第6話 休日

 アルバイトを始めて5日が経過した。まだまだ一人前とはいえないけれど1日の流れは把握した。新たに覚えた仕事としてファストフードの調理や清掃がある。ファストフードの調理とは、からあげやポテト、肉まん、おでんなどの調理である。夕方18時からのピークで品切れにならないよう、あらかじめ調理して補充する必要がある。清掃は、店内の床やトイレ、倉庫、店舗周辺の掃除。またごみ処理などだ。ちなみにトイレ掃除が一番精神的にきついが仕事なのでやらなければならない。他にも店内のコピー機、ATM、チケット販売機などの使い方を教わって覚えたりもした。お客に使い方を聞かれても対応できるくらいにはなっている。レジ業務についても一通り教わった。公共料金や税金等の支払い代行業務や宅配サービスについても教わったし、郵便切手や収入印紙の保管場所も把握した。教わったことは家でノートに纏め、何度も見直しているため忘れずにいる。しかし記憶することと実際に慣れることは大きな違いがある。毎日行なう仕事なら問題ないが、中にはまだ教わっただけで一度も経験していないものもある。教わった仕事は早く経験し慣れたいと思っている。


  ☆


 今日はバイトを始めて初めての休日だった。疲れが溜まっているのか昼まで寝てしまいお腹が凄く空いて寝床から這い出すように起きた。寝癖が付いたままの頭で部屋を出て居間に向かう。居間にはいつものようにせんべいと緑茶を用意した母と弟の武明がこたつに入っていた。


「おはよう母さん、武明」


「おはよう武志」


「おはよう兄ちゃん」


「母さん腹が減ったんだ。昼ご飯あるかな」


「ダイニングのテーブルにお弁当を買ってきて置いてあるよ」


「わかった」


 僕は居間を出て食堂に向かいテーブルの上のから揚げ弁当を確認する。台所の冷蔵庫から冷えたミネラルウォーターのペットボトルを取り出しコップに注ぐ。テーブルの椅子に座り、から揚げ弁当を食べ始めた。空腹だったので美味しく感じる。キレイに完食しコップの水を飲みほした。ごみをプラスチックに分別して捨てた後、居間に戻りこたつに入る。

 すると母が話しかけてきた。


「仕事は順調かい?」


「まあね。仕事の覚えが早いって昨日先輩に褒められたよ」


「そうかい。徐々に起きるのが遅くなってるけど疲れてるのかい」


「疲れはあるよ。だから今日は一日ゆっくりするつもりだよ」


「そうするのがいいよ。まだまだ始めてからあまり経ってないから緊張とかで余計疲れるだろうし。2、3か月も続ければ体力的にも慣れてくるんじゃないかい」


「そうだといいね。早く体力的にも慣れたいよ。初出勤の翌朝はそんなに疲れが残っているとは感じなかったんだけど、5連勤するとさすがに疲れがたまってくるみたい。働くのに体力って大事みたいだ。僕は体力があるほうじゃないから少しずつ慣らしていきたい」


「自分のペースを守るってのは大事だね」


 母との話がひと段落つくと弟の武明が話しかけてきた。


「兄ちゃん、兄ちゃん、お金どれくらい貯まったの」


「2万円以上だな」


 答えると武明は目を丸くして「すげー、すげー」と連呼する。


「大げさだな。まだ5日働いただけだぞ」


「だって僕月に2000円しか貰ってないし」


 そう聞くとたしかに2万円は小学4年生の武明には大金なのかもしれない。自分が小学生の時も2万円も貯金を貯めたことはなかったのを思い出した。そもそも僕は貯金を貯めることが好きでも得意でもないので、高校生になってお小遣いが5千円に増えても、2万円の貯金額がある時は稀だった。ちなみに中学生の時のお小遣いは3千円だ。


