5冊目 合図
あるところにインコと暮らす女がいた。
女の職場は一般的な企業よりも劣悪な環境であり、上司からの叱責やセクハラ紛いの言葉、自分のキャパシティーを超えた仕事の押し付けなどで女は日頃から強いストレスを感じていた。
そんな時、女はインコにある言葉を覚えさせる事にした。それは『お疲れ様』と『頑張ってね』という二つの言葉であり、それらを合図と共に覚えさせ、自分がその言葉を欲している時にインコに合図を送る事で言葉を掛けてもらう事にしたのだ。
その生活を始めてからというもの、女の体調や精神状態は良好な物になり、どんなに仕事で疲れている日でもその言葉さえあれば体の力がフッと抜け、気持ちが安らぐ程だった。
そんなある日、女がいつものように疲労を感じながら仕事から帰り、インコに労ってもらうためにカゴが掛けてあるリビングへ向かおうとしたその時、背後から突然ガタリという音が鳴り、女は恐怖を感じながらゆっくり背後を振り返った。
すると、そこにはニット帽を被り黒いサングラスを掛けた不審な男がおり、女は男への恐怖から悲鳴を上げ、扉を閉めて警察に通報をするべく、そのままリビングへと向かった。
しかし、男は素早く女の腕を掴むと、振りほどこうとする女の顔を力一杯に殴りつけ、痛みと苦しみを感じながら女がその場に膝をつくと、男はポケットから一本の紐を取り出し、女の首へと巻き付けた。
巻き付けられた紐はゆっくりと女の首を絞めていき、女は息苦しさを感じながらもどうにか紐を取り除くために無理やり紐と首の間に自分の指を入り込ませた。
すると、どこからか『頑張ってね』という言葉が聞こえ、合図を送っていないのにも関わらずそれが聞こえた事に驚き、それによって思わず体の力が抜けると、紐に掛けていた手もスルリと抜け、邪魔をする物が無くなった紐は女の首を強く絞めていった。
女はハッとし、急いで再び紐に手を掛けようとしたが、紐は既に指が入り込め無い程に食い込んでおり、意識が遠くなっていくのを感じながら、そのままリビングの床に倒れこんだ。
男は息を荒くしながら首から紐を取り除くと、女の死体には目もくれずにリビングの至るところから金目の物を奪い、興奮状態のままでリビングを出ていった。
その際、男の足は偶然女の手を蹴り、蹴られた手が女の耳に触れたが、男はそれには気づかずに女の家を後にし、その場には合図を送られた事で『お疲れ様』という言葉を喋り続けるインコだけが残された。
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