第5話 アルバイト二日目

「おはようございます」


 僕は4時50分ぴったりにコンビニへ入って、レジにいた内田先輩に挨拶をする。


「おはようございます」


 今は接客中でない内田先輩も丁寧に挨拶を返してくれる。それからバックヤードへ行き制服に着替えて、レジに戻った。


「今日もよろしくお願いします」


「はい。今日も頑張ろう。今日は精算以外のレジ業務とレジ以外の仕事も少し教えるね」


 そういって内田先輩がレジ業務について話し始めた。僕は聞き漏らさないよう集中する。話の内容を要約すると次のようになる。レジですることは5つ。精算、たばこやファストフードの販売、公共料金や税金等の支払い代行業務、宅配サービス、郵便切手や収入印紙の販売。精算は店内の棚からお客が選んだ商品の精算業務で一般的なレジ打ちだ。弁当の場合は温めたりもする。たばこやファストフードの販売は、レジの内側に存在する商品の販売だ。お客の注文に応じて販売することになる。たばこは銘柄が多いので覚えるまでは番号で注文してもらう。公共料金や税金等の支払い代行業務は、お客が持ってきた支払い用紙のバーコードをスキャンし精算する。宅配サービスは、宅配物のサイズを測り伝票を作成して会計を行う。預かった荷物を保管して宅配業者へ渡す。郵便切手や収入印紙の販売は、これもレジの内側に存在するので客から要望があれば取り出す。


 などの話をお客が来る合間を使って行った。それぞれの具体的な手順については少しずつ説明すると言っていた。全てを同時に教えても覚えられないとのことだった。

 お客のレジ対応は相変わらず僕が担当し、内田先輩は隣で問題をチェックしている。2、3日は横で見るつもりらしいが、18時から19時の間だけは混雑するので、内田先輩もレジ業務を行うみたい。そういえば昨日レジに入ったのは19時を過ぎていたので夕方のピークを体験していない。19時を過ぎると暇になるそうなので、僕はまだ暇な時間帯しか経験していないことになる。夕方のピークがどれだけの人なのか分からず少し怖いけれど、朝やお昼のピークほど人は来ないらしい。

 夕方のピークに挑む心構えとして、いくつかの注意点を内田先輩が話してくれる。


「レジ業務はゆっくりでいいからとにかく焦らず落ち着くこと。君はまだ慣れてないんだから、意識して落ち着かないとパニックになっちゃうよ」


 内田先輩がさらりと怖いことをいう。


「お弁当が増えるので、連続でお弁当が来た時、温めたり精算したりする間に誰のお弁当なのか忘れたりしないこと」


 ちなみに昨日は食事時を過ぎてからレジに立ったので、お弁当を温める業務をしたのが数回しかない。その時は弁当を温める間に、次のお客の対応をすることがなかったので、目の前にいるお客に何も考えずに渡せばよかった。連続で来られると確かに大変そうだ。パニクりそう。


「それから、これが一番大事なことだけど、分からないことがあればすぐに聞くこと」


「わかりました」


 僕は大きく頷いて返事をする。


「後はファストフードの販売の仕方をおさらいしとこっか」


 一応昨日も説明を受けたが、肉まんや焼き鳥などの販売の方法を細かく教わった。

 あれこれ説明を受けていると徐々に時間が18時に近づいてくる。お客もだんだん増え始め、お弁当やファストフードを購入する人が目立ち始める。


 ファストフードの販売はついさっき説明を受けたので緊張しつつ実行できたが、お弁当の精算で基本的なミスをしてしまった。

「温めますか?」と聞くまでは良かったがお客に「お願いします」と言われてすぐ電子レンジの中に入れてしまった。


「先にバーコードを読み取らないとダメだよ!」


 少し慌てた内田先輩に指摘されて間違いに気付いた。たしかにこれでは精算作業が先に出来ない。慌てて電子レンジからお弁当を取り出し、バーコードを機械でスキャンする。早鐘を打つ心臓。僕は平常心を装い値段をお客に告げてから、再び電子レンジに入れて時間をセットした。その後お金を受け取り、レジに金額を打ち込んで、おつりを取り出す。気分を落ち着かせ、平常心平常心と心の中で唱えながら、一枚一枚丁寧に硬貨を取り出す。そして優しくお客に手渡した。何とか落ち着いて対応できたと思う。電子レンジが止まると、お弁当を取り出し袋に詰めてお客さんに手渡した。


