1000peror

ぺらー。

笑顔の夜空


 ねぇ、ママ! おそらが笑ってるよ!


 ベランダから室内に向かって声が響く。娘の声に、その母親は「素敵ね」と声だけを向けた。この世に生まれて、まだ数年。母親の愛が自分に向いていないことなど知りもしない。

 母親がこちらを見ずに返事をしていることに気がついた彼女は、再び母親に声を掛ける。見てってば、と。腕をひかれて寒空の元に連れ出された母親は、意図的に息を吐き出した。

「わぁ、ママの息、真っ白だね」

「そうね」

「おそらのあの子にも見えてるね」

「そうね」

 適当に相槌を打って、けれどもふと考える。

 あの子、なんて。

 そういえば、彼女は少し前になんと言っただろうか。確か、お空が笑っている、だったような。しかし見上げたところで、笑っている、という言葉の理由を見つけることが出来ない。

 思えば、娘はいつもそうだった。何かを見て「笑っている」だとか「怒っている」だとか。周りの子どもたちが「このお花が可愛い」などと言っているその横で、娘だけが「なんだか寂しそう」と紡ぐのだ。

 変な子。周りの子どもより、周りの親たちより、まず先に母親自身がそう思った。この娘は変な子だ、と。

 愛が冷めたのはその時だったかもしれないし、もしかしたらもっと前だったかもしれない。この娘を変にしてしまったのが自分なのか、それともこの娘が変な子だから自分の愛が冷めたのか。結論を探すことに意味はないと感じて、早々に考えることを放棄した。

 冷たい風が体を冷やしていく。ぞわり、と鳥肌が立つ感覚。

「ほら、もう部屋に入って」

 変な子だろうと、愛が冷めようと、外側は親子でなければならない。娘が風邪をひいたら面倒な思いをするのは自分だ。外側が親子、というのは、つまりそういうこと。

 ホットミルクでも飲ませて、そのまま寝かしつけてしまおう。そうすれば、あとは自分だけの時間になる。二十四時間の大半を娘に奪われているのだから、自分の時間を少しでも多くとりたい。

「早くしなさい」

「まって、今、おはなししてるから」

「おはなし?」

 思わず聞き返す。今まで「笑ってる」だとか「怒ってる」だとか、状態を表す言葉は何度も聞いてきた。しかし、それはあくまでも一方通行。おはなししてる、なんて、まるで言葉を交わしているかのような言い方を。

 瞬間、笑い声が聞こえた気がした。がっはっは。酒飲みのじいさんを彷彿させる、豪快な笑い声。隣近所から聞こえた声とは違う。証拠も根拠もないけれど、何故か確信がある。

「お話は後にして、早く部屋に、」

「だいじょうぶ、あと少しで終わるから」

「いいから早く! 遊! ……ゆう?」

 がっはっは。




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