あーちゃんの家で僕らは初めて

 僕は祖母をあーちゃんと呼ぶ。お婆ちゃんになりきれない気の若い祖母の要請であーちゃんと呼ぶ。消して名前にはつかない。

 あーちゃんは商店街で暮らし、地元に愛される永遠のマダムらしい。

 乗換の駅の昔からある商店街。


「あーちゃん、ごめんね。僕の世話なんか」

「何言ってるの。世話ならしないよ。博文ひろふみなら自分でしっかり生きられる。小さい頃からしっかり者だから。それにしてもあなたの母さんは、エリートぶって大事な息子の話も聞かずにこっちによこすなんてね。今度説教してやる」


「あなたの母さんて、あーちゃんの娘でしょ」

「そうだよ〜あーちゃんが育てた娘っ子よ あはははは」


 あーちゃんは、母さんの母親とは思えない気さくさと明るさの持ち主だ。おかげで僕は笑うことが増えていた。


「それから、帆乃花ほのかちゃん、大事にしなよ。あんまり無茶させないであげなさい。女の子なんだから」

「うん」


 帆乃花はしょっちゅうここに来ていた。

 泊まる事はしなかったけど、夜遅くまでここで勉強してここでご飯をあーちゃんと作って食べたり。

 掃除もしてくれた。


 夜、帆乃花の駅まで送りバスに乗るまで一緒にいた。傍からすれば無駄な送り彼氏だと笑われるだろうが僕はバスに乗って帆乃花の家まで行かない事に罪悪感を抱くほどだった。


 ◇


「あれ?あーちゃんは?」


 習い事の後、寄った帆乃花はマンションに入り第一声はあーちゃんを探す。いつの間にか気の合う友達みたいに二人は話していた。


「なんかの集まりで今日は晩御飯いらないって」

「ふうん」


 僕は鏡片手に帆乃花を出迎えていた。


「何してたの?イケメンだなあって見惚れてた?」

「違うよ。ニキビ撃破しようとしてた」

「ニキビ?」

「あーちゃんが思いニキビだって」

「ふっ何それ 見せて」

 僕は額に大きなニキビをこしらえていた。誰かに恋をすると出来るニキビはおでこに現れると慰めたのはあーちゃんだったが。

 父が昔くれた皮膚科医が使うニキビを押し出す平らな耳かきみたいな物に穴が空いた棒状の器具を手にしていた。


「私がやってあげる。これで押すんでしょ?」

 僕の前に座って真剣な顔をする帆乃花はティッシュをスタンバり思いっきりそいつを撃退した。

「キャーッ」

「え?」

「とんだっ!中の汁みたいなの 私にとんだっ」

 ティッシュで拭いた帆乃花に笑う僕、あんなに飛ぶとは……。

「思いすぎたのかな……顔洗う?」

「大丈夫。拭いた」

「アクネ菌うつるかもよ?」

「ひろ菌なら歓迎する」

「知らないからね。明日ニキビ出来ても」


 その後、妙な間があった。僕も帆乃花もその間を理解した。

 僕は彼女にキスをする。何度も何度も、そのまま首筋にもたくさんキスをした。

「……帆乃花、好きだよ いや 大好きなんだ 泣きそうなくらい」

「泣き落とし?どうしよう……かなあ。へへ 私も大好きだよ……ひろ」


 悪戯にそんな風に返した帆乃花を僕は大切に初めて抱いた。

 途中で帆乃花の言葉に耳を疑った。

「あのね、ひろ……私こういうこと、初めてなんだ……」

僕の下で真っすぐな瞳は僕の腕を掴みながら絞り出すようにそう言った。

「え……ああ そうなんだ……怖い?大丈夫?」

「……だいじょぶ」

 同い年で、顔立ちも大人っぽくて目も大きな二重で鼻筋もすっとして黒髪で清楚だけどまさか、本当に純粋無垢だった……嬉しいけど。僕が汚して良かったのだろうか。



「僕で良かったの?初めて自分以外の人間が体内に侵入するなんて、一大事だよ」

「ひろが良かったの。きっと待ってたんだね 私。それにさ、その意味不明な言い方やめてっ侵入って……」


 僕らは、帆乃花の希望で御守にしていたというコンドームを使った。御守って?なんなのかサッパリだが。


「あと四つあるね。」

 帆乃花は嬉しそうに残りのコンドームを鞄にしまった。

 女の子って持ち合わせてたりするのかな。


「なんかさ、あーちゃんに後ろめたいね。居ない間にこっそりこんなことしちゃって」

 と帆乃花は髪を整えながらそんな事を言う。なんとも可愛い気使いが笑えると僕は微かににやけた顔を誤魔化した。にやけた一番の理由は物理的に彼女と初めて結ばれた事だった。


「じゃあ、あーちゃん帰ってきたら言う?ごめんなさい。あーちゃんの家で主が留守中に情事に明け暮れましたって」

「明け暮れてないしっ!情事ってやだ……響き……」

「ぷはははっ」

 帆乃花の整え直した髪がまたぐちゃぐちゃになるまで僕らはじゃれた。

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