19冊目 愛する者

 あるところに一人の男性を病的に愛する女がいた。

 女が男性と出会ったのはお互いが高校生の頃であり、男性が落としたハンカチを女が拾って渡し、それに対して男性がお礼を言った際の笑みに惚れたのがきっかけだった。

 幼い頃から他人に恋をした事が無かった女は、はじめて知った恋心に戸惑いながらも想い人の事を深く知りたいと思い立つと、発信器や盗聴機を入手し、それらを仕掛けたプレゼントを幾度か男性へと贈った。

 あまり知らない相手からのプレゼントだったにも関わらず、男性が何も疑う事無くそれらを受け取った事に女は喜び、男性も自分に気があるのではないかと期待しつつ盗聴機から聞こえてくる男性のあらゆる生活音を楽しみながら日々を過ごした。

 そして、高校の卒業式の日、男性から告白された事で、二人は恋人同士になると、度々男性の誘いで食事に行ったり時にはデート中に男性が作った弁当を食べたり、と幸せを噛み締めながら女は男性とのデートを楽しんだ。

 そんなある日、女はデートの最中に男性の自宅へと呼ばれた。これまでのデートで幾度も口づけを交わしていた事や男がデート中にそわそわしていた事から、女は遂に一線を越える時が来たかと期待し、ワクワクしながら男性の後に続いて家へと向かった。

 そして、揃って家の中へ入った瞬間、男性は急に女の方を向くと、ドアに強く手をつく事で壁ドンのような形にし、女を逃げられないようにしながら、緊張と気温のせいで汗が滲む女の首に舌を這わせた。

 女は突然の事に驚きながらも自分が期待していた通りの事が始まるかと思いながら、自分の首を這い回る男性の舌の感触と男性の鼻から出る荒い鼻息に酔いしれた。

 しかし、いくら待っても男性は鼻息を荒くしながら舌を這わせるだけであり、女がそれを不思議に思っていると、男性の舌は急に動きを止めた。そして、男性はゆっくり顔を離していくと、暗い表情でポツリポツリと話し始めた。

 男性は幼い頃から食人や人間の体液への興味があり、それが異常だと知りながらもその興味と欲求は日に日に強くなり、学友達やプライベートで知り合った友人達の露出した肌や流れる汗を見るだけでも思わず喉をゴクリと鳴らしてしまう程になっていた。

 そんなある日、女と出会った男性は、女が自分に対して好意を抱いているのを察し、ある計画を企てた。それは女の恋心を利用して自分の恋人にし、食事などで健康的な体にした後に家へと呼んで睡眠薬で眠らせ、その内に解体して体内に取り入れるといった物だった。

 だが、計画の実行日としていたその日はとても気温が高かった事で女は大量の汗をかいており、その汗の香りが男性にとってはとても耐えられる物ではなかった。そして、家に入った瞬間に女から漂う汗の香りに魅了され、思わず汗を思う存分舌で堪能してしまったのだった。

 話が終わると、男性は青ざめた顔を俯かせながら肩を震わせていたが、女の表情は恍惚こうこつとしており、すぐさま男性に自分を食べ、男性の体の一部にして欲しいと頼んだ。

 その頼みに男性はとても驚いたが、女にとって心から愛する男性の一部になる事は至上の喜びであったため、女は自分の中にある男性に対する愛を様々な言葉を用いて伝え、再び自分を食べる事を頼んだ。

 男性は少し迷った様子を見せたが、やがてコクリと頷くと、お礼を述べた後に女の唇に自分の唇を重ね、そのまま揃って家の中へと歩いていった。

 その夜、男性の食卓にはあらゆる肉料理と深紅に染まった液体の入ったグラスが並び、男性は美味しそうに食べながらもどこか申し訳なさそうに涙を流していたという。

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