28冊目 スイミングビューティー

 あるところに人魚に憧れた女がいた。

 女は幼い頃に読んだ童話がきっかけで人魚という物を知り、海の中をすいすいと泳ぐ優雅さや相手を魅了する美貌、そして存在の儚さなどに魅せられると、自分も人魚のような存在になりたいと思うようになった。

 そのために、女は水泳を始めると同時に周囲からの見え方を工夫し始め、学校の勉強に励む傍らで人魚に近づくための努力を続けた。

 両親はそんな女の事を応援し、様々な面から支援を行うと、女は徐々に美しさを増していき、同じ学校のみならず他の学校の異性からも告白をされたりラブレターを送られたりするようになっていた。

 そんなある日、女は一人の男子生徒から告白されると、それを了承し、二人は恋人同士になった。男子生徒は女が通う学校では文武両道で容姿端麗だった上に父親が会社の社長を務めていた事から異性からの人気が非常に高く、周囲は二人をお似合いのカップルであると評した。

 しかし、交際を始めると、男子生徒は女の生活についてあれこれと口を出し始め、水泳を止めさせようとしたり自分からの呼び出しには絶対に応じるように強制したりと女をまるで自身の所有物であるかのように扱おうとする態度に女は徐々に苛立ちを募らせた。

 そして、二人の仲が険悪になった頃、女は他に恋人を作っていた男子生徒から別れを告げられ、その上身に覚えのない悪評を広められ、クラスメートや水泳部の仲間以外の生徒から避けられるようになっていた。

 女はその事にショックを受け、しばらく食事も喉を通らず、水泳の調子もままならなかったが、ある時、女の頭の中に幼い日に夢見た人魚の姿が浮かぶと、それに勇気付けられる形で女は気持ちを切り替え、クラスメートや水泳部の仲間からの応援を受けてこれまで以上に水泳や美容、学業に精を出した。

 その結果、女は水泳の大会では常に上位入賞を果たすようになり、泳いでいる際の優雅さや泳ぎ終わった際に見せる満足げな笑みに観客や他校の生徒達が目を奪われる事から、女はいつしか『プールの人魚姫』というあだ名をつけられるようになっていた。

 その後、成人した女は高校時代のクラスメートとの結婚やその間に出来た子供の出産もしたが、子供が成長した後に出場した様々な大会でその実力を発揮し、世界中にその名前が知れ渡るようになっていた。

 そして、老化による身体能力の低下を理由に引退した後も若い選手達の助けになればという思いで本の出版や講演会の開催など様々な活動を行い、老衰で亡くなった後も現役時代の映像はあらゆる人物の心を掴み、魅了し続けたという。

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