伝わらない僕の感情

 こんな時間に僕は帆乃花ほのかの家に来た。

 二人で電車に乗りバスに乗り、がらんとした車内で繋いだ手からただ緊張だけが滲む僕らには大した会話が生まれなかった。


 その家に住むのは絵に描いたような穏やかな家族だった。


「佐々木君、ひろくんだね。分かるよ、私も君らぐらいの頃は夜出歩くのも特別な青春だったかもしれない。でもな、帆乃花は、女の子なんだ。」


「……はい。すいません。遅くならないように時間を決めて……」


「いや、君と付き合いだしてから帆乃花は流されている。大事な時期だ。悪いけど、もう会わないでほしい」


 帆乃花はリビングでお母さんと居る。

 和室で、僕は正座していた。僕らがどう出会い祖母のあーちゃん家でどんな時間を過ごしたか、何も悪行に彼女を巻き込んだりしていない、むしろ僕自身彼女に出逢って変わることが出来て感謝していると伝えた。


「僕には……僕には大事な人なんです」

「大事なら、うちの娘に関わらないでほしい」


 正直、彼女の家族に気に入られたかった……こんな僕でも性根は曲がってないと素直な気持ちを述べたつもりだった。でも……何一つ伝わることは無かった。きっと僕の噂もそれを手伝ったのかもしれない。


 リビングから出てきた帆乃花にすっかり元気を失った僕は

「帰るね……ちゃんとここに居なよ。後で連絡する。」と小さく声をかけた。


 こんな時間に上りのバスも電車もあるか分からなかった。でも行き場が無い僕は住宅街を歩く。

 やっぱりバスはもう終わっていた。

 テニスコートで野宿でもするかと歩いていると携帯が鳴った。今度はうちの家からだった。


 あーちゃんから聞いたのと、帆乃花の親がうちの親に電話を入れたらしい。よって僕は僕の保護者に迎えに来られることとなった。



 ◇


さかきさんから電話があった。もう人様に迷惑かけるのはいい加減にしなさい」

「迷惑なんてかけてない。ただ僕らは付き合ってるだけだ……父さんだってそのぐらい分かるだろ?」

「お前は何にもわかってない。大事な一人娘がお前みたいなのに毎晩のように会ってたら普通は心配する」

「僕の何がダメなんだよ……優等生じゃないから?塾辞めたから?大手を振って国公立の医大行きます、それしか見えてませんって言わないから?……父さんの理想から外れたから?」


 卓也さんの顔がよぎった。母親同士知り合いで多分いろいろと高校での悪行や事件を大きく言われている。

「どこで何聞いたか知らないけど…………自分の子供くらい信じてよ」


「おばあちゃんちにはもう行かせられない。ここに居なさい。しばらく大人しくしろ」


 この瞬間僕は帆乃花と会うこと、あーちゃんとの暮らしも失ったと悟る。大人しくじっとしろ、いつまで?多感な時期の僕にそんなことが出来るわけがなかった。


 ◇


 月曜から通常の通学時間が始まった。帆乃花は電車の中同じ車両に居るもののこちらを向かない。僕は無視をされている。というのは隣に立つ白石奈々子の存在が理由だった。僕と同じ中学だった白石は見張りのように帆乃花に張り付いている。結局僕は相当な悪人として認識されているようだった。僕にも帆乃花にもそれを覆すような巧みな話術も意地も無かったようだ。僕は白石をただおせっかいな子だと思った。


 帰りは何とか待ち合わせをし二人きりで駅から離れた公園へ向かう。


「ひろ ごめんねっていうかありがとう。親に話してくれて。普通はめんどくさくてああいうことしないよね。」

「ああ。でも何にも伝わってないけどね。僕日本語下手なのかな……」


 帆乃花が笑った。笑ったまま大人びた顔で彼女はブランコに乗り揺ら揺らしながらひとり言のように語っていた。


「大人ってさ、大人になると忘れちゃうんだね。きっと、こういう気持ちを自分たちも持った事も……こうあるべきだって子供に押し付けて。答えなんて一つじゃないのに。経験しなきゃ分かんないのに……私は頭ごなしに否定する大人にはなりたくない。」


「大人かあ……。」


 周りに会うなと言われただけで別れるカップルがどこにいるだろうか。少なくとも僕らにはそんな選択肢は無かった。帆乃花と僕だけの世界ならどんなにいいかと、もどかしさををぶつける場所もないまま、ただ窮屈そうに僕の願いは暴れていた。

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