52冊目 後悔先に立たず

 あるところにことわざを検証しようとした男がいた。

 男がそれを思い立ったのは、小学生の頃の授業で諺について学んだのがきっかけだった。その授業の際、他の生徒達は退屈そうだったり眠そうだったりしたが、男だけは次々に教えられる諺に目を輝かせており、この世にはそんな言葉もあるのだと感心した。

 しかしその日の帰宅後、授業の内容をまとめ直していた時に男はふとある疑問を抱いた。それが諺を実践したら本当にその意味通りの出来事が起きるのかという物だった。

 その疑問が浮かんでからというもの、男はそれを検証したくてたまらなくなり、なかなか寝付けなくなったため、翌日から諺を一つずつ試してみようと決め、その日はすやすやと寝息を立てながら眠りについた。

 そして、翌日から男は授業で教わった諺から一つ選び、それを次々に実践し始めた。中にはそもそも実践が不可能な物や失敗した物もあったが、『負うた子に教えられる』や『三人寄れば文殊の知恵』のように実践した事で良い思いをした物もあり、男は諺辞典を買う程に諺にのめり込んでいった。

 そんなある日、男が選んだのは『焼け石に水』であり、男は川原から手頃そうな石を拾ってくると、それ以外に家の仏壇にあるマッチやペットボトルに汲んだ水を持って、家から少し離れたところにある空き地でそれを実践し始めた。

 空き地の中心に拾ってきた石を置き、その周りを何本もの枝で囲むと、ワクワクしながらマッチを擦って枝に火をつけた。着火した枝から他の枝へと次々に燃え広がり、パチパチという音を立てながら中心に置かれた石を熱し始めると、男は目を輝かせながらそれを見守った。

 そして、そろそろだろうと思いながらペットボトルの蓋を開けようとしたその時、不意に一陣の風が吹き、それによって火が男の方へ煽られると、男が穿いていたジーンズに触れ、その部分からゆっくりと燃え広がり始めた。

 突然感じ始めた熱さに男は驚き、慌ててペットボトルの水をかけようとしたが、焦りと熱による痛みなどで中々開けられない内にペットボトルを落としてしまい、それに男が顔を真っ青にしている間に火は男の服にも広がり、たちまち男は火だるまになった。

 自身の肉が焼けていく嫌な匂いと痛みを与える熱さに男は悲鳴を上げ、助けを求めようとしたが、誰にも邪魔されないようにするために人気の無い空き地を選んだ事を思いだし、男は絶望しきった顔でその場に倒れこんだ。

 そして、薄れ行く意識の中で、男はとある諺を思い出すと、偶然にもそれを実践出来た事に笑みを浮かべ、一つの焼死体となりながらこの世を去ったという。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る