幕間

 読んでいた本を閉じ、来館者は小さく息をつく。本に記された人生の追体験、それは世の中に出回っている伝記を読めば幾らでも体験出来る。

 しかし、伝記の主役になっているのは後世にも残る偉業をなした者なのに対して、この図書館に収められた本の主役達には一般人も含まれていた。その事が本に記された人生を来館者にとって身近に感じさせた。

 そして、読後のなんとも言えない余韻を来館者が味わっていると、その後ろからゆっくりと女性が近づいてきた。


「また何冊か読まれたようですが、その『憶本ストーリー』はお気に召しましたか?」


 その耳馴染みの無い言葉に来館者が首を傾げると、女性は微笑みながら机の上に積まれた本を指差す。


「それらの事です。ここに収められているのは様々な方々の生きてきた証ですが、人生というのもその人を主役とした物語のような物です。なので、私はここにある本を『憶本』と呼んでいます」


 女性の説明に納得顔で頷くと、来館者はここまでに読んだ『憶本』の感想を述べた。女性はそれを聞くと、静かに微笑み、『憶本』の収められた棚に視線を向ける。


「お気に召したようで何よりです。ですが、ここにはまだまだ多くの『憶本』があり、その中にはあなたが生きてきたような世界とはまた違った世界で生きてきたような人物の『憶本』もあります。

 なので、まだまだあなたを楽しませてくれると思いますが、もう満足されたというのならお帰りになってももちろん構いません。それを決めるのは私ではなく、あなた自身ですから」


 そう言うと、女性は来館者から離れ、本棚がある方へと歩いていった。それを見送った後、来館者は机の上に積まれている『憶本』を見ながら腕を組んだ。

 先程の女性の言葉通り、来館者の入退館は自由なようで、入り口が封鎖されているといった事は特になく、帰りたいと思ったのならすぐにでも帰っても良い様子だった。

 だが、その事実は来館者の頭を更に悩ませた。このまま帰るのは構わなかったが、ここに収められた本は他の図書館ではおよそお目にかかれる物ではなく、この機会を逃したらもう二度と読めないかもしれないという不安が込み上げてきていた。

 退館か継続か。その二つから自分の答えを選択するために来館者は頭を悩ませた。そしてそれから数分後、来館者は答えを選択すると、椅子から静かに立ち上がり、机の上の『憶本』を手に取ってから自分が決めた選択に従った。

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