「ありがとうございました」


 立ち去るお客の背中を眺めながら安堵のため息を吐く。


「気をつけなきゃダメだよ」


「うっかりしました。すみません」


「同じ失敗は繰り返さないようにね」


「はい」


「じゃあ、次からも頑張っていこう」


 それから何人かのお客を対応していると、徐々にレジ前に列が出来はじめる。本格的にピークに突入したのだろう。内田先輩が「頑張ってね。ゆっくりでいいよ」と僕に声をかけた後、別のレジ前に移動し「次の方どうぞ」とお客をさばき始める。ここから先、約1時間は基本一人で乗り越えなければならない。ミスをしてもすぐ指摘してくれる人は今はいない。緊張感が増してくる。慌てず焦らずゆっくりと慎重にお客の対応をしよう。


 僕はひたすら目の前のお客の対応に集中し、淡々と業務をこなしていく。次々にレジに人が来るので他のことを考える余裕もない。時間が思いのほか早く過ぎ去り、一度おつりをお客に渡す際にレジカウンターの上にばら撒いたくらいで、その時は大慌てだったが、その他は問題なくピークタイムを乗り越えることができた。

 お客が減ると内田先輩がレジ業務を終えて僕の横までやってくる。


「どうだった? 問題なかったかな?」


「はい。なんとか乗り切ることができました」


 内田先輩は満足そうに頷く。


「7時からは暇な時間で、昨日みたいな感じになるから。今日は品出しについて教えるね。ちなみに品出し中はレジも同時にこなさないといけないからお客さんに意識を向けるのも忘れずにね。今ちょうどお客さんがいないから売り場の商品で少なくなったものをチェックしよっか。ついてきて」


 内田先輩はそういってレジから出で売り場の商品をチェックし始める。メモ帳を取り出し、ボールペンで商品名と数字を次々と書いていく。


「明日からボールペンを持ってきてね。メモ帳は他のものでもいいよ。お客さんが置いていったレシートの裏とかでもいいよ。とりあえず補充する商品名と補充する数を書いていくの」


 一通り売り場を見て回りメモを取り終えたら、今度はバックヤードに向かう。


「あとはここにある在庫から商品を持っていくだけ。まずはこのかごみたいなのに商品を詰めるの」


 内田先輩がメモを見ながら手早くかごの中に商品を詰めていく。


「いくつかのかごにジャンルごとに分けて入れていくといいよ」


 ある程度詰め終わったら次のかごに詰め始める。


「詰め終わったらそこにある台車を使って持っていくといいよ」


 内田先輩が部屋の隅を指さしながら言う。


「台車、近くまで持ってきて」


「わかりました」


 僕は台車を動かして増えていくかごの横に並べた。


「ここでいいですか」


「うん。大丈夫だよ。ありがとう」


 ひとまずかごに詰める作業を終えたら今度は台車にかごを載せていく。僕も作業を手伝った。


「じゃあ、戻ろっか。早くしないとお客さんが待ってるかも。この台車、棚の前まで移動させて」


「わかりました」


「私ちょっとレジ見てくる」


 内田先輩が店内へと戻っていく。僕もゆっくり台車を押しながら店内へと戻る。レジに目を向けるとお客が一人待っていたようで内田先輩が対応するのが見えた。その間に僕はカップ麺の棚の前まで台車を押していった。その場で待機しているとレジを終えた内田先輩がやってくる。


