47冊目 金魚の愛

 あるところに金魚を愛する女がいた。

 女が金魚と出会ったのは、幼い頃に両親に連れられていった夏祭りの会場だった。夏祭りの楽しげな雰囲気と賑やかさに心が弾む中、女は金魚すくいの屋台を見つけると、両親にねだって金魚すくいに挑戦した。

 結果、一匹の赤い金魚を手に入れると、女はその翌日に水槽や餌などを揃え、リビングに水槽を設置すると、金魚の世話を熱心に行った。その女の姿を両親は微笑ましそうに見守ると同時に女からの質問にいつでも答えられるように金魚の世話についての情報収集を怠らなかった。

 そして数年後、中学生になった女がいつものように金魚の世話を終え、自室に戻ろうとしたその時、背後から小さな物音が聞こえ、ハッとしながら振り向いた。

 すると、開けていた窓から入ってきたのか金魚の水槽の傍に野良猫の姿があり、女が慌てて野良猫を追い出そうとしたが、野良猫はそれには動じずに水槽の中へと前足を入れた。

 そして、掬い上げるようにして金魚を水槽の外へと出すと、金魚を食らうために顔を近づけたが、すんでのところで女は猫を抱き上げると、暴れる猫に苦労しながらもどうにか外へと追い出し、窓をしっかりと閉めた。

 その後、すぐに金魚を水槽の中へと戻したが、金魚の元気は次第に失われ、その翌日には命を落とした。可愛がっていた金魚の死に女は悲しみ、その姿には両親も何を言ったら良いかわからない程だった。

 そんなある日、自室で眠っていた女は夢の中で不思議な森の中を歩いていた。森の中はとても静かで、自分以外の生物の気配はまったくなかったが、女は何故か不安や恐怖を感じておらず、それどころか安心感すら覚えていた。

 そして、周りを見回しながら歩き続けていたその時、女は大きな湖へとたどり着くと、その側に立つ赤い着物姿の一人の女性を見つけた。

 女性のこの世の者とは思えない程の綺麗な顔立ちに目を奪われていると、女の方を向いた女性は微笑みながらゆっくりと近づき、それに対して驚く女に対して世話をしてくれた事へのお礼を述べ、またすぐに会えるから哀しまないで欲しいと告げた。

 その言葉で女は女性の正体に気づいたが、返事をする前に女の視界は薄れていき、笑顔を浮かべながら手を振る女性に対して手を伸ばそうとしたところで目が覚め、女は声を出さずにぽろぽろと涙を流した。

 そして、ひとしきり涙を流し終えた後、自室を出てリビングへ向かうと、そこにはテーブルを見ながら不思議そうに首を傾げる両親の姿があり、女がそれに対して疑問を覚えながら近づくと、テーブルの上には綺麗に畳まれた赤い金魚の柄の着物が置かれていた。

 着物の存在に女は驚いたが、すぐに夢の中で出会った女性の言葉を思い出すと、女は再び目に涙を溜めながら両親に夢の中での出来事を話した。

 両親はその話にとても驚いたものの、すぐに優しい笑みを浮かべると、それならば着物は女が着るべきだと言い、着物は女の物となった。

 その後、女は金魚の柄の着物を夏祭りや成人式などで着るようになり、結婚などを経て子供や孫が出来た後も大切にし続け、亡くなるその日まで捨てたり売ったりなどせずにどこか安心したような笑みを浮かべながらずっと着続けたという。

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