39冊目 正直者の末路

 あるところに正直者な男がいた。

 幼い頃から男は両親から嘘をつくのはろくでなしのする事で、しっかりとした人間なら嘘をつかずに正直に生きるべきだと教えられ、自分はこれから先嘘をつかずに生きようと誓った。

 その誓いはいつしか男の中で絶対的な物になり、男はどのような状況になっても真実を話し、その結果、周囲からうとまれる事も少なくなかった。

 しかし、男はそんな周囲の人間の事を自分とは違うろくでなしなのだと考えて見下し、そういった人間との関わりを少しずつ絶っていった。

 そんなある日、成長した男は一人の女性と出会うと、次第に彼女との関係を深めていき、やがて恋人同士になり、彼女との同棲を始めた。

 恋人となった女性はかつて他人からつかれた嘘で心に傷を負っており、男はそんな彼女の事を常に気遣い、自分は絶対に嘘をつかないと彼女に対して誓いを立てた。彼女もそんな男の言葉を信じ、二人は周囲から見てもとても幸せそうなカップルだった。

 そんなある日の事、女性の誕生日が近い事に気づいた男は彼女を驚かせたいと思い、サプライズを計画すると、すぐさまその準備に取りかかった。女性はそんな男の行動に疑問を感じ、一体何をしているのかと問いかけた。

 男は彼女のためのサプライズの準備をしているのだと正直に話そうとしたが、話してしまってはサプライズにはならないと考え、彼女のためという部分だけを隠し、大切な人を祝うための準備をしているのだと話した。

 それを聞いた女性はとても複雑そうな表情をすると、少し出掛けてくると言って出掛け、男は女性の様子に疑問を抱いたが、帰ってくる頃にはきっと元気になっているだろうと考え、サプライズの準備を続けた。

 それから数時間後、中々女性が帰ってこない事に男は疑問を感じると、心配でいっぱいになりながら女性の携帯電話に電話をかけた。

 しかし、女性は中々電話には出ず、もしや彼女に何かあったのではという不安を感じ始めたその時、男はどこからか救急車のサイレンが聞こえてくる事に気づき、それを確認するために外へと出た。

 すると、近くで起きた交通事故の話を近所の人々がしている事に気づき、男はまさかと思いながら救急車のサイレンが消えていった方へと走り始めた。

 そして数分後、男が近所にある大きな道路に到着すると、そこには話をしたり携帯電話で写真を撮ったりしている野次馬と現場の保存や近くに停まっている車の運転手らしき人物と話をする警察官の姿があり、その中にいた救急救命士達がストレッチャーに載せている人物の姿に男はガンと殴られたような衝撃を受けた。

 男は心にぽっかりと穴が空いたような感覚を覚えると、ふらふらと歩きながら家へと戻り、家の鍵をしっかりと掛けた。

 そして、彼女へのサプライズプレゼントとして用意していた指環を取りだし、自分が正直に話をしなかった事で彼女が事故に遭ってしまった事への後悔を口にしてから指環に口づけをした後、用意していたもう一つのプレゼントである赤いリボンを首に巻き付け、苦しさを感じながら何度も何度も後悔と謝罪の言葉を口にし、そのまま息を引き取った。

 その後、どうにか一命を取り留めた彼女は男の死を知ったが、それに対して哀しむ様子を見せないどころか自分の嘘に騙されていた事を嘲り、一度も男の死を悼まずに救急救命士の男と恋人になった後、いつしか男の存在すら忘れ去ったという。

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