旧世界から新世界へ
我が家へ向かう間、俺はカスミちゃんの手を握っていた。道すがら何度か横顔を確認したが相変わらずほわほわっとした感じだった。
俺が彼女の顔を確認する度に頭の中にある情景が浮かんだ。
それは、海で大きな蛇の上に立つシロとクロ、その横には男女。
世界を始める事をなったふたりの補佐として立つ聖者と聖女。
その男女の顔は俺とカスミちゃんによく似ていた。と言うよりもそのモノだった。
ああ、また予知か。最近多いなあ。
それにしてもシロとクロはしっかりとしたカミになるんだな。
そう思いながらカスミちゃんを見ると目が合った。
「ね、ねえフミさん。手って、ずっと握ってなきゃだめなの?」
「へ? あ、ああ。ごめん、いつもの癖で」
慌てて手を離すとカスミちゃんは、別に離さなくてもいいですけど、と口をもごもごさせた。
そんなやり取りをしながら俺たちは風呂付きトイレ共同のアパートメンツ”旧世界”へ到着した。
玄関の扉を開けるとシロとクロが並んで体育座りをして待っていた。
「おかえりなさい。フミさん」「トウサマおかえり」
「ただいま。カスミちゃん、この子たちが俺の子。白い方がシロで、黒い方がクロ」
名前を呼びながらそれぞれの頭を撫でる。
「あはっ、そのままの名前なのね? でもかわいいぃ。はじめまして、カスミ、いいえ、ナカスミです」
「はじめまして。新しい母親候補のカスミさん、シロです」
「まじめまして。新しいカアサマ候補のカスミさん、俺はクロだ」
挨拶もそこそこにふたりはカスミちゃんを家の中に引き込み何やら話を始めた。
俺が近づこうとすると予知に危険! って出るから仕方なく軽食を作ることにした。
コンロの前に立つのは久しぶりだなあ。おっと、何が残っていたかな? んー、ほとんど残ってねーな。それだけシロとクロがきっちり管理しててくれてるんだろうけど突然の為に日持ちするものを買ってこねばならぬか。
まあいいや、いつものトーストやるか。
てれってってんてんてん。(略
砂糖をおごったら焦げがこげげげげげ。
真っ黒にならなくてよかった。
しっかし、いつも液が余るんだよなあ。なんでだろ。
首を傾けながら振り返ると机の上には鍋敷きと皿4枚がしっかりと用意されていてシロクロカスミちゃんの3人がじっと俺の方を見つめていた。よだれ拭け。
「久しぶりのトースト」「トウサマのトースト」「フミさんの手料理」
三者三様に言ってにへっと笑った。
3姉妹みたいだな。ひとり男だけど。
「と言う訳でものども手を洗え!」
「「「はいっ!」」」
シロクロが手を競い合って洗っている所を眺めていると
「フミさん、フミさん」
とカスミちゃんが寄ってきたので、なんよ? と聞くと、私、フミさんと結婚します。と言ってきた。
「え? ええ?? ええええええええ????」
ナンデ、ケッコンナンデ??
いや、俺から言ったけど何でこういきなりになるんだ? シロの時もクロの時もそうだったけどさ。
ぬぬぬぬぬぬ、と難しい顔をする俺の頬に柔らかく温かい何かが当たった。
手をやると、むにっとしたものがあった。もにゅもにゅと揉んでみると、はうあーと声がして耳に風が当たった。
あっ、これカスミちゃんの顔だわ。ごめん。
一部始終を見ていたシロとクロがハイタッチしていたことをカスミちゃんからあとで聞いたのでふたりを髪かき回しの刑に処した。
その日の内に書類を取りに役所へ走り、速攻で記入をし提出した。RTAかよ。
籍を入れて数日後。
祝いの花束を持ってやって来たカズマは、まさか会ったその日に結婚決めるとは思わなかったと言ってクロのつくったハヤシライスをがつがつと食いながら祝福の光を降らせた。
「お前も器用になったな」
その雨を俺は薄く張った傘で受ける。
「フミさんのおかげだよ。あの経験が無かったらこんなに早く上達しなかったから」
カズマはハヤシライスを平らげ窓辺で就寝する川を見た。
そこにはシロクロカスミちゃんが川の字になって寝ていた。
シロとクロは2次成長的なものに突入したらしく微妙に男らしく女らしくなった。でもシロはかわいいし、クロはふてぶてしい。カスミちゃんは俺の子を妊娠中だ。
早いって? まあ、色々あるんだよ。
「で? 結婚が決まった理由は何なんだったんだ?」
「お前が言ったヤツだよ」
俺はくくくっと笑った。
「俺? なんか言ったっけ?」
首を傾けて悩むカズマの耳に顔を近づけて一言、蛇だと囁いた。
「え? ええ? マジで? 誘惑の蛇関連?」
「そうだ。正確には俺の蛇が蠱惑、カスミちゃんの蛇が誘引。ついでに言うとシロが魅惑でクロが誘導」
「ちょっ、あの子たちにも蛇が?」
「お前にもいるんだぞ。まあ、おいおい分かるから言わないが」
「おまっ、気になるじゃねーか。でももっと気になるのは数日でどうやってカスミちゃん孕ませたんだよ」
「それも蛇関連だ。だが、禁則事項が多いから俺はお口にチャックしちゃうぞ」
俺は黒い棒を生成してバツを作り口に貼り付けた。
「それも気になるうー」
そう言って笑い合っていると窓の方からごそごそと音がした。起きてしまったか。
「おあひょうごやいまず」「おはよう。トウサマ。撫でて」「フミさあん、怖い夢見たあ」
はいはい、順に撫でますよー。
そんな光景を大笑いして見ているカズマにはあとでケリが入った。クロから。
それを見て俺たちは笑った。
酔ったカズマを家に帰した次の日、俺は会社に辞表を出した。
引き継ぎもつつがなく終わり有給消化の断りで一波乱あったが無事退職をする事ができた。
貯めたカネを上の口座に移動させカネへの憂いも無くなった。
それからしばらくしてカスミちゃんが子を生み、それを喜ぶ間もなくシロとクロだけじゃなく俺たち家族まるごとにオファーが来た。
それは、新たな世界への、旅立ちだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます