14冊目 蜘蛛を愛した男

 あるところに蜘蛛くもを愛した男がいた。

 男が蜘蛛を好むようになったのは、幼い頃に友人と共に遊んでいた時に見つけた蜘蛛がきっかけだった。

 蜘蛛自体はどこにでもいる種であり、その姿に友人達は気持ち悪いや怖いなどの感想を漏らしたが、男だけは違った。長く細い脚や巣を張ってそこにかかった獲物を喰らう習性、それらは男にとって魅力的に見え、その日から男は蜘蛛を好むようになっていった。

 両親はそんな息子の姿に少しだけ不安を覚えたが、息子がせっかく興味を持ったのだからここは応援しようという結論に至り、男は誰にも邪魔される事なく、蜘蛛を見つけた際は観察をしたり軽く触れたりして蜘蛛への理解を深めていった。

 その後、成長した男は大学に通うために一人暮らしを始め、大学では自分がこれまでこよなく愛してきた蜘蛛の研究に取り組んだ。

 研究室に別の種類の蜘蛛を入れた虫かごを幾つか置き、一日に三回様子を窺ったり獲物になりそうな虫をカゴの中に入れたりする事で蜘蛛の生態の観察を行い、その熱心さには教授ですら苦笑いを浮かべ、周囲からは蜘蛛に魅せられた男だと揶揄やゆされていた。

 そんなある日、いつものように蜘蛛の様子を観察していた男の頭の中にある考えが浮かんだ。それは普通では考えつかない事であり、周囲からは確実に非難されるアイデアだった。

 しかし、男はそのアイデアを名案だと信じて止まず、そのアイデアを実行するために行動を開始した。

 それから一月が経った頃、男の姿を見かけなくなった事を疑問に感じた友人の一人が男に連絡を取ろうとしたが、携帯電話は電源が切られているのか繋がらず、もしかしたら部屋で倒れているのかもしれないと考え、男の住む安アパートの一室を訪ねた。

 そして、友人は部屋のドアを軽くノックしたが、男が出てくる様子はなく、それに焦りを感じた友人はドアノブを回しながら扉を押し開けようとした。

 すると、鍵がかかっていなかったのかドアはすんなり開き、友人はすぐに部屋の中に入ったが、床に視線を向けた瞬間、目に入った物に思わず小さく悲鳴を上げていた。

 視界に入った物、それは腐食した人間の腕とそれに群がるウジやゴキブリであり、漂う腐臭に吐き気を催したが、友人はどうにか耐えるとそのまま部屋の中へと進み、居間へと足を踏み入れた。

 すると、そこには友人の想像を遥かに超えた光景が広がっており、友人は先程とは比べ物にならない程の吐き気に耐えきれず、嘔吐おうとしてしまった。

 居間にはゴロゴロと転がる人間の腕や足と楽しそうに人間の死体を解体する男の姿があり、天井や壁には何匹もの蜘蛛が巣を張り、床にはゴキブリを喰らう蜘蛛の姿もあった。

 その後、友人の通報によって男は逮捕され、数人の男女を拉致らちした上に殺めた罪で死刑となったが、男の目には光がなく、取り調べの際も死体を利用してゴキブリなどを誘き寄せ、それを捕えて蜘蛛のエサにしていた事を楽しそうに話していた事から、死後に男は蜘蛛に囚われた男と呼ばれたという。

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