13冊目 ヒーロー

 あるところにヒーローを志した男がいた。

 男は小さい頃からヒーローショーや特撮番組が好きであり、ヒーローを志した理由もそれであった。

 そのために男は筋力トレーニングを毎日欠かさず行い、ヒーローが知識不足なのは良くないと言って読書や様々な語学の勉強も習慣づけた。

 その成果もあってか、男は学生時代は常に優秀な成績を納め、学級委員長や生徒会長なども務めていた事から、周囲からも何かと頼られるようになっていた。

 その事に男は嬉しさを感じていたが、自身が夢見たヒーローの姿にはまだ程遠いと考え、男は更に筋力トレーニングや勉学に精を出した。

 そしてある時、学生生活を送る中で男は身近なヒーローは何かと考え始めた。男が目指すヒーローは人々を危険に晒す悪人を倒し平和を取り戻そうとする物だったが、憧れを抱くきっかけとなった特撮番組やヒーローショーに出てくるような怪人はこの世にはおらず、たとえ目指しているようなヒーローになれたとしても倒す悪人はいなかったからだ。

 その結果、男は悪人を倒すのではなく捕まえる警察官の道へと進む事を決め、進路が定まった事で更に高まったやる気を活かし、男は警察官になるために努力を続けた。

 そして夢を叶えた後、交番勤めとなった男は誰よりも熱心に職務に励み、次第に同僚や上司、その地域の住民達からも信頼を寄せられるようになっていた。

 男が手に入れたヒーローとしての姿は、求めていたヒーロー像よりスケールは小さくなったものの、男は現在の自分に満足しており、そんな日々がずっと続けば良いと願った。

 そんなある日、自転車でパトロール中の男が交差点に差し掛かったその時、近くにある公園からボールが一つ飛び出したかと思うと、それに続いて一人の男児がボールを追うために公園の入り口から走り出てきた。

 その光景に男が嫌な予感を覚えた瞬間、ボールと男児は車道へと飛び出し、そこへ向かって一台の車が向かって来るのが見えると、男は自転車から慌てて降り、そのまま男児達の方へと走り出した。

 そして、向かってくる車に男児が逃げる事も出来ずに立ち尽くす中、男は男児のところへ着くと、抱えて逃げるには時間が足りない事を悟り、男児へのダメージをせめて軽くしようと考え、男児に覆い被さるようにしながら車に背を向けた。

 その後、男達に気づいた運転手は慌てて車のブレーキを踏んだが間に合わず、車から追突された男達は衝撃で吹き飛び、数メートル程を勢いよく転がった。

 それを見ていた運転手や通行人はすぐに男達の元へ走りよった。そして、男児は男の行動によって軽傷で済んでいたが、追突のダメージを多く受けていた男の状態はとても深刻であり、病院に運んでも間に合わない事は誰もがわかる程だった。

 それでも、男は頭から流れる血も気にする事なく、男児に視線を向け、怪我はしているものの命に別状が無い事を確認すると、安心したように微笑み、そのまま静かに息を引き取った。

 その後、この交通事故はニュースなどで取り上げられると、その勇敢な行動とまるでドラマのワンシーンのような出来事に人々は男の行動に感銘を受け、物語の中から飛び出してきたヒーローのようだと賞賛したという。

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