51冊目 受け継がれる意志

 あるところに教師を志した男がいた。

 男が教師を志したのは、小学生時代に出会った一人の教師がきっかけだった。

 その教師は男のクラス担任であった男性教師であり、時には騒ぎ、時には居眠りをするクラスメート達にも負けず日々奮闘し、生徒達のために様々な努力を重ねるその姿に男は憧れを抱き、将来は自身も教師になりたいと思うようになっていた。

 その夢のために男は日々勉学や体力向上に励み、その努力の甲斐もあり、男は学校では成績優秀な生徒として周囲から羨望の的となった。しかし、男はそれには満足する事無く、夢を叶えるために努力を続け、その結果、教育学部がある大学に合格し、男は嬉しさを感じながら大学生活を送り始めた。

 そんなある日、男はかつて通っていた小学校に教育実習生として行く事になると、期待に胸を膨らませながら当日小学校へと向かった。

 しかし、教育実習に向かった男に待っていたのは想像を遥かに超えた現実だった。元気があり余っている小学生達の相手やかつて自分が受けていた授業の計画立て、母校の教職員達への聞き取りや日誌の作成などのその過酷さに男は徐々に精神を磨り減らし、帰宅後にはすぐに眠ってしまう事も少なくなかった。

 そんな日々を過ごしていたある時、一人になりたいと思い、昼食後にふらっと屋上へ足を運ぶと、そこには柵に手を掛けている男子生徒があり、その雰囲気から男は男子生徒が屋上からの景色を見るために来たのではないと感じ、すぐに男子生徒へと掛けよった。

 そして、男子生徒がそのまま柵に足を掛け、柵の向こうに身を投げ出したその瞬間、男はすんでのところで男子生徒の体を抱えると、自分の体が下になるようにしながらそのまま落下していった。

 その後、男が地面に衝突すると、周囲にいた生徒達からは悲鳴が上がり、他の教師を呼びに行く生徒や頭などから血を流しながら力無く倒れている男の姿をびくびくしながら眺める生徒、まるで何か面白い物を見つけたかのように他の生徒を呼ぶ生徒、とその行動が幾つかに分かれる中、男に抱えられていた男子生徒はゆっくりと出てくると、目に涙を溜めながら後悔した様子で男に謝罪の言葉を口にした。

 そんな男子生徒に対して男は優しく微笑むと、男子生徒の頭を撫でながらその命が助かった事を喜び、職員室にいた教師達が駆けつける頃にはその命の灯は静かに消えていた。

 その後、男の行動や命を助けられた男子生徒が虐めを苦に身を投げた事はニュースなどで取り上げられると、それを知った人々は男を教職を志す者の鑑であると評し、虐めの実行犯である生徒達やそれを見て見ぬふりしていた教師はしばらくの間学内だけでなく、彼らを知る人々からも後ろ指を指される事となった。

 そして、命を助けられた男子生徒は、男の死を無駄にしたくないと考えて奮起し、男がなし得なかった教師の職に就くと、かつての自分のように苦しむ生徒を作らないように教職の傍らで虐めや家庭問題について取り上げた書籍の出版や講演会の開催など様々な活動に取り組んだという。

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