16冊目 見えない物

 あるところに見えない物を描こうとした女がいた。

 女は幼い頃から絵を描く事が好きで、絵自体も上手かった事から、両親や友人達からは将来は著名な画家になるだろうと言われていた。

 本人もそのつもりであり、毎日何かを題材にしてはその絵を描き、描き終わってからその絵を自分で見返して反省点を挙げる事で、自身の絵の腕を日々上げていった。

 そして、高校生となった女は中学生の頃と同じく美術部へと入部し、その絵の上手さから他の部員や顧問からも注目されていたが、その内に女は今まで描いた事が無い物を描きたいと思うようになっていった。

 女は今まで風景や人物といった目に見える物ばかりを描いていたが、成長していくにつれて様々な知識を取り入れた事で、世の中には目に見えない物が存在する事を知り、自分が優れた画家になるにはそれらすらも描けないといけないという思うようになっていた。

 しかし、女の挑戦は難航した。絵として描くためには、まずはそれがどのような物なのかを知る必要があったが、目に見えない分、それらの形を知る事は中々出来ず、女は次第に焦りから普通の絵すら上手く描けなくなっていった。

 その事に女は怒りや悲しみを感じ、自身には元から画家になるだけの才能は無かったのでは無いかと思うようになり、絵を描く事から少しずつ遠ざかろうとしていた。

 しかし、そんな女の事を家族や友人達は決して見捨てず、どこかへ連れていったり絵とは関係ない話を振ったりする事で、女にどうにか気分を変えてもらおうと色々な策を講じた。

 そんな周囲の人物達の姿に女は感謝の涙を流していたが、その内に何かを思い付いた様子で再び筆を手にすると、何を描いているかを誰にも伝えず、目の前のキャンバスにゆっくり絵を描いていった。

 そしてそれから一月が経った頃、女は絵を完成させ、それをこれまで支えてくれた家族や友人達へと披露した。

 そこに描かれていたのは、家族や友人達と共に外出した際の様子や何気ない日常の様子であり、お世辞にもコンクールなどで賞を獲れる程では無かったが、絵を観た誰もがとても良い絵だと賞賛し、女自身もようやく自分の描きたい物を描けた事で満足した様子を見せていた。

 その後、成長した女は世界的にも有名な画家になり、描いた絵は多くの人物の心に感動を与えたが、見えない物を題材にして描いた絵はその中にはなかった。

 そして、学生時代に一度だけ描いた見えない物を題材にした絵は、世の中に出る事は無く、女が亡くなった際に棺桶の中へ入れられ、女と共に天へと旅立ったという。

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