「まあ5日で2万円ってことを考えると凄いことかもな。これからもっと貯金が増えていくぞ」


「すごいなー。僕も欲しいなー」


「大きくなったら、バイトなり就職なりするんだな」


「今欲しいなー」


「小学生を雇ってくれるところはどこにもないぞ。あきらめろ」


「兄ちゃん、お小遣いちょーだい」


「なんで武明にあげないといけないんだ」


「なんかお金余ってそうだから」


「余ってても武明にはあげない」


 実際は金銭的な余裕はあまりないのだけれど。


「お年玉と思って気前よく1万円くらいくれてもいいよ」


「今はもうお年玉の時期じゃない」


「けち」


「けちで結構」


  ☆


 居間でしばらくくつろいだ後、自室に戻ってきた。机の上に置いてあるスマホに手を伸ばし画面を確認すると、友人の山田からメッセージが届いていた。僕は椅子に座り内容を確認する。


『明日遊ぼうぜ』


 どうやら遊びのお誘いだったようだ。山田とは二人でよく遊びに行く間柄である。僕の少ない友達の一人だ。初めての出会いは小学2年生の時で、同じクラスになりよく話をして仲良くなった。それから中学高校と同じ学校に通い、何度か同じクラスになり友好を深めて、現在は唯一の親友と呼べるまでになっている。スマホのメッセージアプリで頻繁にやりとりをしており、僕がバイトを始めたことや家族旅行を秘密裏に計画していることも既に伝えてある。その時の山田の反応は「親孝行バンザイ」であった。

 とりあえずメッセージを返信する。


『オーケー。遊ぼうぜ』


 すると30秒くらいで返事が返ってきた。


『中村もバイト始めたことだし昼飯食いにいこーぜ』


『オーケー。何食べる?』


『ラーメン食いにいこーぜ』


『わかった』


 それから待ち合わせ場所と時間をメッセージをやり取りして決めた。駅前のいつもの場所にお昼の12時に集合である。明日の昼食は外食することを母に伝えておく必要があるだろう。

『また明日な』と打って話を終わらせてから再び居間に向かう。相変わらず母と武明がこたつに入って二人でせんべいを頬張っていた。


「母さんちょっといいかい」


「何だい」


「明日の昼ご飯なんだけど、友達と食べに行く約束をしたから僕の分は用意しなくていいよ」


「そうかい。わかった。美味しいものでも食べてきな」


「そうするよ」


 それだけ告げると居間を出ていく。背後で武明が「兄ちゃんは外食か。いいなー」と呟いているのが聞こえた。


  ☆


 翌日は朝の9時くらいに目が覚めた。朝食は手軽くトーストと牛乳で済ませて、食事後は自室で読書をしたり母や武明と話をしたりして昼までの時間をつぶした。11時45分になって家を出て自転車で駅前へと向かう。駅前のいつもの場所に到着したとき、友人の山田はまだ来ていなかった。スマホをいじりながら待つことにする。ちなみに基本無料のスマホゲームだ。普段はあまりやらないけれど、空いた時間の暇つぶしにはもってこいだ。しばらくゲームで遊んでいると自転車が止まるブレーキ音が聞こえ、声をかけられた。


「よっ、中村。ひさしぶり」


「おう山田、ひさしぶり」


 前回会ったのはいつだったろうか。あまり覚えていないが大学の受験勉強の合間に会って話をしたことは覚えている。もうひと月も前だっただろうか。あの時は毎日家で勉強するのも大変だと山田に愚痴っていた記憶がある。


「じゃあラーメン食いに行くか」


 山田がさっそく飯に行こうと提案してくる。


「そうだね。ちなみにどこのラーメン屋に行くんだ」


「ここからそんなに離れてないよ。ついてきてくれ」


 そういって自転車を走らせる山田に僕は遅れずについていく。目的地へは5分くらいで着いた。どうやら豚骨ラーメンがメインの店みたいで看板にでかでかと博多豚骨ラーメンと書かれている。店に入ると客入りは7割くらいで待つ必要はなさそうだ。店に入ってすぐ左側に券売機が置かれており、食券を購入するシステムになっている。千円札を券売機に入れてベーシックな豚骨ラーメンを選んでボタンを押す。食券とおつりを回収して、近くに来た店員に食券を渡し、テーブル席に案内された。遅れて山田もテーブルにやってきて椅子に座った。水はセルフサービスになっていてコップの山とピッチャーがテーブルの端に置かれていた。とりあえず僕は二人分のコップを取りピッチャーから水を注ぐ。そして水の入ったコップを山田の方へ滑らせた。


