幕間

 読んでいた『善良な男』を静かに閉じ、来館者の表情が強張っていると、その後ろからゆっくりと女性が近づく。


「どうやらお読みになったようですね。ご感想は──いえ、そのお顔からなんとなく読み取れます。今読んで頂いたように、人生というのはその方によって様々ですが、時にはいとも簡単に終わってしまいます。

 何かの事件や事故に巻き込まれて自分の意思に関わらず亡くなる方もいれば、その方のように少し考えを変えてしまえばもう少し長く生きられた方もいます。もっとも、その方に関しては亡くなった事で後に味わったかもしれない苦しみから逃げられたと考えられるかもしれませんが」


 女性がクスクスと笑い、来館者がそんな女性の様子を警戒したように見つめていると、女性は笑うのを止めてから軽く首を傾げた。


「さて……貴方はどういたしますか? まだこの図書館に納められたあらゆる人生を読み進めるというならまた別の本を手に取って頂いてよろしいですし、これ以上読むのを拒むというならお帰りになっても構いません。それを決めるのは私ではなく貴方ですから」


 女性からの問いかけに来館者は迷った様子で顎に手を当てる。そして、その来館者の姿に女性は妖しい笑みを浮かべながら静かに口を開く。


「……迷ってらっしゃいますね。その時点で、貴方はこの図書館の本達に興味を引かれているのですよ。無限に存在する世界に生きていたあらゆる方の人生を追体験する事に魅せられているのです」


 その言葉に来館者は軽く首を振ったが、座っている椅子からすぐに立ち上がる事はなく、その姿に女性はクスクスと笑う。


「まあ、この後の事についてはどうぞ貴方自身が決めてくださいな。先程も申した通り、それを決めるのは私ではなく貴方ですからね。

 さて……それでは私はそろそろ仕事に戻ります。私の存在が貴方の選択の邪魔になってもよくありませんし、貴方の選択は私にとっては些末事さまつじですから。では……」


 そう言い残して女性がゆっくり歩いていくと、来館者はボーッとその姿を見送った。そして、女性の姿が完全に来館者の視界から消えると、来館者は自分の手を見つめながらこの後の行動について考え始めた。

 考えを巡らせる来館者の頭の中には先程までの女性の言葉と『善良な男』を読んでいた時の自身の様子が浮かび、来館者はそれらを判断材料にしながら静かに考え続けた。

 そして数分後、思案顔だった来館者の表情は真剣な物へと変わっており、来館者は自身の両腕を高く挙げながら軽く体を伸ばすと、自身の中にある結論に従うべく椅子からゆっくりと立ち上がった。

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