18冊目 救いの和菓子

 あるところに誰も見た事の無い和菓子を作ろうとした男がいた。

 男は菓子司を営む両親の間に生まれ、幼い頃から両親の作る和菓子に親しんできた事で、自分も店の跡取りとして誰からも愛されるような和菓子を作りたいという夢を持つようになった。

 そして、男は両親に頼み込み、小学生の頃から和菓子作りを学びだすと、両親の技術や和菓子に関する知識を次々と吸収し、小学校を卒業する頃には両親の味にはまだ及ばないものの、食べた相手から美味しいと言われる程の物を作れるようになっていた。

 男はその事に嬉しさを感じながらも自分の腕はまだまだだと考え、日々修行に励んでいたが、その内に男の頭の中にある考えが浮かんだ。それは誰も見た事の無い和菓子を作るという物だった。

 この先両親と同等の腕になっても作る和菓子は周囲からすれば見慣れた物で、その内飽きられてしまうかもしれない。

 だが、味もよく誰も見た事の無い和菓子を作れば、すぐに飽きられる事はなく、両親がこれまで頑張ってきた菓子司も更に人気になるかもしれないと考え、男は和菓子作りの修行の傍らで誰も見た事が無い和菓子の案を練り始めた。

 昔からある和菓子と被らないようにしながら考えるのは中々難しく、男は毎日頭を悩ませた。しかし、男は考えるのを諦めず、和菓子以外の菓子の知識も取り入れながら更に考え続けた。

 そして、数年が経った頃、男は遂に両親と同等の腕になっていたが、誰も見た事が無い和菓子の案は未だに思いついておらず、男は自分には新しい物を生み出す才能がないのだと嘆き悲しんだ。

 そんなある日、男は両親に誘われ、一軒の屋敷へと出掛けた。そこは両親の友人の屋敷であったが、男はその友人とは一度も会った事が無かったため、何故両親が自分をここへ連れてきたのだろうと不思議がりながらも両親の友人が待つ部屋へと入った。

 すると、そこには友人の他にその娘の姿もあり、男がその容姿に見惚れる中、男の父親は家から持ってきていた風呂敷包みをほどき、包まれていた容器を静かに開けると、その中身を見た男は心から驚いた。

 その中には、自分の作った和菓子が入っており、その事に男が疑問を抱いていると、母親は微笑みながらその理由を話した。

 今は人並みの生活を送る事が出来ている友人の娘だが、幼い頃は食事が中々喉を通らなかったり少し屋敷内を歩いただけでも酷く疲れてしまう程に体が弱く、その事を娘が哀しむ様子に友人夫妻は心を痛め、何か策はないかと必死になって考えた。

 その結果思いついたのが、男の両親が作る和菓子を食べさせる事だった。和菓子ならば、洋菓子よりも小さい物が多く、見た目も鮮やかである事から、食べる事も難しくない上に目でも楽しめると考え、友人夫妻はすぐさま男の両親に頼み込んだ。

 男の両親は友人夫妻の娘のためになるならばとその頼みを快く了承したが、話を聞いている内に両親の頭の中にはとある考えが浮かんでおり、その事を友人夫妻に話した。

 二人は初めこそ驚いたものの、次第にその提案に乗り気になると、その日はそれで解散となり、週に一度両親は友人夫妻の元へ数個の和菓子を届けるようになった。

 しかし、その和菓子というのは、両親が作った物ではなく、男が修行のために作っていた物であり、形も味もまだまだ未熟だったが、友人の娘はそれでも喜びながら食べ、その感想を述べると、男の両親は自分達の意見に加えてそれを男へと伝えるといった事が裏で繰り返されていた。

 そして、そんな生活を続ける内に、友人の娘は週に一度届けられる和菓子と自分が食べている和菓子の職人にいつか会う事を楽しみに生きるようになると、それが功を奏して今では人並みの生活を送れるまでに体が丈夫になったとの事だった。

 話を聞き終えた男はとても驚いたが、自分の和菓子が誰かのためになっていた事に嬉しさを感じると同時に、何年もの間飽きる事無く自分の和菓子を食べてくれていた相手がいた事から、誰も見た事が無い和菓子を作るよりも誰かの笑顔のために作る事が大事なのだと考え、自分は本当にまだまだだったのだと悟った。

 その後、男は自身に感謝と恋心を抱いていた友人の娘と結婚し、たくさんの子宝にも恵まれた。そして、家族との時間も大切にしながら男は生涯和菓子を作り続け、その味は今でも変わる事無く伝え続けられているという。

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