「じゃあ、それぞれのかごを対応する棚の前に降ろそっか」


「了解です」


 僕らはかごをそれぞれの棚の前に置いていく。


「空の台車はまたバックヤードに戻しといて」


「わかりました」


 僕は台車を押してバックヤードに入り、元の場所に台車を置いて、内田先輩の所に急いで戻る。


「商品の補充方法を説明するね。基本は先入れ先出しだから、まずは残っている商品を一番前まで持ってきて、それから補充するものを後ろに置いていけばいいよ。簡単でしょ。じゃあやってみよっか。カップ麺の棚の補充を任せるね。それと基本レジも任せるからお客さんの様子も見ててね」


「はい。わかりました」


 まず手始めに棚に並ぶカップ麺を手前に寄せ始める。一通り寄せ終えたら今度は空いた後ろのスペースにカップ麺を並べていく。黙々と作業を続けながら、これは楽だなと感じる。何かを覚えるということもなく、失敗する要素もほぼないのでとても気楽だ。棚の上の方に補充するときに立ったりかがんだりを繰り返すので多少は体力を使うが辛いと感じるほどでもない。運動不足の僕には、程よい運動と思えてくる。少し楽しくなって頑張って補充をしていると内田先輩が手を動かしながら声をかけてくる。


「そういえば店長が言ってたんだけど、中村君って親に温泉旅行をプレゼントするためにバイトを始めたってほんと?」


「ほんとですよ。家族4人で家族旅行に行くんです」


「へー、そうなんだ。中村君って今高校3年生だっけ」


「そうです」


「まだ高校生なのに偉いね。私なんてそんな親孝行考えたこともないよ」


「まああと2か月もすれば大学生ですけどね」


「私は4月から大学2年生だよ。私の方がひとつお姉さんだね」


「まあ似たような歳だろうなとは思ってました」


「家族旅行のお金が貯まった後も、このバイト続けるの?」


「そのつもりです。4月からは大学が始まるので、バイトは少し減らすかもしれないです。時間を減らすか出勤日を減らすかまだ決めてないですけれど」


「だよね。毎日勉強して仕事するのは大変だよね。クタクタになっちゃう」


「内田先輩は今大学1年生なんですよね」


「そだよ」


「朝昼は大学に行って、夕方近くからバイトに来てるって感じですか?」


「大学はもう春休みだよ。だから朝昼はのんびりしてるよ」


「えっ、そうなんですか。てっきりまだ授業があるのかと思いました」


「大学の春休みは始まりが早くて期間も2か月くらいあるんだ。ちなみに中村君は高校はあと卒業式に行くくらいかな」


「そうです。3月6日に卒業式があります」


「高校生でいられるのもあと少しだね。大学生になったら少し大人になるって気がしない?」


「そのあたりはまだ実感がないです。むしろバイトすることで少し大人になった気がします。それはそうとこの品出しの仕事は楽ですね」


「そう? じゃあ後で大変な品出しをお願いするね」


「大変な品出し? そんなのがあるんですか。重いんですか?」


「寒いの。飲料の補充なんだけど、裏のバックヤードから補充しないといけないから。冬の飲料の補充は大変だよ。あとでお願いするね。その間私はレジにいるから」


 バックヤードからの補充は二人では出来ない。レジが空っぽになってしまうからだ。


「寒さには強い方なので任せてください」


「じゃあ、さっさと目の前の仕事を片付けちゃおう」


「はい」


