連絡しなさい。はい、これ持っていきな。」
あーちゃんは五千円札を差し出した。
「いいよ。そんな大金」
「あんたのでしょ。私が預かってるあんたの貯金。」
僕は高二からバイトしていた分と、時々日雇いバイトした分を全てあーちゃんにあずけていた。
あーちゃん銀行は、あーちゃんの許可がないと引き出せないから僕みたいなタイプには最適だ。
大した貯金じゃない、奄美大島には行けないだろう。
「うん。ありがとう あーちゃん、早く寝てよ」
「はいはい、気をつけて」
駅へ行くと、リュックを背負った帆乃花が改札の前でそわそわして、僕を探すように右や左や見渡している。
「帆乃花!」
「ひろ!」
彼女は僕を見つけると重そうなリュックを揺らし走り寄ってきた。
「何があったの?……僕のこと?」
帆乃花は真面目な高校生、親と揉めるなら理由はきっと僕くらいだと、ここへ来るまでの間に冷静になったら予想できた。
「……うん。」
「そっか。ごめん。最近帰り遅かったし何やってんだ!変な彼氏の影響かって?」
「…………」
僕の軽い質問には答えられないような空気を纏う彼女に僕はそれ以上聞くに聞けなくなった。
モールの広場に移動して帆乃花はゆっくり語りだした。
「もう、ひろに会うなって言われた。早く帰れとか門限何時にするかじゃ無くて、会うなって言われた。」
「…………」
そこまで嫌われたのかと絶句した。
「誰から聞いたのか何なのか……」
「何を?」
「あっひろ怖い顔した……」
「ごめん。違うよ、帆乃花に怒ったんじゃない……」
「うん……。ひろは……傷害事件起こしたり、暴走族の仲間だとか、それから……先輩の女性に暴行したって……あり得ないよね。でもパパは信じなくて……腹立って出て来ちゃった」
「ごめん……」
「なんで謝るの?謝罪は罪に対してだけ必要でしょ。ひろに罪なんてない」
「帆乃花が信じてくれるならそれで良い。傷害事件は喧嘩はした。よくある絡まれたからやり返したら警察来て騒ぎになった事はあった。暴走族は……まあ地元の友達が関わりはあるかも。僕は無い。それから……先輩の女?それは暴行じゃない合意の……」
「もういい!言わないで」
その時、出逢った日みたいに帆乃花の携帯がブンブン言ってた。
「家からだ……」
「出ないの?」
「…………」
「出ていい?僕が話してもいい?」
「…………」
帆乃花は頷いて携帯をそっと僕に渡した。さらっと言ったかに思えるが緊張で喉が締め付けられそうだった。
『もしもし』
『……もしもし』
電話の相手は帆乃花のお父さんだ。
『あ……佐々木です。帆乃花さんとお付き合いしてます。佐々木 博文と申します……あの、今……』
『どうも、
『いえ、ああ 居ます。居ますけど、ただ連れ戻すんですか?あの、僕と話せませんか?』
喉が締まりそうに詰まらせたくせに、帆乃花のお父さんに会ってくれと夜十一時近くに言い出した自分に驚いた。
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