幕間

 読んでいた『憶本ストーリー』を閉じ、来館者はふぅと息をつく。司書らしい女性から再び声をかけられてからどれだけの時間が経ったかはもう既にわからなくなっており、それは自分が『憶本』を読み進める事にそれだけ没頭していた証となっていた。

 しかし、来館者が『憶本』に没頭していたのは他にも理由があった。それは直前まで読んでいた『dream again if』が他の『憶本』とは違った雰囲気をまとっていたからだった。

 そして、来館者がその理由を探るために先程まで読んでいた『憶本』に再び視線を向けていた時、背後からコツコツと館内に響く程の靴音が聞こえ、来館者が背後を振り返ると、そこには司書らしき女性が立っていた。


「ふふ、また『憶本』に没頭されてい──あら、そちらの『憶本』とも出会っていらしたんですね」


 女性の視線の先には来館者が直前まで読んでいた『憶本』があり、来館者が件の『憶本』を不思議そうに見ていると、女性はクスリと笑ってから静かに話し始めた。


「そちらは他の『憶本』達とはまた違った物でして、他の方には中々訪れないような運命的な出会いを果たした方の派生世界の『憶本』なのです。そのため、名前にも『if』とついており、私はこれらの事を『分史憶本パラレルストーリー』と呼んでいます。

 それにしても……『分史憶本』と出会った方を見るのはいつぶりでしょうか。もしかしたらあなたならば、私が追い求める『分史憶本』の本来の道筋である『正史憶本トゥルーストーリー』とも出会い、その中身を読む事が出来るかもしれませんね」


 来館者が驚いた様子で『分史憶本』に視線を向ける中、女性はクスクスと笑いながら言った後、軽く館内を見回してから再び来館者へ視線を向けた。


「さて、まだここで『憶本』を読んでいかれますか? 読んでいかれるならばごゆっくりで良いのですが、あなたにも帰る場所や行くところがあるのではありませんか?」


 その問いかけに答えるために来館者は口を開いたが、いくら考えてもそれらしい答えが思い付かなかったため、口を閉じてから首を横に振った。


「そうですか……それならばどうぞごゆっくり。私は再び仕事へ戻りますので、ご自由に『憶本』を手に取って読んでみてくださいね」


 それに対して来館者が頷いた後、女性はにこりと笑ってから離れていき、そのまま本棚の中へと消えていった。

 女性の姿が見えなくなった後、来館者は再び机の方へ顔を向けたが、頭の中はとある疑問でいっぱいになっていた。その疑問とは先程の問いかけに自分が答えられなかった事についてだった。

 ここに初めからいたわけではないから、自分はどこからかここへと来たのは間違いなかったが、いくら考えてみても自分がどこから来たかやどうやって来たのかがまったくわからなかった。

 その事に来館者は疑問を抱くと同時に恐怖を感じたが、机の上に置かれた『分史憶本』を見た瞬間、何故か気持ちが落ち着いていくのを感じ、来館者は徐々に別の『憶本』が読みたいと思い始めた。

 そして、疑問については読んでいる内に解決するだろうと考えた後、持ってきていた『憶本』を手に持ち、また別の『憶本』と出会うために本棚へ向かって歩き始めた。

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