 それからも僕らは他愛ない話をしながら品出しを行い、たまにレジの対応も行いながら、飲料以外の補充を終わらせた。その後に飲料の補充を行うのだが、バックヤード内は暖房が効いておらず、2月の夜の室内温度は冗談抜きでやばかった。そして冷蔵庫から微かに流れる冷気がそれに拍車をかけている。内田先輩は最初にどこにどの飲料があるかだけ大雑把に説明して、すぐに店内に戻っていった。今は一人である。極寒の中、微かに震えながら作業を行い、少しでも体を温めようとテキパキと動く。暖房の効いた部屋で楽しくお喋りしながら仕事をしていた環境に比べると、いきなり過酷になった気がする。レジから解放されて気楽さは増すが、一人きりの仕事は少し寂しい。気楽の分レジよりマシかと考え、レジに少し苦手意識があると気づき戸惑う。だが弱気になってる場合ではない。頑張ってレジにも慣れないと。そう心に誓うのだった。


  ☆


 飲料の補充を終えた僕は店内へ戻ると再びレジ業務を任された。今日は新しい仕事として品出しを教わったが、内田先輩からするとまだまだ教えることが山のようにあるらしい。毎日少しずつ新しい仕事を教わる予定だ。何かを覚えることは嫌いではない。どんどん知識を吸収して早く一人前になりたいが、そんな僕でさえ憂鬱になるのは、たばこの銘柄を覚えることだ。数にして200種類以上。僕は高校生なのでたばこには馴染みがない。なのでお客から名前で注文されても現段階ではまったく分からない。徐々に覚えていく必要があるが興味がないものを200種類以上も覚えるのは大変だ。苦手な英語の英単語を200語覚えるようなものだろうか。軽く地獄を感じてしまう。毎日少しずつ覚えようと思いたばこの棚に目を向ける。とりあえずよく売れるたばこから覚えようと思い内田先輩に聞いてみる。


「内田先輩。たばこの銘柄を少しずつ覚えようと思うんですけど、人気の銘柄はどれですか?」


「たばこの種類を覚えるには銘柄より先に覚えないといけないことがあるよ」


 そう前置きしてから内田先輩はたばこの種類について説明してくれる。同じ銘柄でもたばこは、タールの量、たばこの長さ、入れ物の種類、の3つで分かれているらしく、まずそれらを理解しなければならない。タールの量はパッケージに分かりやすく数字で書かれていて、しっかり見て確認する。たばこの長さは短いのがショート、長いのがロングといい、長い方のパッケージに100'sと書かれていて、お客の指定がなければ普通はショートとのことだった。入れ物の種類は、柔らかい箱がソフトといい、硬い箱がボックスという。二つの違いは実際に持って比べると全然違うとのことだった。それら3つの違いを説明した後で、内田先輩が人気の銘柄をいくつか教えてくれた。


「ありがとうございます」


「頑張って覚えてね」


 それからはレジ業務の合間にたばこの銘柄や種類の判別方法を何度も思い出して記憶する。内田先輩はというと僕のレジ業務を見守りながらも店内清掃などをしていた。店内清掃を手伝おうと思ったけれど、それはまた明日教えるよと言われた。

 結局、その日はそのままバイト終了の時間を迎えるまでレジ業務をしていたのだった。


  ☆


 バイトをしている時は気にならなかったが、家に帰り自室に戻って椅子に座っていると、かなりの疲労を感じる。昨日も疲れたが今日の疲労はそれ以上だ。今日も新しく色々な仕事をした。夕方のピーク時間にレジを経験したり、その後品出しをしたり、たばこの判別方法を覚えたり。覚えたことを忘れないようノートにまとめるのも良いかもしれない。今は疲れているので明日にでもそうしよう。とりあえず今日はお風呂に入ってすぐ寝てしまおう。僕は重い体を引きずって脱衣所まで行き、ゆっくり服を脱いで風呂場に入った。湯船につかると一日の疲労が溶け出すようで気持ちがいい。しっかりと長めに湯につかり、それから頭と体を洗って一日の汚れを落とす。再び湯につかって一息ついてから風呂から上がった。パジャマに着替え、水分を取り、自室に戻ってベッドに横たわった。

 今日も疲れたな。明日も頑張ろ。おやすみなさい。

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