33冊目 サイエンスサーカス

 あるところにサーカス団の団長に憧れた男がいた。

 男がサーカスを知ったのは、幼い頃に両親に連れられて訪れた移動式のサーカスの一座がきっかけだった。

 その一座は特に有名なわけではなく、両親もサーカス自体が珍しかったため訪れたが、男にとってそれは運命の出会いとなっていた。空中ブランコやピエロの曲芸、猛獣の火の輪くぐりや様々なマジックとステージ上で行われるすべてのパフォーマンスが男の心を奪い、男はいつか自分も様々な団員を率いて観客達を沸かせたいと考えるようになった。

 その後、男はサーカスについて調べ、最低限必要な団員の種類をノートに書き出したが、それらを可能とする団員を集めるには資金を始めとした様々な物が足りない事に気付き、男は愕然とすると同時に自分の目標の高さを思い知る事になった。

 そして、男がサーカス団の団長になる夢を諦めようかと思い始めた頃、男のクラスメートの一人が骨折で入院し、クラス内で話し合いをした結果、隣の席に座る男が代表してお見舞いに行く事になった。

 週末、男はお見舞い品を持って少し緊張しながら病院へと向かい、クラスメートと面会したが、クラスメートは外で遊べない事や退院出来るまでクラスメート達とも好きに話せない事に気落ちしており、男は帰宅後にそんなクラスメートのために何か出来ないかと考え始めた。

 そして、男はあるアイデアを思いつくと、それを実行するために様々な物を購入し、下校後や休日を使って自室にこもりながら精一杯準備を進めた。

 それから数週間後、男は大きめの鞄を持って再び入院中のクラスメートを尋ねた。男の来訪にクラスメートは嬉しそうな顔をしたが、男の持つ荷物を見ると、不思議そうに首を傾げた。

 男はそんなクラスメートの様子に満足げな笑みを浮かべると、サーカス団の団長のような口上を口にしながら鞄を開け、ベッド脇のテーブルの上に用意してきた物を並べた。

 男が用意してきた物、それは色紙や磁石などを使って作り上げた男だけのミニサーカスだった。男はまるで本物のサーカス団を率いているように様々な口上を口にしながらテーブルの上で数々のパフォーマンスを繰り広げ、クラスメートがそれに対して目を輝かせる中、同じ部屋に入院していた患者や看護師達もいつしかそのパフォーマンスに目を奪われていた。

 そして約一時間後、最後のパフォーマンスが終わると、クラスメートを含めた観客達からは拍手が送られ、男はやりとげたという気持ちでいっぱいになりながらその拍手の中で優雅に一礼をした。

 その後、その話を聞いた病院側からの要望で男のミニサーカスは病院に寄贈され、男は自分だけのサーカスを更に追求するために退院したクラスメートに手伝ってもらいながら様々な科学の知識を取り入れ、サーカスの規模を徐々に拡大させていった。

 それから長い時が過ぎ、男は科学の力による自分だけのサーカスであるサイエンスサーカスを完成させ、当初から手伝ってくれていた妻との間に生まれた子供やその弟子達にもその技術は受け継がれた。

 そして、男が天寿を全うした今でもサイエンスサーカスはあらゆる場所で行われ、パフォーマンスを見た観客を沸かせ続けており、男はそんな人々達から奇跡の科学者として尊敬され続けているという。

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