30冊目 魔王の後継者

 あるところに魔王を夢見た男がいた。

 男が魔王という物を知ったのは、幼い頃に自分が住んでいた村を魔王の率いる軍勢に襲われた事がきっかけだった。その村は結果的に壊滅し、唯一生き残った男は魔王の部下に捕らえられ、捕虜にするためにそのまま城へと連れていかれた。

 その後、男は両手を手錠で繋がれた状態で魔王に謁見し、その堂々とした態度や溢れる魔力の気配に気圧されたが、それと同時に憧れを抱いていた。

 そして、翌日から男は魔王軍の捕虜としての生活を始めた。力仕事や炊事、しごきと称した暴力や男を始めとした人間に対しての暴言が男の生活の全てとなり、その過酷さに男は何度も死を選ぼうとした。

 しかし、男は城へ連れてこられた日に見た魔王の姿を思いだし、いつかは自分も同じような存在になるのだという思いを支えにし、捕虜としての生活を必死に頑張った。

 そんなある日、男は玉座の間へと呼び出されていた。呼び出された理由に覚えの無かった男は玉座の間で待たされている間、緊張でいっぱいになっていたが、それ以上に魔王の姿を再び見られるという事への喜びが勝っていた。

 数分後、魔王が玉座の間へ現れ、男が膝を折ってかしずくと、魔王はニヤリと笑いながら男へと近づき、男に顔を上げさせてから自分の元で次の魔王として修行を積む気は無いかと問いかけた。

 その問いに男が驚く中、魔王は男の中に眠る強力な魔力の気配や自身へ向けていた憧れの視線を感じていた事、そして自身の座を継げる程の存在が部下にいない事を悩んでいた事を話し、男さえ望むならしっかりと修行を積ませた上で魔王の座を譲り渡すと告げた。

 魔王からの言葉を聞いた男は信じられないといった様子だったが、気持ちを落ち着けた後にその提案に頷くと、魔王から魔力を目覚めさせられ、正式に魔王の後継者となった。

 翌日から魔王の後継者としての修行を始めた男は、今まで自分を虐げたり暴言をぶつけたりしてきた部下達が汗を滝のように流しながら自分に謝罪をしたりかしずかれたりしたが、それらに対して怒りをぶつけたり命令をしたりはせずに微笑み、これからも自分には敬語を使わずに畏まった態度を取らないように頼んだ。

 その男の言動に魔王の部下達は驚いたが、それと同時に男に対して強い忠誠心を抱き、その日から男にとってとても大切な友人となった。

 そしてそれから数年後、男が魔王の座を継ぐに相応しい程の力をつけ、その事に満足感を覚えていたその時、城の入口付近が騒がしくなり、男はそれに疑問を持ちながら城の中を歩き始めた。

 すると、城内には傷ついた部下達の姿やその亡骸が転がっており、男は部下達の姿に驚きと悲しみを感じながら手当てを行い、何があったのかと訊いた。

 その問いに部下達は勇者が率いる人間達の軍が攻めてきたと話し、玉座の間では現在魔王が応戦していると聞くやいなや男はすぐさま玉座の間へと向かった。

 そして、玉座の間へ入ると、そこには勝鬨かちどきをあげる人間達と血に染まりながら倒れ伏す魔王の姿があり、その光景に男がショックを受けながらよろよろと歩いていると、それを見た人間達はニヤニヤと笑いながら男の命も奪うために近づいた。

 男はそれに対して怒りを露にしながら魔王との修行で高めた魔力を解放した。すると、それにより玉座の間には雷や炎が発生し、人間達はそれに対して様々な魔法を放ったが、男の力の前には歯が立たず、悲鳴や苦しそうな声を上げながら次々と屍へと変わっていった。

 そして人間達が全員死に絶えた後、憎しみのこもった視線を向けながら男は人間達の屍を燃やし尽くし、生き残った部下達の手当てを行ってから魔王の亡骸を丁重に弔うと、部下達に対して自分がこれからは魔王として魔物達を率い、魔王を亡き者にした人間達を滅ぼすと宣言した。

 その後、魔王となった男は宣言通りに人間達を滅ぼし、世界を魔物達の楽園へと変えると、一番信頼を置いている部下に自身の後を任せ、自室へ戻ってから自身の心臓に腕を突き刺した。

 そして、薄れゆく意識の中で男は先代の魔王への忠誠の言葉を口にしながら息を引き取ったが、その死に顔はとても安らかで満足げな物だったという。

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