22冊目 火への愛

 あるところに火を愛する男がいた。

 男が火を愛するようになったのは、幼い頃、両親が仏壇に線香を立てる際にマッチを擦ってついた火を目にしたのがきっかけだった。

 マッチに灯る火は小さく、少し息を吹きかければ消えてしまう程だったが、風に揺めく火はどこか妖しげな動きだったため幼かった男の心を奪い、いつかまたあの揺らめく火を見たいと思わせた。

 そして成長した男は、自身の目標の一歩として料理を始めた。必ずしも料理に火を使うわけでは無かったため、使わない料理を作る時には少し残念そうにしていたが、コンロなどを使う際には、料理の出来映えを気にしながらも鍋などの下で力強く燃える小さな炎達に目を輝かせた。

 そんな男の姿に両親や友人達は初めこそ異質な物を見るような視線を向けていたが、男が純粋に火を好ましく思っている事や火を使って誰かを傷つけようとしているわけではない事を知り、その視線は変わり者を見るような物へと変わった。

 そんな周囲からの視線を男はまったく気にせず、蝋燭ろうそくに灯る火や神社の篝火かがりび、プレイしてるゲームの映像の火すらも好み、それらを見つめる男の目はまるで愛しい相手を見つめているようなうっとりとした物だった。

 そんなある日、下校中の男は近くから何かが焦げているような臭いが漂ってくる事に気づいた。男はすぐさま近くで火が燃えていると感じ、その臭いがする方へとワクワクしながら走っていった。

 しかし、そこには男が想像すらしていなかった物が待っていた。男の目の前にはもくもくと黒煙を上げながら一件の民家が燃えている様であり、消防車や野次馬の姿が見えない事から、燃え始めたばかりなのは明らかだった。

 その光景に男もいつものように火を愛でる事が出来ず、すぐに消防署などに連絡をし、持っていたカバンなどを近くに置くと、庭の方へとまわり、開いていた窓から燃え盛る民家の中へと走っていった。

 普通ならば火事の現場に入っていくのは躊躇ためらわれるところだったが、火に普段から慣れ親しみ、常に好意を持っていた男は恐怖や熱気に負けずに現場の中をすいすいと進んでいった。

 そしてそれから数分後、男の通報によって駆けつけた消防士達や臭いや煙に気付き近づいてきた野次馬で現場がざわつく中、庭から一人の子供を抱えた男が出てくると、消防士達は驚き、野次馬達からは歓声が上がった。

 その後、火事の原因は電気ポットの電源コードが破損していた事による漏電だと判明し、留守番のために家の中にいた子供を救いだした男は、火事の現場に入っていった事を叱られはしたが、子供を救いだした事に関しては感謝状が贈られ、しばらく男は周囲からの質問責めに遭う事となった。

 それから数年後、男は自身の火を恐れない特徴を活かし、火事で亡くなる人を出来る限り無くしたいと考え消防士の道へと進んだ。そして、還暦で退職するまで多くの人々の命を救い、その後も火や火事の恐ろしさを伝えるために様々な活動を行っていったという。

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