38冊目 幸せの猫

あるところに猫を飼っている女がいた。

幼い頃、女は家で飼われていた猫をとても可愛がっており、猫も自身の世話を熱心にしてくれる女に対してとても懐いていた事から、両親はそんな娘とペットの仲睦まじさを微笑ましそうに見ていた。

しかし、そんな幸せな時間も遂に終わりを迎えた。猫が病にかかり、この世を去ったのだ。愛する猫の死に、女は深い悲しみに襲われ、そのショックはしばらくの間食事が喉を通らなかった程だった。

それから数年が経ち、女は猫の死のショックから立ち直っていたが、ペットショップや映像などで猫の姿を見る度に猫との思い出が頭に蘇り、辛さを感じるようになっていた。

女はその姿を見せる事で両親や友人が心配すると思い、猫の姿を見た際には気にしていない風を装っていたが、そんな女の気遣いには誰もが気づいており、女と一緒にいる際には猫の姿を見ないように心を砕いていた。

そんなある日、女は体の疲れと精神的なストレスに辛さを感じながら一人夜道を歩いていた。成人となった女は親元を離れて就職をし、仕事に疲れてため息をつきながら帰宅する毎日を送っており、その生活にピリオドを打ちたいと常々感じていた。

そして、あと少しで家というところで、女は近くから猫の鳴き声が聞こえてくる事に気づき、足を止めながら辺りを見回すと、鳴き声の主である子猫は近くにあった電信柱の下に置かれた小型の段ボール箱の中にいた。

女はしゃがみながら顔を近づけ、段ボール箱の縁に前足をかけながら鳴き声を上げる子猫の姿に愛らしさを感じていたが、それと同時に幼い頃に飼っていた猫の姿を想起し、やがて目から涙をぽろぽろと流し始めた。

すると、子猫は鳴き声を上げるのを止め、静かに涙を流す女を不思議そうに見始めたが、ゆっくり女に顔を近づけると、まるで慰めるかのように女の顔をペロペロとなめ始めた。

子猫のその行動に女は驚いたが、胸の奥がぽかぽかと暖かくなってくるのを感じると、子猫に向かって微笑みかけ、段ボール箱ごと子猫を自宅へと連れ帰った。

その後、女は子猫の世話で仕事などでの疲れやストレスを癒し、それによって気持ちにも余裕が生まれると、仕事を辞めて少し気持ちを切り替えたいと思うようになり、退職をした後に実家へと戻った。

両親は猫を可愛がる娘の姿に驚いたが、女が猫を見ても寂しさや哀しさを感じていない様子だったため、それに安心すると同時に自分達も子猫を可愛がり始めた。

その後、再び就職した女は職場で出会った男性と結婚し、男性やその間に生まれた子供、飼い猫が産んだ子猫と共に幸せな毎日を過ごし、天寿をまっとうしたが、亡くなる前に二匹の猫と出会えた事は本当に幸せだったと言い残したという。

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