「サンキュー」


 山田が礼をいい、さっそく水を一口飲んだ。


「山田はこの店来たことあるのか?」


「あるよ。ひと月くらい前に来たんだ。この店はまだ出来て2か月くらいだから一度しか来てないけど、かなり俺好みの味で美味かったよ。中村も気に入るといいんだけど」


「そうか。それは楽しみだな。ちなみに山田も豚骨ラーメンにしたのか」


「豚骨ラーメンにしたよ。ここのメインだしな。それはそうと中村の始めたバイトの話を聞かせてくれよ。順調なのか」


 山田が興味津々といった感じで聞いてくる。昨日母にも聞かれた質問だ。


「仕事内容はレジがちょっと苦手だけどなんとかやってるよ」


「レジが苦手ってコンビニのバイトでそれは致命的なんじゃないのか」


「苦手なのはちょっとだけな。もっと経験を積んだら徐々に苦手意識はなくなるかもな」


「レジなんて簡単じゃないか。俺もバイトでレジ打つけど難しいと感じたことはないし、すぐに慣れたけどな」


 ちなみに山田は回転寿司の店で高校2年生の時からバイトをしている。そこでレジの仕事をすることがあるのだろう。


「コンビニのレジはそっちより多分大変だぞ。特に大変なのはたばこの販売じゃないかな。銘柄で注文してくる人はマジで勘弁してほしい。種類が多すぎて直ぐには分からん。番号でお願いしますって言ったら嫌な顔する客もいるしさ」


「なるほど。それはたしかに大変そうだな」


「そういえば山田ってバイトを始めた最初の頃って体力的にしんどかったか? バイトするとなんか凄く疲れるんだけど」


「そりゃ最初はしんどかったよ。中村はまだましなんじゃねえの。今は学校がないし。俺の時は毎日学校が終わってからバイトに行ってたしな」


「今ならその凄さがよくわかるよ」


「とはいっても学校の授業は適当に受けてたけどな。大学に行くつもりは全然なかったから卒業できればそれでいいやって感じだったし。真面目に授業受けて、成績を高水準で維持しながら、バイトに行くのは俺には無理だったかもしれんな。両立できるやつもいるんだろうけど」


「僕も大学が始まってからのことを考えると頭が痛いよ」


「まあ中村は根が真面目なんで両立させる努力をするんだろうけど。無理そうならバイトなんて辞めたらいいくらいに考えてたらいいんじゃないか。もともとバイトを始めるのは親に家族旅行をプレゼントするためなんだろ。それくらいのお金は大学が始まる前に貯まるだろうし」


「出来れば長く続けていきたいけど。そういう考えもあると思うと少し気が楽になる気がするよ」


「気楽にいこうぜ。それより俺の話も聞いてくれよ」


 山田は僕に聞きたいことを聞き終えたのか今度は自分の話を始めた。主に就職活動に関する内容で、状況が芳しくないという話だった。しばらく話を聞いていると店員が豚骨ラーメンを持ってきてテーブルに置いた。話を中断して割り箸を取りラーメンを眺める。具はネギとチャーシューとそれからキクラゲだろうか。まずはレンゲでスープを一口飲むと濃厚な豚骨スープの旨味が口の中に広がり非常に美味しい。次に麺を食べるとこちらも美味しかった。少し細麺で豚骨スープとしっかりとなじんでいる。山田が褒めるのも納得の味だった。


「かなり美味いな」


「だろ。中村が気に入ってくれたようで俺も嬉しいよ。連れてきたかいがあるってもんだ」


 それから二人は黙々と豚骨ラーメンを食べるのだった。


  ☆


 その日は豚骨ラーメンを食べた後、カラオケに行って3時間熱唱した。

 久しぶりに充実した休日を味わうのだった。

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